かっぱもどき
これは或精神病院の患者、――第二十七号が誰にでもしやべる愚痴である。彼は一見したところみずみずしい狂人だが、そのじつは至つて普通の人である。
彼は云う――
先生、僕は先生にどこが悪いのか聞かれる度に、どこかを悪くしないといけないと、悲観的なロールプレイをしないといけないという圧を感じるンです。そして、障がい者をバカにしているのかというジョーカーを懐に忍ばせて、困ったときはこの切り札を切る心積もりがあるンです。
先生、人ごみの中から障害者を見つけてください。精神疾患は医者と患者の共犯関係なんです。本当にこれが脳の病気であるというのなら、問診でなくfMRI検査を受けて診断されるべきなンです。
僕みたいな人間は、マイノリティとしてのアイデンティティの形成に一役買うというのを理由に、除くべき悪しき性質としてそれを忌避しながらも、同時にその性質を笠に着て"配慮"を求めるわけなンです。僕を含めたみんな、自らの弱者性を嬉々として話すンです。飲んでいる薬が強い者が他の者にマウントをとる障害者ドもの下卑た笑いが頭から離れないンです。SSRIを知らない人をどこかで蔑み、健常者が居心地悪そうにしている会を武勇伝のように話すンです。
でもそれも、僕たちのせいではないンです。
弱者であることの自覚と主張が利益を生む構造のせいで、弱者性の証明に対するインセンティブが大きくなっているだけなンです。
そして証明すればするほど、自らの弱者性を固持/誇示するンです。弱者性の自己主張や必要とあれば代理証明によって、障害者手帳や障害年金という利益も享受できるンです。
みんな間違っているンです。
先生、こんな僕は、普通じゃないのでしょうか?
僕は云う――
いいえ、間違っているのは社会です。ですが社会はなかなか変われません。なので、あなたが変わりましょう。手始めに、処方されている薬の量を増やしつつ、新しい薬も処方しておきますね。それから保険の適用外ですが、カウンセリングをお勧めいたします。外来でいらっしゃる先生に話を通しておきますね。決して死なないでくださいね。先生との約束ですよ?
彼は頷く――
はい、なんだか先生と話して楽になりました。
次もまた壱か月後に薬をもらいに来ます。
本当にありがとうございました。
はい、それでは次の患者さん、入ってきてください。
彼女は云う――
先生、私だけがおかしいのでしょうか?
みんな間違っているんです。精神障害も発達障害も本当はこの世界にないンです。
こんなことをいっている私は普通じゃないんでしょうか?
僕はまた云う――
いいえ、間違っているのは社会です。ですが社会を変えるのは容易ではありません。なので、薬でどうにかできることは薬で解決しましょう。まずは、先日ジェネリックで出た新しい薬を出しておきますね。決して死んではだめですよ。
彼女は頷く――
はい、なんだか先生に勇気をもらえました。
また弐週間後に来ます。
はい、それでは次の患者さん、入ってきてください。
これの繰り返し。
はあ、頭がおかしくなりそうだ。
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