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8-01「独占と共有」

連想ゲームふう作文企画「杣道(そまみち)」。 週替わりのリレー形式で文章を執筆します。前回は屋上屋稔「バクテリア・デモクラシー」でした。

「前の走者の文章をインスピレーション源に作文をする」というルールで書いています。

【杣道に関して】https://note.com/somamichi_center

【前回までの杣道】

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クリストファー・ノーラン監督の映画「インセプション」において、レオナルド・ディカプリオ率いるチームが人の潜在意識の中に潜り込み、情報を抜き取る産業スパイを行う様子が描かれているように、情報は時に莫大な価値をもたらす。情報化社会において人々は意識的に、あるいは無意識のうちにいかなる情報を他者と共有、または自らのうちに独占していくかを取捨選択している。そうした情報の引き出しの感覚は各人それぞれの身体に埋め込まれている。

情報の独占と共有は様々な局面で死活問題として浮かび上がる。一流投手の球種の握り方や音楽のヒットメーカーの「あのサウンド」の作り方、かの有名ラーメン店の一子相伝で受け継がれる秘伝のタレ。後続世代が模倣・盗みによってこうした技術を習得しようと試み、その情報を得ることができない、発見することができないときにこの問題に突き当たる。
各界の第一線で活躍する人たちにとってもこうした情報はある種の機密情報に近いことは理解できる。長年培ってきた技術・情報はその人をその人たらしめるもの、あるいはその人にしかできないからこそ市場価値を生むのであり、これらの技術・情報をたやすく共有し競合相手が生まれてしまうことは、自らの手によって自らの価値を落としかねない状況を作ってしまう危険性を孕む。

一方で、こうした技術・情報を積極的に共有する姿勢を打ち出している人たちもいる。
MLBサンディエゴ・パドレスでプレーするダルビッシュ有投手は自チーム、他チーム問わず様々な選手からの投げ方に関する質問に答えるのみならず、自らが運営するYouTubeチャンネルを通して積極的に独自の球種の握り方などの情報を発信している。


音楽界ではコロナ禍において世界各国のミュージシャンがステイホームしなければいけない状況を利用して多くのストリーミング配信が行われたが、中でも英国のデュオ「ディスクロージャー」は自身の過去のヒットレコードで使われた全ての音源や各楽器の処理、ミキシングにいたるまでファンの質問に答えながら解説することで自らの手の内を全てさらけ出す配信を連日行い、世界中のプロを志しているアマチュアたちを勇気付けた。というのも、そこで明らかになったのは音楽制作を志し始めた時にたいていの人が使うであろう定番の道具だけで彼らがチャート1位のヒットレコードを作ったことが明白になったからだ。

独占したくなってもおかしくないほどの有益な情報を共有する方向へ進む者たちにはどのような背景があるのだろうか。
一つにはこうした情報を積極的に共有することで活動領域をともにしている仲間の底上げを図り、より業界の活性化を狙っているのだろう。新しい技術や情報が皆に等しく共有され習得されることでより新しい考え方や情報が創出され、そのサイクルが続けば続くほどより活性化していく。もう一つには自らの手の内をたとえさらけ出したとしても、他者には自分たちと同じ表現は出来ないだろうという自信から来ているのかもしれない。そうした自信はどこから来るのか。

情報を「身体の外にあるもの」と「身体に刻み込まれたもの」の二者に分けるとすると、共有へ向かう人たちが行なっているのはまさに前者の共有である。例え自らが持つ情報を全て共有したとしても、表現が生み出されるのは各々の身体からであり、問題はそれらの情報を各人がどのように自らの身体に刻み込むかである。そうした各人によって血肉化された情報は「身体の外にあるもの」とは表層では合致するものの、深層部ではより各人に根ざしたものへと変化していく。こうした身体に刻み込まれた情報にこそ自信の根拠を持っているのではないか。

「インセプション」では依頼主の競合他社を破滅させるために、情報を盗むのでなく逆に競合他社の社長の息子の潜在意識に父に会社の解体を納得させるための説得材料としての新たなアイデアを植え付ける(=インセプション)ことに作戦がシフトチェンジすることで物語が大きく動き出す。スポーツ選手や芸術家、料理人たちが知らず知らずのうちに新たな情報が植えつけられた時、自分たちで意識することなく情報が身体に刻み込まれた時、これまで思いもよらなかった表現が生み出されるのだろうか。

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