ツクモリ屋は今日も忙しい(18-中編)
【side:室井玄】
つんつん、ツンツンと。指で肩を小突かれている。
「パイセン。……パイセ~ン? あ、これは完全にやられましたね。思考回路はショート完了~♪」
西松が、微妙に歌詞をいじったアニメソングを口ずさんでいた。どこか機械的に、俺はそれを理解する。
「あら……。さすがに、話が急過ぎたかしら?」
気遣うように微笑む多恵さんの顔を、ただぼんやりと眺める。何か応えなくてはいけない。困らせたくはない。でも、何も言葉が浮かばない。
「気にしなくてもいいと思うっす。この話題なら、ゆっくりでもパイセンはこうなる予定なので!」
黙れ西松。叱りたいが、眉根を顰める余裕もない。
……だ、駄目だ。
本当に思考回路がショートしたかもしれない……!
「そうなの? ──ちなみに、西松くんはどう?」
「あ、見合いです? ぼかぁ辞退します!」
即答!? しかも随分と気軽だな!?
「そっか残念。もしかして、他に相手が?」
多恵さんも随分とあっさりな!!
あまりにもマイペースな2人のやり取りに、内心ツッコんでしまう。……あ、だがこれは却って、先程よりは心の余裕が出たってことなのか。頑張れ、リカバリーしろ俺。
僅かに視線をずらすと、西松は笑顔で告げていた。
「いや、いないんすけど。一度もう失敗しちゃってるので、しばらく結婚はいいかなぁって!」
「え。西松ってバツイチだったのか!?」
素っ頓狂な声が、ツクモリ屋に響き渡った。2人が驚いた顔でこちらを振り向く。
「あっパイセンが復活した。おかえりなさーい」
「あら、そうなの。良かったわ」
……叫んだのは、俺だったようだ。
て、てっきり西松は、まんま独身貴族だと思い込んでいた。今の今まで、女性の影をちらつかせるような素振りもなかったし。それなのに……恋愛どころか、結婚経験あり?
ただでさえ仕事量が多いのに、情報量も多過ぎる。なんなんだ今日は。そういう日か!?
案外マジで思考回路がショート完了しそうだ……。
(18)「ボスのボスは母」ナノ! -中編-
《西松~》《ばついちッテ何ナノ?》
「あー。カップルが終わったってことかなぁ?」
《ひぇっ。ソレハ嫌ナノ~!》
モガミさんの鋭い問いに、あっさりと答える西松。その様子を見て俺は、奴が本当に結婚していたのだと理解する。
「そ、そうだったのか。何も知らなかった……」
「あーそっか。向こうで仕事してた頃の話だし、すぐ別れたから、忘れてても仕方ないっすね!」
「いや、お前は覚えておけよ……」
それは相手の女性に失礼じゃないのか。……いや、詳しいことは知らないし、失礼された方かもしれないが……いやいや。
何にせよ、今の俺には、この流れではっきり聴くだけの勇気がチャージされていない。それに。
「──ねぇ。じゃあ、クロくんは?」
「!!」
最優先事項が、別にある。
「いや、あの……その……」
「菜恵とお見合いしたくない?」
「ぅっ……!!」
心なしか詰め寄る多恵さんに、後ずさりする俺。
「パイセン、落ち着いてっ。深呼吸しましょ~! ひーひーふー」
正気と呼吸を保たなくては。かろうじて考える……西松、その呼吸法やっても、言葉は産まれないぞ!
つーか。菜恵さんとお見合い? 俺が?
それってやっぱり……アレか? テレビで観たことのある、ああいうのか? 料亭とかで……ご趣味とか訊いて……窓の外から、ししおどしがコーンッて鳴ったり……。
「いや、ししおどしはどうでもいい(ぼそ)」
「うわぁ……パイセンの脳内、超覗いてみたい」
ん? 何か言われたような……。
「ナエセンのママ、質問いいですか?」
俺が顔を上げるのと同時に、西松がくるっと多恵さんに向き直り、話を切り出していた。
「どうしたの?」
「ナエセンは、お見合いのこと、どう言っているんすか? もしかしてナエセンから言い出したとか?」
あ……それもそうだな、そういえば。
視線を移す。あっけらかんとした多恵さんがいた。
「菜恵は何も知らないわよ」
「えっほんとに?」またしても思わず声が出る。
「当たり前じゃない。だって、先にあの娘に言ったら、反対されるに決まっているし」
そ、そうなのか?
「先に見合い候補を作った方が断り辛いし」
そ、それでいいのか?
「でも、本当はね。見合いしか思いつかないだけ」
多恵さんは視線を伏せ、声のトーンも落とす。
「ただ一度、自分のことも考えて欲しくて。昔から、モガミさんとツクモリ屋のことばかりだから。親としては心配なのよ~」
「ふぅむ。そういうものですかぁ~」
実に間の抜けた声で、西松は返していた。
……俺は。
《クロ、オ客サンガ来タノ!》
──何も返答できないうちに、近くのモガミさんが来客を知らせる。
俺はとっさに営業中の感覚を取り戻した。多恵さんもニコッと微笑むと、バックヤードへ歩き出す。
「さて、検品でも手伝うわ。……良かったらさっきの件、考えてみてね♪」
返答を待ってはくれなかった。ついでに言うと、客もこちらを待ってはくれない。気持ちの整理もままならないが、仕事は手を抜けない。
「……いらっしゃいませ」
接客の合間。菜恵さんと似ている眼差しのまま、店奥に消える多恵さんを思い出しながら、俺は頭を抱えたくなる。
どうする? ……どうする俺!?
***
《こそこそ》《ネーネー西松~》
「うん? 何かなぁ~」
《コレハモシヤ……》
《修羅場……ッテヤツナノ?》
「……ん~」
《どきどき》《ごくり》
「はは。ちょっと違うかなぁっ?」
《……ナーンダ》《違ウノネ~》
「違うけどー」
「正念場……かもね?(にやり)」
《どきどき》《ごくり》
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