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ツクモリ屋は今日も忙しい(20-後編)
【side:イヤリング(左耳)のモガミさん】
芹野ノセイデ、谷村ノ耳カラ外レテ、迷子ニナッテシマッタノ。スルト、猫ガ現ワレテ、アチコチニ連レテ行カレタノ。サッキハ神社ダッタノ。コノ猫ハ乱暴者ナノ! ダカラ叱ッテ……イヤァァ爪デ何スルノォ!?
《これこれ、いい子だから悪戯はよしなさい》
よしよしと頭を撫でられ、猫は仕方ないと言わんばかりに爪を引っ込めた。その仕草の途中で、ちらりとモガミさんを一瞥する。言葉にならない敗北感で、モガミさんは頬を膨らませた。
(猫ヲ甘ヤカスナンテ……何者ナノ?)
モガミさんは猫と会話するモノを見遣る。
自分の持主である谷本と、さほど年の変わらない男に見えた。しかし何かがおかしい。出で立ちは、谷本がテレビで観ていた時代劇のそれに似ている。それに何だか他の人間と気配が違うような……。
モガミさんの視線に気づいたのか男が振り向く。
《どうした、若造》《ワ、若造?》
まさか若造呼ばわりされるとは。モガミさんは瞬く。
《そうだろう? お主はせいぜい10歳ほどとみたからの。我からすれば赤ん坊でもいいくらい》
モガミさんはカッと目を見開いた。
急に気づいたのだ。男は、自分と同列の存在だと言っているのだと。
《マ、マサカ……仲間ナノ?》
《その通り。我も付喪神よ。ちなみに100歳……だったかの?》
カッ。モガミさんは続けて口も開ける。
《大ぱいせんダッタノ~!!》
〈気づくのが遅いのニャ。後、せんぱいニャ〉
モガミさんの背後で、白猫が呆れて呟いた。
(20)「あいるびーばっく」ナノ! -後編-
【side:ニレノさん】
(やはり猫は、愛らしい生き物だのう)
はるばる訪ねてくれた猫を撫でながら思う。高台の、我のいる場所は、大きな岩場や急勾配な坂が多い。そのため残念ながら猫はあまり来ないのだ。シロの努力に敬意を示しつつ、毛並みに堪能させて頂く。
〈くすぐったいですニャ……〉
《おや、すまないのう》
物理的に触れている訳ではないが、我の愛玩欲が伝わってしまったらしい。いささか構い過ぎたか。申し訳ないことをした。お詫びに、問題解決に力を貸してやろうと、シロ殿と若造を交互に見遣る。
《それで、我にどうしてほしいのかの?》
斧として生きて100年。付喪神としての神力も付いてきた。できることは、そこそこあるはずだしの。
耳飾りの若造は、慌てて恐縮をする。
《ヒェ! ソッソンナ、大ぱいせんニ──》
〈せんぱいだって言っているニャ〉
窘める、いや口を封じるように、シロ殿が前足で若造の本体を軽く踏みつけた。ピャ、と呻き声がする。……可愛らしいじゃれ合いだのう。
《まぁ大方、持主の元に戻してやりたいのだの?》
〈そうですニャ! 御主人の代わりに!〉
シロ殿が大きく頷いた。はて、御主人……あの宮司のことか? 以前、高台に設けられた公園にて祭りがあったときに、顔を見かけたが。
何にせよ、主思いの猫の願いは叶えてやりたい。そのためにはしばし、この場所は離れる方がやりやすい。我は後ろを振り向いた──自らの本体の斧が置かれている小屋や、巨木の松のある方角へ。
《聞こえていたかの? 少し行ってきても良いか?》
《……ああ》《あまり遅くなるなよ、斧よ》
小屋とマツノキは、あまり悩む様子もなく我の問いかけに応じる。きっと我が言い出すことを予測していたのだろう。まったく、腐らない縁だよ。
(※第12話を参照)
《シロ殿、すまぬが再び若造を咥えてくれぬかの?》
〈お安い御用ですニャ!〉
《イヤァァ! マタナノ~?》
我は先回りをしてシロ殿を誘導しながら移動した。
《ふう。この辺でいいかの》
我らは、公園の門付近にまでやってきた。シロ殿はさすがに体力を消耗したのか、少し息が荒いようだ。無理もない。高台をか弱き体で昇降したのだ。はやく帰途に着かせねば。……無論、若造も。
《探りを入れるからの。しばらく休んでいなさい》
〈ブヘッ〉《ピャァ! 本当ニ乱暴ナノ……》
草むらに吐き出された若造も、疲れているようだ。だが、心苦しいが、ただ休んでもらうわけにはいかない。
《若造、すまぬが、少しこちらに近づいてくれ》
《ホエ……? コ、コウナノ?》
戸惑いがちに近寄る意識体に軽く触れながら、我は念じた。外界へ語り掛けた。我の声が届く、すべての付喪神へ。
《皆に問う。
この物の片割れが、いずこへ居るのか知らぬか?》
──ザワザワ。ザワザワ。
《いやりんぐ?》《白イすとーんネ》《ハテ?》
街のあちこちから、声がする。返答がある。
《ス、スゴイノ……ミンナ近クニイルミタイ!》
我の手を介して、若造にも応答の波は伝わっているようだ。
だが、片割れらしき返事はなかなか来ない。もう夜更けに近い時刻だ。谷村という持主が、もし片割れを奥深くにしまい込んでいたら、我の思念波は届かないのやもしれない。……いささか安直な試みだったか?
《ウーン》《ワカラナイノ……》
応答の波が途絶えかけていた、そのとき。
《店ニ、来テクダサイ》
微かに、毛色の違った返答が耳に届いた。
《店デ引キ受ケマス、ニャ♪》
《! この声は》耳を凝らすと、聞き覚えのある、これまた愛らしい声であった。すぐに店の場所にも見当がつく。
《相分かった。皆、助力に感謝する》
《アレ……猫ノ声ナノ?》〈にゃにっ?〉
思念波の放出を終え、視線を動かすと、若造とシロ殿が顔を見合わせていた。このモノ等は仲が良い……と僅かに嫉妬を覚える。
《若造、安心だの。今晩の宿が決まったぞ》
《エ? ソウナノ……?》
《シロ殿、申し訳ないが、あと少しだ。今から教える店の門前にでも若造を置いて欲しいのだ》
シロ殿に手を添え、神力で場所の位置を覚えさせる。ついでに、体の疲労も取り除いた。食料を与えたわけではない故、一時的な回復術だが、それでも今晩は凌げるだろう。
〈! ……任せてくださいニャ。では!〉
《ウウ……優シクシテナノ~》
シロ殿と若造は、こうして去って行った。
《若造……うまく再会できるといいがの~》
帰り道、のんびりと小屋たちの元へ戻っていた。耳飾りの若造が、うまく片割れと、また持主の役に立てばいい。そして、誠実な行いをしたシロ殿が、御主人に褒められてほしい。
きっと、先程のモガミの猫──モモ殿も、御主人に褒められている頃だろうからな。
《ふふ、久々に声を聞けて嬉しかったの》
モモ殿はモガミ故、なかなか直接まみえる事がない。今回の一連の行動がたまたま招いた結果だ。……まぁ我は、日頃の行いが善いからの?
《ナエも、元気ということだろうな》
モモ殿の御主人──ナエは、モガミの意思を尊重する趣旨の店を営んでいる。おそらく、我による思念波騒動を感づき、モモ殿に伝言させたに違いない。さすがの手腕だ。
若造の件で手間を掛けさせる故、明日のツクモリ屋は忙しいかもしれない。いつか礼をせねば。
《明日もこの街は平和だのぅ》
遠ざかる街を振り向き、自然と笑みが零れた。
高台から見える街は、平穏がいいに決まっている。
***
【side:芹野さん】
ええええ~。嘘でしょ?
なんで……谷村さんのイヤリングを、荒木先輩が持っているの?
「いや~あのさ?」
唖然とする私の前で、先輩が焦ったように頭を掻く。
人気のない廊下で。私は呼び止められたのだった。
指で摘まんだイヤリングを持て余しながら、先輩は説明を始める。
「この前、ツクモリ屋に行ったら、イヤリングの話を店長たちがしていてさー。落としたのを拾って……そのモガミさんによると、セリノさんだの、タニムラさんだの言っているらしくて。だから、訊いてみようと」
私(セリノ)、タニムラ、イヤリング。全部、この前の外出の話にヒットする。谷村さんが落としたイヤリングの特徴にも当てはまる。ささやかな白い石のイヤリング。
「あの、でもこれ、勘違いかな?」
「いえ!! 合っています! ありがとうございます!」
荒木先輩の問いに、食い気味に答える。受け取り、改めてモガミさんのチャンネルに合わせてイヤリングを見る。
《芹野~、ヤット辿リ着イタノ~》
「ごめんね!」
絶対に谷村さんに届けるから!!
「良かったよ」荒木先輩が胸を撫で下ろす。
「芹野さんは話が早くて助かるな。モガミさんのことだって、本当に柔軟に対応できる。これ谷村さんに、頼むよ」
イヤリングが手渡される。……緊張する。柔軟に受け取るなんて無理だ。恐る恐る、イヤリングを手で包み込む。
「じゃ、僕はこれで……」
「あの……先輩」
肩の荷を下ろしたような、先輩の背中に声を掛けた。ん、と声がしそうな素振りで振り向かれる。
言わなきゃ。言わなきゃ。
「私はもっと役に立ちますよ」
ちがーう!!
「あはは。わかってるよ、そんなこと!」
失言が恥ずかしい。でも、先輩は笑ったけれど、笑い者にはしなかった。
「芹野さんは素晴らしい人だ」
私への気遣いで溢れている。
「……って、こんなこと言っていたら、先輩としてはキモいかな。ごめんね。本心だけどさ」
「あ……そんなことないですっ」
苦笑気味に語る横顔が許せなくて、私は気づけば続けていた。
「先輩は私の一番です!」
い……言ってしまったー!
ただ、先輩のキョトン能力には勝てず。
「うん? 僕も芹野さんが一番の後輩だよ」
本当にナチュラルに、スルーされたのだった。
「……うぅ」
《アノ……頑張ッテナノ》
なんなら迷子のモガミさんに気を遣われる始末。先輩のいなくなった廊下で、私は恥を耐える。どうしたら先輩への想いは届くんだろう。
「うん。頑張る」
《良カッタノ~!》
まずは、イヤリングさんを谷村さんに届けよう。そして、あわよくば、彼女に恋愛のアドバイスを頂けないか、相談しよう。
すべては、次に繋げるために。