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ツクモリ屋は今日も忙しい(10‐前編)
【side:室井玄】
ここ2・3日、ツクモリ屋は平和だった。
忙殺されることもなく、むしろ客足は控えめで、俺は余裕をもって業務をこなせていた。モガミさん達も特にトラブルは起こさず、機嫌を損ねることもなく、のんびりと戯れ寛いでいたように思う。
特殊なスタイルとはいえ、ここはあくまで、こじんまりとした雑貨店だ。退屈に感じるくらいの、穏やかな営業が普通なのだと言われたら、そうなのかもしれない。そうぼんやりと考えていた。
──そう、つい先程までは。
「もしかして、お前は発見器なのか?」
店に訪れた後輩に、我ながら変な質問をぶつける。後輩・荒木は苦笑いをしながら、これまた変な返事をした。
「……すいません」まさか、認めるとはな。
「何々、どゆこと? 荒木君、そんなに有能な霊能力者? すごい! ぼかぁ尊敬するよ~」
荒木の横で、あっけらかんとリスペクトしている男を、俺たちは同時に見遣った。
派手なトーンの服を着こなし、非常に上機嫌な物腰で、ニコニコしている。荒木の元同級生だという男の名前は西松というらしい。なんだか……第一印象からして、変人っぽい。
荒木は困ったように友人に説明している。
「だから、僕は霊能力はないんだってば」
「えっでも、発見したんでしょ? なんかヤバいもの」
それお前のことな、と言いかけ、さすがに止めた。
しかし、霊能力はともかく、荒木が神かがっているのは事実だな。わりと最近も、1人見つけているわけだし。後輩の後輩さんを(……名前は忘れた……セリーヌ?)。
荒木の話を聞いているのか、西松はキョロキョロしながら感心していた。
「それにしてもココ、幽霊がいっぱいいるなぁ!」
「「 …… 」」
はぁ。嵐の予感しかなくて、俺は溜息を吐いた。
これからきっと、この店は忙しくなるだろう。
(10)「先輩 vs. 後輩」ナノ! -前編-
数日前、荒木から一本の電話が来た。
久しぶりに会った友達が、菜恵さんから長らく借りていた物を、返したいと。菜恵さんに時間を作ってもらえないかと。ついでにそいつは、モガミさんが視えるようになっていたと。
菜恵さんに訊くと、快い承諾をもらった。俺も、さっさと菜恵さんに返しに来いと思ったくらいで、あまり抵抗はなく荒木に連絡したのだ。何も心配していなかった……西松を見るまでは。
《はろー!》《イラッシャイナノー》
のんびり様子を見守っていたモガミさん達が、西松に話し掛ける。奴はさらにパァッと笑顔になった。
「ハローっ! いらっしゃいましたぁ!」
《トッテモ元気ナノー!》
店内にはモガミさんを視やすい空間作りが施されているが、大半の客は視えずに買い物を済ませる。だから、俺たちみたく言葉を交わせる人間に、モガミさん達はさぞ興味をそそられるのだろう。新顔なら尚更。
「荒木君、ココ、良いスポットだな!」
ひとまず気が済んだのか、嬉しそうに言いながら西松が戻ってくる。……まさかとは思うが、ここを心霊スポットだと?
「お前……よく変わってるって言われないか?」
つい、我慢していた言葉が口から出る。西松が、目元のみを見開いた顔で、俺をチラ見する。気まずい空気が湧く。
「はい! ニュータイプって言われます!」
奴は軽く瞬きをして、改めてニッコリ笑った。
……確かにこういうタイプは初めて見た。さっきの焦り、返してくれる?
「そういえば、なっちゃんはまだですか?」
荒木が俺に言い出す。その口調は早めで、話題を変えたいのだと俺は察した。ま、共通の知り合いならここは複雑だろう。
「もうすぐ来るはずだ」
「え、なっちゃんて誰?」
西松がきょとんとしながら呟く。まじか。
《ニシマツー! 菜恵ハすてきナノー!》
「そうなの?」
モガミさんの野次馬に乗りに行った西松を尻目に、俺は荒木に声を掛けた。「ちょっといいか?」
「……はーい」溜息を吐かんばかりに荒木は返す。
「きちんと説明したのか? いろいろ」
荒木には、西松に対してツクモリ屋の前説明を頼んでいた。モガミさんの知識がない人間の来訪は、トラブルの原因になり兼ねない。特に、中途半端にモガミさんが視えるばかりに、幽霊と間違えるような人間は。
「もちろんしましたよ! 電話でもメッセージでも、ここに一緒に来る間にも説明しました……はずです」
荒木は即答するが、尻すぼみで西松の様子を窺う。
「でもなぜか、幽霊から離れないんですよね」
以前の、後輩の後輩さんは大丈夫だった。だが西松は見ていて危なっかしい。今はまだセーフだが、そのうちモガミさんを傷つけたりする可能性は否めない。本人の意思ではなくとも。
もしかすると、厳しい態度を取るべきかもしれない。この店を任されている以上、俺には取るべき立場があった。……この店を、菜恵さんに任されている以上は!
「お待たせっ♪」
俺が内心決意を固めていると、菜恵さんが到着した。鈴のような声が転がり込み、周りの空気だけ花が咲いたように感じる。引き締めたばかりの気分がうっかり緩みそうになった。
「お疲れ様です、菜恵さん」
「こんにちは、なっちゃん!」
「2人ともただいま~。……あ、いらっしゃいませ?」
何気なく店内を見渡した菜恵さんは、ワンテンポ遅れて西松の存在に気づく。陳列棚の傍に立っていた奴を、買い物客かもしれないと判断したようで声掛けする。
「なっちゃんその人、僕の友人です」
荒木が言いながら菜恵さんに歩み寄る。状況を理解した菜恵さんは、少し恥ずかしそうに笑う。可愛い。
「前にも会ったんだっけ。ごめんね、すぐに気づかなくて。でも、わざわざ来てくれてありがとうねっ!」
……ん?
違和感を覚え、俺は眉根を顰めた。すぐにそれは、嫌な予感に変わる。先程まであれほど騒がしかった男が、ぽかんとした表情で、菜恵さんから目を離せず固まっていたからだ。
「西松。ほら、さっさと挨拶!」
数歩先の3人に近づきながら、大きめの声で奴に呼びかける。西松はぱちくり瞬きをすると、慌てて姿勢を正した。
「うわ~、また会えた! 感動したよぼかぁ~!」
挨拶しろ!!
「……ずっと、また会いたいって思ってました……」
「へぇ、そうだったんだ。嬉しいな♪」
ん??
あいつ、顔を赤らめてないか?
心なしか柔らかい表情になっているし、うっとりしている風にも見える。まるで少女漫画の主人公みたいな……ん??
「室井先輩」
荒木がぽつりと呟く。片手で小さく拳を作って。
「……ファイト?」
…………はあぁあ!!??
唐突に脳内でゴングが鳴り響く。
まさか、西松は、……ライバルなのか!?