ツクモリ屋は今日も忙しい(19-後編)
【side:筑守菜恵】
「みーちゃん、恋ってしたことある?」
鼓動の高鳴りを自覚しながら質問した。こんなこと、今まで誰にも訊いたことないからか、なんだかドキドキする。
「ええと……う、うん。ちょっとなら」
みーちゃんは曖昧に返した。慎重というか緊張が伝わってくる、ぎこちない笑顔だ。
思えば私たちは、恋バナとか女子トークっぽいはしてこなかった。私は苦手分野だし、みーちゃんはたぶん、私が避けているの気づいてて、遠慮してくれいていた。だって、恋はしたことあるんだし……。
《エェ~ソウナノ? 教エテナノ~》
私の鞄のモガミさんが、ずずぃっと身を乗り出した。純粋に興味が湧いたのだろう、瞳がキラキラとしている。なんだか、私よりも女子っぽいかも?
《ミーチャン、かっぷるニナッタノ?》
というか、肉食女子ばりの食いつき方っ!!
(19)「なっちゃんの心の中」ナノ! -後編-
みーちゃんは飲みかけの紅茶を吐き出しそうになり、慌てて取り繕った。
「ぶっ……い、いやいや! あるって言っても、なっちゃんに伝授できるような経験があるわけじゃないんだよね~!」
早口で言い切り、もはや完全に引き攣った笑みのまま一息つくみーちゃん。口の端が、ちょっとだけピクピクしている。こんなに動揺している彼女を見るのは久しぶりで、新鮮にすら感じる。
「そうなの? 謙遜しなくていいのに」
言いながら、今度は私が紅茶を口にする。
《ミーチャン、売レ残リナノ?》
モガミさんがまたまたズバッと発言して、私はみーちゃんの二の舞になりかけた。危ない危ない。
「……モガミさん、人間社会とツクモリ屋では、ちょっとカップルのシステムが違うからね……?」
《オヨヨ……? ベ、勉強ニナッタノ……》
さすがにキレかけたらしい従妹の気迫に、モガミさんはプルプルと震えながら頷いた。みーちゃんの鞄の方のモガミさんが、心配そうに付き添う。
「私の場合、気になったりした人はいても、その人に既に彼女がいたり。もたもたしている間に、他の子に先を越されたり……ってのが多いかな」
過去に思いを馳せながら、みーちゃんは語る。
「よく喋る男子とかも、気づけば彼女ができてたりで……。学生でなくなって、父さんの仕事を手伝うようになってからは、出会いも減ったし」
「あー、それはそうかもねっ」
私なりにそれは感じていた。仕事だと、定期的に新しい人と出会う機会はなくなってしまう。
「でも、みーちゃんならモテると思うんだけどな」
みーちゃんは明るいし、頑張り屋だし、少しシビアだから難しい顔をしているときも多いけれど、笑ったら本当に可愛い、自慢の従姉妹だ。
「なっちゃんに言われても説得力ない……」
「えっなんで?」
「……そういうところがね」
みーちゃんは理由をぼかしながら苦笑した。困惑が混じっていたけれど、思わずなのか、先程よりはリラックスしているようだ。
「ていうか、ずっと思ってたんだけど。なっちゃん、自分からはともかく、向こうから告白されたことはあるでしょ?」
問われて、私は戸惑った。過去に思いを巡らせる。
「ないと思うけれど……」
「嘘、それはない。絶対にないと思う」
《ソウナノ?》《ドッチガ真実ナノ?》
鞄のモガミさん達がヒソヒソと話していた。私は、自分の意見が正しいと思うんだけれどなぁ。
「え、でも。今までに告白も、デートも誘われたことないよ。大勢での遊園地とか、食事はあるけれど」
そういえば、クロくんからも仕事後の食事はあるな。
「──もしかして、告白というより、アプローチに気づけないタイプってこと? ハードルが高すぎて?」
みーちゃんはぶつぶつと呟いている。何かを真剣に考えてくれているようだ。私は次の言葉を待った。
「そうね……。なっちゃん、1つ訊いてもいい?」
やがてみーちゃんは私を見つめて、改まった口調で確認した。その眼差しは落ち着いて真っ直ぐで、いつものみーちゃんの目だった。このキリッとしたのが、私は好き。
「なっちゃんは、恋をしてみたいの?」
急に静かになった気がした。時間も止まった気がする。でも、首を巡らせても、周囲に異変は見られなかった。店内は、和やかな営業風景だった。
「私は……」
***
恋をしたいのか。わからない。わかるために、どうしたらいいだろう。したい気もする。恋は何かわからないけれど、嫌な気分は特にない。
そう、自分の中では、恋愛は嫌な印象ではない。だから、縁談をきっぱり断る気にはならない。じゃあ、私の中の恋愛モデルって何……いや、一番身近にわかりやすいのがある。親だ。
両親は、喧嘩一つしない関係性だ。
母は私に、よく父との馴れ初めを聞かせた。母曰く、お父さんの方が「ゾッコン」で。猛アプローチされて結婚したのだと言っていた。
お母さんは、モガミさんに対する熱意が旺盛で、お父さんはニコニコのんびりとお母さんをサポートする人だ。夫婦間の喧嘩なんて、ほぼ見たことがない。私にツクモリ屋を任せるかってときに、少し揉めたくらいだ。
両親は仲が良い。
私がなりたいとすれば、この状態なのかも。そういう意味では、私は恋がしたいのかもしれない。
でも、お父さんとクロくんって、似ているのかな?
一応考えてみるけれど、よくわからない。お父さんの方が柔らかい印象がある。クロくんは、厳しいというか、冷ややかに感じる瞬間もある。それは、一時期のものではあるけれど。
でも、私に向ける笑顔が、可愛いときがある。つられて、私も笑ってしまう。クロくんは、誤解されやすいだけで、内面はとてもキレイな心をもっていると思う。
だからクロくんとの縁談は、簡単に決められない。
ええと、恋をしたいかだったよね。
縁談も恋も決められないんじゃあマズいよね。なら、正直になるしかない。私は考えを纏めて、みーちゃんの目を見た。覚悟を決める。
***
「すっかり黙った……」
《ミーチャンノセイヨ!》《ミレイガ強ク言ウカラ》
「……そうなのかも。ごめん」
何やら、わちゃわちゃした声が聞こえた。気づくと、プンプンしたモガミさん達と、項垂れた様子のみーちゃんがいた。そして空っぽなカップたち。
「あ。紅茶、おかわりする?」
私の声に、みんなは驚いた後コクコクと頷いた。
……モガミさんも飲みたいのかな?(笑)
新しい紅茶が来て、私はゆっくりと飲んだ。私の考えが正しいか、強いか、大丈夫か悩みながら。
「みーちゃん、さっきの話の続きだけれど」
「う、うん……」
みーちゃんは紅茶には手を付けず、私の言葉を待ってくれていた。
「私、たぶん恋愛には期待ししているの」
「……期待?」
「うん。私は恋愛がよくわかっていないけれど、恋愛とか結婚に絶望していなくて、様子を見ているの」
みーちゃんは、躊躇いがちに頷いてくれる。
「だから、はっきりと次の道が見えるまで動けない」
「動けない……えぇ、じゃあ、縁談はどうするの?」
みーちゃんは眉根を顰めて返してくる。
「今回の縁談は、断るよ」
私はきっぱりと言う。みーちゃんは朗らかに、モガミさん達は不満そうにリアクションをする。なぜ?
「それなら、仕方ないんじゃない?」
なぜかニヤニヤしながらフィナンシェを齧るみーちゃんに、私は言葉を続けた。
「その代わり、ちゃんとクロくんと向き合う。好きになれたら、こっちから縁談してみる!」
「……ん? それって」
《逆ノ縁談ナノ?》《ヤッパリ縁談ナノ?》
みーちゃんとモガミさん達からの視線が、なぜか突き刺さるように痛い。
「……ん、どうかした?」
「いやっ何も!」《ナンデモ~》《ナイノヨ~》
慌てて首を振る様子はあやしいけれど、いっか。
私は、自分の悩み事に付き合ってくれた大切な人たちに、ありったけの笑みを向けた。
「付き合ってくれて、ありがとうね!」
クロくんと向き合うと言っても、何すればいいのか、わからないけれど。自分で納得できる答えは見つけたいな。
……とりあえず、いつもどおり喋ったらいいのかな?
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