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ツクモリ屋は今日も忙しい(9‐中編)

 シーフードパックに、チーズトッピング。豚肉盛りパックに、キムチトッピング。あと、具材オーダーの完全創作チヂミ、西松セレクトスペシャル。ファミレスでよく見るピザのように、一口サイズに切れ込みの入った丸いチヂミが3つ、テーブルに並べられている光景はなかなかの圧巻だった。想像していたより分厚い。

「いいねー! ちょっと写真撮っていい?」
「いいけど。ナムル食べてていい?」
 いいともーと言いながら、西松は既にスマホを構えている。連写モードを使っているらしく、あちこちの角度からレンズをかざしている。

「フォトジェニーック!!」
「もー、叫ぶなよ……」

 そういえば、彼は高校生の頃から写真が好きだった。興味の沸いたものなら何でもすぐに撮る癖がある。しかも今みたいに、ちょっと叫びながら激写するのだ。懐かしみながら、小皿に盛られたナムルを食べる。もやしがシャキシャキで美味しい。

「よし、もう大丈夫! 食べよー」
「おっけー」
 待ってました!

 一番気になるのは、何と言っても西松セレクトスペシャルだ。しかし最初は手堅く楽しみたいので、豚キムチヂミを食べる。うまい。

「荒木君はやっぱり、安定志向だねー」
 西松はニヤリと笑う。そしてスペシャルチヂミを1つ箸で摘まみ、パクッと頬張った。なかなか思い切りが良い。
「おっ、勇気あるね。……どう?」
「んむー、悪くないむぐ、むぐこくせきな味」
 むぐこくせき? あー、無国籍か。いや飲み込んでから言ってくれよ。

「何入れたっけ……ウィンナー、トマトピュレ、たくあん、アボカド、唐辛子、レーズン……あと……?」
 西松は記憶をたどって具材名を唱えていく。確かに無国籍というか、多国籍感がハンパねー。ていうか、ちょいちょい存在感のある具が……。お店の人、これを普通に作ってくれたのか。

「荒木君も騙されたと思って食べようよー。不思議な国の味だから!」
「アリスじゃないのかよ。……よし」
 ここは一つ、勢いで味見しておくか。注文しといて残すのは店に悪いし、案外いけるかもしれない。ふーっ。

 ぱくっ。

「……」「ね、どう? 荒木君」
「そうだね……不思議な味だ」
 まるで心が遠国に旅行しているみたいだ……。


(9)「西松、現れる」ナノ! ‐中編‐


 とりわけ不思議なことに、スペシャルチヂミは2人とも最初に平らげた。旅行している感覚に病みつきになったからか、西松が入れといて忘れた具材を当てるので盛り上がったからなのか、理由はもう良くわからない。

「あっ西松、そういえば今、何しているの?」
 ほどよく満腹になり、ほろ酔いになり、チャミスルの追加を頼んでいるときに、訊きそびれていたことを尋ねてみる。西松はきょとんとしてから、次に意地悪そうな笑みを浮かべ、ドヤ顔になって言い放った。

「荒木君。やっと訊いてくれたな? 待ってたよ」
「いや、何回も言おうとしてた」
「ぼかぁ、内心では荒木君が薄情な奴になってしまったのかと、思わなくもなかったよ」
「思うなよ」

 ていうか、久々に聞いたわ。西松の一人称。
 ぼかぁこうする。ぼかぁやるよ。仲間内だけに使う、特別な自分呼び。

「さっ荒木君、なんでも訊いてくれたまえ―。なんでも簡単に答えるよ!」
 軽く両手を開き、パタパタさせながら西松は言い切る。本当になんでも答えられるのか、僕は試したくなった。

「へー、じゃ1つ目。今、実家暮らしか帰省中?」
「実家だよーん」
「2つ目。西松も仕事の帰りだった?」
「いや、ただの散歩」
 はは、ビジネス街って散歩コースになるのか?

「3つ目。じゃ、仕事は何しているの?」
「今、無職なんだよねー」

 あれ? ムショクってどういう職業だっけ??
 テンポの良かった会話が、徐々に不調をきたす。

「……えーと、4つ目。それはつまり……あ、学校に通ってるとか、資格の勉強中ってこと?」
「ううん、仕事でトラブルあって辞めちゃってさー。仕方ないから、こっちに戻ってきちゃった☆」

 軽っ!! え、そのノリで言う?
 本当になんでも簡単に答えるんだな!?

 ショック過ぎて、すぐには言葉を返せない。
 そんな僕を見て、西松は慌てて言葉を付け加えた。
「あっでもお金は持ってきてるから! ここは割り勘で払うし、金を貸してくれとか言わないから!」
「え……あ、うん。ありがとう?」
 正直、そこはどうでもいい気分だった。ただ、彼なりの気遣いは感じたので礼は言っておく。

「そっかー、いろいろ大変だったんだな」
 僕はやっと、無難な返事をすることにした。辞めた仕事を、どこまで詳しく訊いていいものなのか。なかなかデリケートな問題だと思う。西松がちっともそう感じさせてくれないだけで。

 会話が途切れたタイミングで、店員さんが注文していた酒を運んできた。少し飲みながら、ふと湧いた素朴な疑問を、残りのチヂミを食べる西松にぶつけてみる。

「なー西松。仕事を辞めて実家に戻ったってことは、それまではどっかで1人暮らししてたんだよな?」
「え、5つ目? そのとーり!」
 あ、そのスタイルまだ続いてたんだ。
「じゃ6つ目。他の仕事を探して1人暮らしを続ける気はなかったの?」

「んー」もぐもぐと口を動かしながら、西松は店の壁に貼られているポスターを眺めていた。珍しく即答はしない。

「なんか、気分じゃなくってさー」
「気分の問題かい」
「こっちに呼ばれてる気がするっていうか、帰った方がいい予感っていうか、帰りたいっていうか、そんな感じ~?」

 ビールがでっかく載ったポスターに、何の魅力を感じているのか。ずっと壁を眺めている西松を、僕も眺めていた。
「……ま、そういう気分も、あるよな」

「とりま、ユーチューバーでもやってみるか!」
「まだそういう気分じゃなくない?」
 とりま、僕がさ!!



単純に文字が多いので、前後編にするつもりが3部編に変更。
西松、自由にさせ過ぎた……(笑)。

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