ツクモリ屋は今日も忙しい(3‐後編)
街の東側には、広い高台のエリアがある。自然公園と呼ぶには少し大げさだけれど、この街で一番、そこは緑の多い場所だと私は思っている。
ちなみに数年前、街の応援企画として、公園に大々的に花や樹を植える「素敵なハルを作ろう」プロジェクトが開催されたことがある。プロジェクトは大成功し、春の季節に美しく彩られた公園を地元テレビ局が取材してくれたことが、この街のささやかな誇りだったりする。
結局、翌年からの活動は規模縮小されたため、現在は控えめな花園と、まだ若い桜や楓の木々が静かに佇むばかりだ。ただ、この公園のことを「ハル公園」と呼ぶ人はいる。正式名称とは違うのにも関わらずだ。
開花シーズンや土日は家族連れで混むこともあるようだけれど、今日は平日。午前中だから小学生が遊びに来る時間帯でもないし、犬の散歩をしている人や、ジョギングする人しか周りにはいないようだ。
公園内のベンチに腰掛けしばらく待つ。
スマホで時間を確認しながら雲の形を眺めていると、予定の時間ピッタリに待ち人達がやってきた。
「やっほーなっちゃん! 来てくれてありがとう」
「あっ、みーちゃんと叔父さん! 久しぶりっ♪」
しばらく会っていなかった親戚の顔を見て、自然と心が浮き立つのを感じる。来たのは2人。従妹の筑守美礼ちゃんと、彼女の父親で、私の叔父さんでもある筑守智矢さん。
2人は隣町に住んでいて、また違ったツクモリ屋を営んでいる。だから親戚にして同業者。筑守一族は皆、それぞれのツクモリ屋をもつことで、モガミさんと人との秩序を取り持つ役目を背負っているのだ。
(3)「ナッチャンノ奮闘日記」ナノ! -後編-
「久しぶりだな、菜恵! いつぶりだったか?」
「……半年くらいだったような? 叔父さんが親戚会でムチャして、酔い潰れたときですっ」
「すまん、それは忘れてくれ」
叔父さんはかなり酒に弱い。普段は頼もしくて面倒見がいいのに、挑発されたら飲むから玉に瑕だ。
「あはっ、あんなの忘れる方が無理でしょ! お父さんってば毎回、飽きもせずに飲んで、3秒で寝ちゃうんだから」
ニヤニヤしながら、みーちゃんが私に目配せしてくる。みーちゃんは私の2歳年下だ。年が近いし、小さい頃から仲良くて、たまに連絡を取って会ったりもする。しっかり者で、ハキハキとものを言える子だ。
「うるさいな……。ま、まあとにかく行くぞ」
叔父さんは口をモゴモゴしながら歩き出した。
目的地は、公園の奥の方。私達も叔父さんに続く。
「そういえば、伯父さん達にはずっと会ってないな~。なっちゃんは最近会ってる?」
みーちゃんが私の顔を覗き込みながら訊いてきた。私の両親は、筑守の本家の方を手伝っていて、この街には住んでいない。
「ううんっ。でも、たまにお母さんが、メールしてくるよ。自分が珍しいモガミさんに会った時とか、画像くれるー」
「えっ? モガミさんって写真に写るの!?」
「ううん……ほら、これっ♪」
スマホに保存していた画像を探し、1枚見せてあげる。その画像は撮影された骨董品、と母が懸命に手描きしたモガミさんのイメージイラストだ。
そのモガミさんは、ダンディーに巻煙草を加えて、母を口説こうとしたらしい。声がすごく好みだった、と母はメールで語っている。
「……おばさん、相変わらずの斜め上っぷりだねー」
「ね、義姉さん……ぶふっ」
みーちゃんは困っているのか何かを悟ったのか判断しづらい顔をして、叔父さんは口元に手を当てながら、いつの間にか一緒に見ていた。やはり変だったらしい。私は母の言動にはすっかり慣れてしまい、たまに個性的な性格の人だってことを忘れちゃう。
「モガミさんの写真かぁ。カメラに付いたモガミさんの力が強かったら、本当に撮れたりしないのかな?」
実は、ツクモリ屋にはいろんなタイプがある。
私が任されている店のように日用品や雑貨メインの所もあれば、アパレルだったり精密機械を専門に扱う店もある。家電のツクモリ屋は噂で知っているけれど、遠方の親戚だから、なかなか話すチャンスがない。
「撮れたら俺たちは面白いけどな。でも一般人からしたら、心霊写真と同じに見えるんじゃないか?」
叔父さんが再び前を向いて歩きながら応えた。
そうなのかな、可愛いのに。幽霊じゃなくて小っちゃい神様なのに。モガミさんを見る能力は霊能力とは違うし、本物の幽霊は見たことないから、あまりわからないけれど……。
「あっ、もう見えてきたね!」
みーちゃんが指を差しながら声を上げた。
同じ方向に目を凝らすと、ひときわ大きくて迫力のある松と、その脇にひっそりと建つ小屋が見える。
私達が目指していたのは松の巨木……の方ではなくて、小屋の方だ。叔父さんは小屋の前で一息ついてから、扉を軽くノックする。中から返事はないけれど、叔父さんは構わずドアノブを捻った。
中には誰もいない。でもそれはいつもの事だ。用があるのは小屋の管理人さんにではなくて、小屋にいるモガミさんだから。
「お久しぶりです。今回もよろしくお願いします」
叔父さんは「それ」に語りかけながら両手を合わせる。一緒になって合唱していると「それ」から伸びてきた白いモヤが集まり、薄暗い室内で人のような形状になっていく。やがて端正な顔立ちをした、人ならざる青年が姿を現した。
《おや、久しぶりだのぅ。遊びに来たのかね?》
人型のモガミさんは、淡々と言葉を紡ぎながら首を傾げた。彼の本体は、小屋に設置された、透明で大きなアクリルボックスの中に入っている。江戸時代からこの地域に現存している、一本の斧。
「揶揄からかわないでくださいよ、ニレノさん。いつもの収穫祭ですから」
叔父さんはうんざりした顔であしらう。ニレノさん(これは斧に宿るモガミさんのニックネーム)は、にっこり微笑んだ。
《そうか、つまらぬ。トモヤ、地図を広げておくれ》
叔父さんとニレノさんは「収穫祭」について話し合いを始める。以前からそうだけれど、この時間は私とみーちゃんにできることはない。2人寄り添って、ただ待つ。
「よし。……じゃあ俺は、行ってくるから」
話し合いを終えた叔父さんは、言葉少なに伝えて小屋を出る。後には、私とみーちゃんとニレノさんと。穏やかっていうか静かっていうか、きごちない空気が、小屋をふわっと満たす。
「あの、お久しぶりです。ニレノさん?」
私はとりあえず言ってみた。みーちゃんは意外と慎重派だから、こういう場では先陣を切れないし、ニレノさんに任せるのも違う気がした。
《おお、ナエか。会えて嬉しいぞ。旦那はできたか》
ニレノさんは、とんでもないセクハラ発言をかましてくる。年季の入ったモガミさんにはアルアル事象なのだが、ニレノさんのようなイケメンモガミに言われると、正直にダメージがでかい。
「いえ、まだ……」
《そうなのか? 機会は掴まぬといけぬだろう? 我が主達も、積極的に動いていたぞ》
ニレノさんは、代々続いた木こりの持ち物だったらしい。三代に渡る愛用の斧を務めたが、末代の急逝や機械の台頭により、使われなくなったのだそうだ。おそらく江戸時代か明治時代の話だと、叔父さんは教えてくれた。
《ああ。それはそうと。モモ殿は元気かの?》
「あっはい!」
私はスマホを慌てて取り出して、とある画像を引っ張り出す。それはモモの画像だ。今朝、出掛ける前に、モモ付きのモガミさんに「笑って~」と言いながら撮影したものだ。
もちろん、私にとっては猫の置物の画像なんだけれどね。ニレノさんにはちゃんと、モモの姿が見えるらしい。モガミさん同士だからかな?
《おお、いいな。愛らしい!》
ニレノさんは、破顔しながら画像を愛でている。ニレノさんを愛用した誰かが大の猫好きだった影響で、ニレノさんもモモを愛でてくれる。
《うふふ『ニャイ♪』と言っているぞ。いい猫だ》
……あれ? 画像でそこまでわかるんだっけ?
「……こうして見ると、ただのイケメンなのにね」
みーちゃんが呟く。ニレノさんは首を傾げた。
《いけめん、とは何かの? ミレイ》
「あーえっと、貴方のような美形です」
《美形か。確かに、我ながら惚れ惚れする造形だ》
ニレノさんは、自身の本体を眺めながら答える。
「いや、斧のことじゃないですが……」
「2人とも、待たせたな!」
冷静な表情のみーちゃんが言葉を続けようとした矢先、叔父さんが戻ってくる。私はとっさに返す。
「あ。もう終わったんですか?」
「ああ、向こうに行こう」
叔父さんと、疲れた様子のみーちゃんが小屋を出て行く。
私も足を向けたとき、ニレノさんの強い気配を感じた。思わず振り返る。
《ナエは、次も来てくれるのかの?》
「あ、はい、来れると思いますっ」
《そうか、ありがたいのぅっ》
ニレノさんは嬉しそうに肩を震わせた。
《ナエは以前よりも力がついているからな》
私は、ニレノさんに、会釈することしかできなかった。私は毎日をただ頑張って生活しているだけで、モガミさんと渡り合える力が付いた実感はないからだ。
私にできることって何だろうって常々考える。
それがわからず、ぽっかり空いた心が確かに在る。
その隙間を埋められなくて、本家に栄転した両親について行けなかったのかと、思うこともある。
「おーい、菜恵。来てくれ!」
叔父さんの言葉に、我に返る。
「はぁい!」
叔父さんは、高台に生えっぱなしの草原を前に仁王立ちしていた。今日一番のキリッとした表情で、言い放った。
「これより収穫を行う! 美礼と菜恵は、サポートしてくれ!」
「「 はい! 」」
叔父さんは収穫を始めた。厳密には、干し草の原料となる草刈りを行っている。叔父さん一家は、干し草や木材、石材のような、自然から切り出した物に宿るモガミさんを担当するツクモリ屋だ。
先程のやり取りは、高台の仕切りをするニレノさんとの合意を取り交わすものだ。生態系を壊さないなどの配慮を理由としたツクモリ式儀式だ。
草刈りと言っても、叔父さんの収穫はいつもすごい。自らは動かずに愛用の道具のモガミさんと連携を取り、機械を操るかのように済ます。
私とみーちゃんは、こぼれた草を拾ったり、刈り損ねた草を手動で刈り取ることくらいしかできない。技を盗め、と度々言われているけれど、どうしてもできない。
「よし、終わったか?」
収穫を終えた叔父さんは、涼しい顔で確認してきた。かなり広い範囲を収穫したのに、まったく疲れた様子がない。
「はい……。やっぱり叔父さんはすごいっ!!」
私の言葉に叔父さんは照れたように微笑むだけで、私は強いもどかしさを覚える。私はこの技術に憧れを持つのに、叔父さんは少しも自分の凄さをわかっていない。……こんなにすごいのにっ!
私の想いはなかなか伝わらない。
「なっちゃん、こっちのをまとめてよー!」
みーちゃんが叫ぶ声がする。
叔父さんへの尊敬の念は、今度伝えることにする。
どうすれば理解してもらえるだろう?
今度クロくんに相談しようと考えながら、私はみーちゃんの元へ急ぐのだった。
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