ツクモリ屋は今日も忙しい(19-中編2)
【side:筑守美礼】
あたしは、言い様のない無力感に襲われていた。
なっちゃんが縁談なんて。なっちゃんが結婚なんて。その相手が室井玄かもしれないなんて。絶望しかない。
紅茶を飲みながらチラリとなっちゃんの様子を窺う。いつも明るく周囲を包み込もうとする眼差しが、今はぼんやりと伏せられていた。
あたしは小さい頃から、なっちゃんのことが大好きだ。よく会う従姉としても仲が良かったし、年が近いから実の姉妹くらいに懐いていた自覚がある。そして、なっちゃんに恥じないように強くなりたかった。
「それをよくも……室井玄……」
《ミレイ、ドウシタノ?》
ぶつぶつ呟いているあたしに、持ってきた鞄のモガミさんが、心配そうに声を掛けてきた。モガミさんに気づいたなっちゃんが、首を傾げている。ちなみに店員さんは何も気づいていない。
「──ううん。何でもない」
こっそりと返しながら改めてなっちゃんに向き直る。そして繰り返すけど、なっちゃんのことが大好きだ。だから、全力で助けるつもりだ。
(19)「なっちゃんの心の中」ナノ! -中編2-
「大体の事情は分かったと思うんだけどさ。結局のとこ、なっちゃんはどうしたい?」
まずはなっちゃんの気持ちを確認するべきだろう。今までの説明で、従姉が戸惑っていることは十分に伝わった。心の整理をしてもらわないと。
「伯母さんを説得して縁談を白紙に戻したい? それとも、室井玄を亡き者にし縁談を白紙に戻したい?」
「みーちゃん……白紙に戻す一択しか言ってないよ」
あれ。そう言えばそっか。
「じゃ、縁談はして、室井玄を精神的に亡き者に?」
「な、なんでクロくんを傷つける前提なのっ?」
あれ。そう言えばそうだっけ?
「だって……室井玄と結婚したいわけ?」
そもそも縁談が進もうが、なっちゃんが室井玄と結婚する気がなければ結果は同じだ。どうしたって室井玄にダメージは与えられる。そして試合終了。諦めろ、室井玄。
1つ目のフィナンシェに手を付けながら、内心エンドロールを流していた。そしてふと、静寂を感じる。
「──なっちゃん?」
「えっ。……あ、うん。たぶん……そうなんだけれど」
呼びかけで我に返ったのか、なっちゃんは慌てながら応えた。しかし、言葉はどこかふわふわしている。
……。まさか、そこで迷ってたりする?
《ナエ~、クロトかっぷるシナイノ?》
嫌な可能性を噛みしめる私の傍で、あたしの鞄のモガミさんが、豪速ストレートな質問を投げていた。
止める間もなかった。……モガミさん、すごい。
「えっ、カップルじゃないよっ!?」
素っ頓狂な声が店内に響いた。
あたしとモガミさんは目を丸くし、近くの席のお客さんや店員さんが、同時にチラ見する気配を感じた。時間差で、なっちゃんも目を丸くする。
「ご……ごめんなさいっ。うるさくして」
顔を赤くしながら周囲に謝るなっちゃん。一緒に頭を下げたらいいのに、あたしはできなかった。なんだか動けなかったのだ。初めて見るなっちゃんの様子に、今度はあたしが戸惑っていた。
***
今更だけど、ツクモリ屋という家業は、裏と表がある。モガミさんと人との距離を良好に保つための、善業の一面もある。けれど、それだけではない、生々しく罪深い側面もある。
人は壊すし、利用するし、捨てることもある。作っておいて放置することもある。物や自然がいつでも受け入れるがまま、とはいかない。
特に、あたしんちの場合、それまで自然物だった(=自然神が宿っていた)のを「お裾分け」してもらい、加工している店だから、モガミさんとの距離感は実はデリケートだったりする。
人間だったら、住み慣れた家を強制退去させられるようなものだ。怒りや恨みを買うことだってある。何事にも、最低限の守るべき礼節はあるのだ。
物心がついて、我が家がもつ業を理解し始めた頃は、泣いたり悩んだこともあった。それこそ、従兄弟の千生や千歳のように。
この前、あの2人にしたみたいに、なっちゃんはかつて、あたしのこともずっと励ましてくれた。大丈夫だよ、モガミさんはわかってくれるよ、優しいんだよと、小さい頃から粘り強く教えてくれた。
あたしにとって、なっちゃんは透明な光みたいな存在で、地獄に見えた場所を、柔らかい野原にしてくれた人。
成長した現在、おかげであたしは、モガミさんともコミュニケーションが取れるし、父さんの手伝いも難なくこなせるようになった。まだ、1人前ではないかもしれないけどね。
だから、大好きで。だから……途中からしゃしゃり出てきた室井玄とか、心底マジで邪魔っていうか、なっちゃんを傷つけたら容赦しないんだけど。
……でも。
邪魔なのはあたしだったら、どうしよう?
***
「ねぇねぇ……みーちゃん?」
気遣わし気ななっちゃんの声で顔を上げる。あたしはすっかり考え込んでいたみたいだ。なっちゃんは心配そうに言う。
「ごめんね、怒らせた?」
「え? 何が?」
「本当は、私もわかっているの。自分の考えがまとまってなくて、みんなに迷惑を掛けているって」
「そんな、迷惑なんて」
なっちゃんを追い詰めたくなくて、あたしは本気で宥めた。従姉は声を途切れそうになりながらも、言葉を続けた。
「でも私……こういうの初めてで」
「……うん」
頷きながらも、不安が沸き上がる心を止められない。何を言われるのか、なんだか怖い。
そんなとき、俯きがちな視界にモガミさんが割り込んだ。にゅっと顔を出して、いつものスマイルを見せた。けど、何も言わない。たぶん会話を邪魔しまいとしてくれたんだと思う。
「恥ずかしくて……言うのが」
なっちゃんの傍にもモガミさんはいたけど、従姉の方に見遣る余裕は無いようだ。いつもなら、そんなことにはならない。……あたし以上に緊張や不安などの感情で頭がいっぱいだと、それで気づいた。
「うん。ちゃんと聞くよ。なっちゃん」
自然と決意ができた。あたしにできることは、粘って強がることだ。なっちゃんのために。
室井玄は好きになれないから、癪だけど……。
「私……わからないの」
なっちゃんは頬を赤らめて呟いた。あたしは泣きたい気持ちで、ただ次の言葉を待った。
「恋愛することが!」
あれ?
「この年で言うの恥ずかしいけれど。どうしても恋愛がわからなくて。だから縁談とか、クロくんと結婚がって、ピンとも来てないの!」
最初の一言を言えた安心感からか、なっちゃんは急に捲し立てた。
「友達の話とか、テレビとか雑誌とかマンガの話はいっぱい知っているけれど、なんか、わからなくて」
「……え、なっちゃん?」
今までのなっちゃんは。
それこそモガミさんのことを話すか、あたしの喋ることを聞いてくれる、穏やかと言うか取り乱さない人だった。冷静ともいえるレベルで、だから透明な光みたいだと思っていた。
……それが、光が色づくどころか。
「みーちゃん、恋ってしたことある?」
──真面目に、恋バナ相談とか、マジですか??
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