ツクモリ屋は今日も忙しい(1-後編)
扉の陰からひょっこりと顔を出したのは、見目麗しい女性だ。天使の輪を装備したさらさら茶髪のセミロングに、お洒落なワンピースやパンプスを着こなし、こう……うっとりと見つめてしまう感じの、神々しいフェイス。
(※ごめんなさい。僕の語彙力では、これが限界だ)
「ただいまっ♪」
「菜恵さん……」「なっちゃん!」
「あれっ? タクちゃんも来てたんだ。久しぶり!」
なっちゃんは僕を見て驚いた後、にっこり微笑んでくれる。まるで浄化のオーラが溢れているようだ……。その効果は室井さんにも波及したようで、隣でこっそり顔を背ける気配を感じた。
ちなみに僕の下の名前は拓真で、ついでに室井さんは玄だ。
(1)「ヨウコソ、つくもり屋ヘ」ナノ! -後編-
「お久しぶりです! 僕はその、たまたま顔を見せに来て」
とっさに返した言葉に、室井さんが小さく「えっ」と声を上げる。なっちゃんは「そうなんだ?」と呟きながら、ぐるりと店内を見渡した。しばし考え込む素振りをしたが、すぐに僕たちに向き直って続ける。
「2人とも、お店のことはもういいから、ご飯行きなよ♪」
「えっ……でもまだ時間が」
途切れるように室井さんが遠慮したが、時計を確認すると、ちょうど閉店時間を過ぎたところだった。僕たちは顔を見合わせ、何とも言えない落ち着きを取り戻す。
なっちゃんはニコニコと微笑んでいる。
「私は、さっき仕入れた分の処理もあるし、一緒に片付けもするよ。だから遠慮しないで?」
「いやっでも悪いですよ。そ、それより……全員でさっさと片付けて、菜恵さんも一緒にご飯食べませんかっ?」
おっと……? 室井さん、自覚してる? ソレ。
パニック状態みたいですけど、食事に誘ってますよ。
僕が内心ハラハラしていると、なっちゃんは室井さんに向かって一歩近づいた。「ねぇ、クロくん?」「は、はい」室井さんは生唾を飲み込んで、次の言葉を待っている。
「ここのモガミさん達がね、皆言ってるよ。《クロ、頑張ッター》《イッパイ、カップル成立!》って。今日は大盛況だったんでしょ?」
なっちゃんは、モガミさん……もとい付喪神の専門家で、コンタクトの達人だ。そもそも実家である筑守家が、先祖代々、付喪神と共生する商いをしてきた家系とのこと。
それに対し僕や室井さんは部外者だが、モガミさんに好かれやすい体質らしく、8年前になっちゃんの慧眼により見いだされたのだった。
「あー……。それは、まあ」
観念したのか、室井さんは口を濁した。まぁ、盛況かは売上金でばれるので仕方ないだろう。オーナーのなっちゃんが、チェックしないわけないし。
「モガミさんが大感謝しているんだし、今日はもうゆっくり休んで欲しいの。私からもお礼を言わせてね。クロくん、ありがとう!」
「うっ」
なっちゃんの真正面スマイルをまともに食らい、室井さんは耳まで真っ赤になった。そのまま倒れてしまわないか、心配だ。
「良かったですね室井さん」「う、うるさい」
とっくに説明するまでもないと思うが、室井さんは、なっちゃんのことが大好きだ。もう何年も片想いをしている。
この構図を、今までに何度、目の当たりにしてきたことか。僕も正直、なっちゃんにときめいた時期はあったが、室井さんには勝てないと悟り、現在では応援すらしている。
……ていうか、室井さんの反応見てたら、面白いんだよね。僕に対しては散々牽制するし、なっちゃんが僕と話してたら嫉妬を隠しもしないのに、なっちゃんの前では素直にデレるし照れるし。何この二面性。黒と赤?
「帰り支度をしてくる……。荒木、待っていろ!」
平静を装っているつもりなのか、なぜか僕に吠えるように命令し、室井さんは奥に引っ込む。その部屋を見て、先程の検品の件を思い出した僕は、なっちゃんに話し掛けた。
「そういえば、向こうにハンカチの箱があるんですけど、1つ怒っているモガミさんがいるので、対応お願いします!」
「あ、ハンカチね~わかった。タクちゃんも、今日はありがとね!」
「……えーと、僕は遊びに来ただけですよ? さっき暇つぶしに部屋を覗いたら、見つけただけで」
なんとなく全て室井さんの手柄にしといた方がいいと思い、慌てて説明を付け加える。だからさっきも、室井さんに急に呼ばれた事実を伏せたのだ。
「そうなの? でも報告、ありがとね」
なっちゃんは僕の嘘を信じているのか、それとも見破っているのか。どちらとも取れるあっさりしたウィンクで返したのだった。……たまに食えないんだよな、この人。
***
ツクモリ屋を出て、近所の大通りに差し掛かると、音量ボタンを押し続けたみたいに喧騒がはっきりと耳に届いてきた。喫茶店や、飲食店が多いゾーンだ。ツクモリ屋の帰りに外食をするときは、大抵ここで場所を探すことが多かった。
「荒木。さっき、俺を立ててくれようとしただろ」
もはや夕飯のことしか頭になく、キョロキョロと飲食店を眺めていた僕の背中に、室井さんがぼそっと言葉を投げてくる。振り返ると、何やら気まずそうな空気が伝わってきたので、ポリポリとこめかみを搔いた。
「んー。いい感触はしなかったですけど……」
「ったく! それはどーでもいいんだよ。まあ、でも……ありがとな」
えっなにツンデレ? なっちゃんにすればいいのに。
と、言いたかったけれど、ぐっと堪える。
代わりに、ささやかな借りを返してもらおうと思いついて、僕はニヤリと笑った。
「そう思うんなら、店、僕に選ばせてくださいよ♪」
後輩の思惑に、ツクモリ屋の店長は気づいたようだった。渋い顔をすることで先輩風を吹かせて対抗する。
「わかったよ……。ただ、ビールと肉は入れてくれ」
「さりげなく縛りを入れましたね……」
喋りながら、大通りを歩いていく。
懐かしいルーティンに、いつの間にか心がリフレッシュされる感覚を覚えていた。
高校生のときにツクモリ屋を知って以来、大学、会社と環境が変わっても、こうして関わっている。モガミさんに、ツクモリ屋に。
これが不思議ではないなら、何なのだろう。
明日もきっと仕事で忙しいけれど、この繋がりは大切にしたいと、こっそり思う僕なのだった。
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