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ツクモリ屋は今日も忙しい(13‐前編)

【side:荒木あらき拓真たくま

 あぁ……ついやってしまった。
 たまに油断してしまうんだよな。取り繕うこともできず、誤解されたまま距離を置かれてしまう。そして手元には、物だけが残る。

《大丈夫ナノ……?》
「う……うん。多分ね」

 握ったままのボールペンのモガミさんに問われ、小声で返した。周囲に誰がいるかわからない。そして、誰かいないか、辺りを見渡す気力は、すぐに湧かなかった。

 そのくせ独り言は止まらない。
「あー……明日からどうしよ」

「何をですか?」

 不意に近距離で声を掛けられ、僕は弾かれるように顔を上げた。しゃがみ込んでいた場所から数歩先、両脇をデスクで仕切られた通路の向こうに、後輩が立っている。
「……っ、芹野さん」

「先輩……もしかして、失くし物ですか?」
 彼女は目を丸くしながら、心底心配している表情で僕に近寄ってくる。本当に性格のいい娘だと思う。先輩がこんな不出来で申し訳ない……。

「いや、僕は何も失くしてない……。僕じゃなくて」
 立ち上がりながら、芹野さんに見えるようにボールペンを掲げた。芹野さんと向き合ったモガミさんは、ニコニコしながら《はろー!》と挨拶をしている。のんきな奴だ。

「……ボールペンが?」
「うん。こっちが失くしたんだ。持主を」


(13)「迷子の行方」ナノ! -前編-


 ここは職場のロビー。本日の就業時間は過ぎていて、他部署では残業している人もいるようだが、僕の所属している部署メンバーは、ほぼ退社している。もう僕らしかいない。

「なるほど……この子、村谷さんのなんですね」
 お互い空いている座席を使い、横並びに座る。きっと早く帰りたいだろうに、芹野さんは嫌な顔一つせずに、頷きながら僕の話を聞いてくれる。

「そ。僕がここに戻ってきたとき、あの人はちょうどペンをゴミ箱に投げ捨てていて、失敗したわけ」

 村谷さんは、僕の3年先輩で、甘いマスクとハスキーボイスを兼ね備えたイケメンだ。顔半分をマスクで隠したって、周りの女性の目を誤魔化せないだろうレベルで、正直羨む気にもなれないモテ男。

 で、そんな村谷さんが、苛立ちもあらわにボールペンを捨てようとした現場に、ちょうどオフィスに戻った僕が出くわしたのだ。

 何気なく拾った僕は……見てしまった。衝撃で目を回しているモガミさんと、目が。

「芹野さんなら解ってくれると思うけどさ。本当にたまに、そのつもりがなくても波動が合って、モガミさんが普通に見えることがあってさ。完全に虚を突かれた形になって」

 気づけば言ってしまっていたのだ。「何やってるんですか、この子が可哀そうでしょ!」と。本当にナチュラルに。

 モガミさんを通して物を大切にするのは、僕にとってはわりと当たり前の姿勢。でも、何も知らない他人からしたら、ぬいぐるみに名前を付けて遊ぶような、ごっこ遊びをし出したように見えるかもしれない。

 事実、村谷さんには怪訝そうに告げられた。
「『は? この子ってあいつのこと? キモ』だってさ……あいつって誰かわからないんだけれど」
「そんな……酷いですね」

 前後して聞こえてきた周囲の人の発言を総合すると、そもそも村谷さんは、誰かにボールペンを貰ったらしい。その相手と喧嘩したようで、腹いせにペンを捨てようとしたようだ。

 改めて観察すると、ボールペンは確かに、大量生産された安い市販品ではないようだ。上品なフォルムで、心なしか重みもある。完全に気のせいだろうが、モガミさんもオーラを放っている。

「もっと僕が上手く立ち回れていれば、村谷さんも機嫌を直して、君を引き取ってくれたかもな。ごめんね」
《イイノヨ……ワタシ、よそデモ生キテイケルワ》
 あ、なんか引き際のいい美女みたいな発言……。イケメンの持ち物も、やっぱりイケているものなのか?

「あ! ごめん芹野さん、すっかり長々と話しちゃったな!」
 ずっと芹野さんを放置していたことに思い至り、ぱっと横を向いて僕は謝った。急に視線のマッチした彼女は、驚くでもなく、いつものように微笑むでもなく、ただぼんやりと僕を見つめていた。

「い、いえ。少しでもお役に立てるなら……」
 芹野さんは目を逸らすことなく、言葉はたどたどしく紡ぐ。ただの静かな間が訪れ、何とも言えない焦りが生まれた。

「……あー、ごめん。まだ調子が悪いみたい」
 またやってしまった。これはたぶん、後輩まで引かせてしまった。こめかみを抑えて僕は謝った。謝るしかない!

「せ、先輩! あの、……そのボールペン、私に預からせてください!」

 これまた焦りを覚えたらしい芹野さんが、咳き込むように提案をする。片手を小さく上げて、早口で言い切る。

「え、でもなんで? 芹野さんが持っていても、仕方ないでしょ?」
「実は私、村谷さんの喧嘩相手、心当たりがあって。良かったら話してみますよ」

 芹野さんの言葉に、僕の途方もない憂鬱に一縷の光が差した。村谷さんがその人と仲直りできるなら、僕の立場も少しはマシになるかもしれない。
「そうなの? でも、僕が行った方が……」
「……いえ、相手は女性なんです。私がまず探りを入れた方が、良いかと思います」

「……あー、そっか」
 鼻先でスンと息を吸いながら納得した。
 さすがモテ先輩。女性からプレゼントされた物を、喧嘩したぐらいで捨てようとするなんて。やることが違うや。

 僕はボールペンを芹野さんに渡す。
「悪いけれど、任せるな。恩に着るよ」
「いいんですよ、このくらい」
 にっこり笑って芹野さんはモガミさんにも挨拶をした。彼女とも、このボールペンは相性がいいらしい。

 そっか、同じものと相性がいいから話しやすいのか。
「芹野さんに相談してよかったな」
「……え?」
 きょとんする芹野さんと、振り返り美人をするモガミさんに、僕はやっと落ち着いた気分で笑いかけるのだった。



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