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ツクモリ屋は今日も忙しい(10‐後編)
客も来ない静かなツクモリ屋で、菜恵さんを巡って、俺は西松に対峙していた。スキル『荒ぶる万年店長』俺と、スキル『得体のしれない天真爛漫』西松。駄目だ、勝てる気になれない。
「ぼかぁ楽しみを見つけました!」
俺はごくりと喉を鳴らした。
「何だよ、楽しみって……」
「とても好きになってしまったんです」
どこまで直球なの、お前は!?
(10)「先輩 vs. 後輩」ナノ! -後編-
「ぼかぁ、このハンカチに救われました」
西松はレジ裏に置いていた自分のバックから、小ぶりの物を取り出した。透明な包装用紙と、小さなリボンシールでラッピングされているが、形状的にハンカチであることは間違いないようだ。
「それが、菜恵さんから借りた?」
「イエス! 高校の頃、道端で服を汚してしまったときに……」
西松は目をキラキラと輝かせ、うっとりと話す。街角で粗相をした男子高校生に、スッとハンカチを差し出す菜恵さん。素敵だ。想像して、俺もうっとりとする。
《アレ、何々~?》《スゴク魅力ナノー》
モガミさんがソワソワする。奴は軽くいなした。
「後でねー。ナエセンに渡してから!」
「これ、返す機会があったけど、し損ねて。ずっと借りっぱなしでした。でも、それが良かった」
「……それは、菜恵さんに再会できたからか……?」
ハンカチを持っていたから、できたことだ。想い人の縁に持っていたのかと考えたが、西松は首を振る。
「ぼかぁ帰って来られたのは、この幽霊さんが《帰ッテオイデー》って言ってくれたから。だから、仕事を辞められた」
今日はとても晴れた日なのに、店内に陰が差したような、そんな眼差しを俺は見た。逸らせなかった。
「西松……?」
「今は無職だけど、ぼかぁ幸せです!」
欠伸を嚙み殺したような笑顔で、西松は言い切った。
「さっきナエセンと会った時も、この人がハンカチを貸してくれたおかげで、ぼかぁ戻って来れたんだと思うと、涙が出そうになる程に嬉しくて。まじでナエセン、女神です!」
ん? ちょっと待て。
「つまり、さっき顔が赤らんでいたのは……?」
「? あ、すいません。もしかして、出っちゃってました、ナミダ。ありがたみが、強すぎて」
一粒も出ていない。
「……潤んではいた」
「そうですかーすいません。しょぼりん」
ショボリンとモガミさんが真似している横で、俺は情報の整理をしていた。西松は、てっきり菜恵さんに恋をしているのだと思っていた。しかし、何かがおかしい。西松が菜恵さんに抱いているのは深い感謝のようだ。
あれ、じゃあ、どうして西森はライバルか。
「西松。そういえば楽しみを見つけたとか、さっき」
「それなんですけど、パイセン。これからもココ、ちょくちょく来てもいいですか? ぼかぁこの店をとっても気に入りました!」
《イイトモー!》《ヤッター》
俺が口を開く前に、モガミさんが口々に賛同する。
「……ちょくちょくって。んな暇があるなら、今は職探しじゃないのか?」
「しばらくはユーチューバーする予定なんで!」
「は、はァ?!」想定外の返しに声が裏返る俺。
「幽霊さん達、映像に映らないのは残念だけど」
西松は指で四角形を作り、モガミさんを撮影するポーズをしながら話し続ける。……というか、それはもう試したのか?
「ココに来ればたくさん会えるし! 問題無し!」
「いや、問題無しと言われても」
つまりは入り浸りたいと。しかし、いきなり宣言されても困る。俺としても店長としても。
「ここは遊ぶ場所じゃないんだぞ?」
「モチ手伝うっす! お客さんの邪魔もしない……それに」
可笑しそうに口元を隠し、西松は声を潜めてこう言った。
「パイセンの恋だって応援し隊☆ です」
えっ。
「荒木君からいろいろ聞いてるっす。ぼからがナエセンに出会った頃には、片想いスタートしてたとか。嫉妬とトキメキが、表裏一体パンダなのとか。幽霊さんにも応援されてるとか」
「ちょ、まっ……ぼから? パンダ?」
奴が妙な言い回しをするせいで、的確なツッコミができない。
ただ……荒木が喋りまくったことだけは、解る。
「──あ、西松、ここにいた。こっち手伝ってよ」
店奥から顔を出した荒木が、段ボールを抱えながら現れる。検品も大方終了して運び出す段階なのだろう。
「了解! 西松、行きまーす!」
スキップでもしそうな勢いで、奴は颯爽と消えて行った。それに続こうとした荒木の両肩を、俺はグイっと後ろから掴む。
「あーらーきーくーん」
「ひっ……?」
振り返らずとも、荒木には伝わったらしい。背後で俺がどんな顔をしているのか。掌越しに、肩の震えが伝わってくる。
「後でちゃんと、お話ししような」
8年前なら体育館の裏で、と続けるところだ。お前は本当に運の良い後輩だ。先輩として誇らしいぞ……。
《ほらー?》《タイマン?》《どきどき》
モガミさん達が日和っている気配はしたが、それには黙っていることにした。
***
「今日は2人ともありがとうね!」
作業が終わり、店も閉店時刻を迎え。満面の笑みで、菜恵さんはバイト代の入った封筒を2人に渡そうとしている。
「いえっ! そんなのいいですよ」
「タダ働きは申し訳ないから。ねっ?」
荒木も西松も首を横に振っていたが、菜恵さんのお願いコールに観念したのか、遠慮気味に受け取る。承るがいい、菜恵さんの恩恵を。
「あっそうだナエセン。これをどうぞ」
「ん……?」
封筒を握りしめたままゴソゴソと動く西松を、菜恵さんは首を傾げて見守る。が、すぐに察して、顔を綻ばせた。
「あ……そっか。おかえり~♪」
《久シブリナノ~♪》
菜恵さんは受け取り、そのラッピングをはがす。表れたのは、西松が借りていた、ハンカチ。マダム=モガミが、ツクモリ屋に降臨した。
《オヒサ!》《マドンナ!》
店中のモガミさんが拍手喝采の体ではしゃいだ。
マダム=モガミは優雅に辺りに伸びながら微笑む。
「こんなに騒々しいの、初めてだ」
荒木がぼそりと呟く。
時期的に考えると、マダムに対して初見のモガミさんも沢山いるはずだ。古株の記憶に共鳴しているのか、西松以上にノリがいいのか。相変わらずモガミさんの生態は、謎が多い。
「ふふ、後で知り合いにも会わせてあげるね」
菜恵さんが微笑み、ハンカチマダムを慈しむ。後輩たちはのんびりと眺めるのみだが、考えようによれば、これほど上品な絵はないかもしれない。
菜恵さんが写っているわけだし。
「よし、今日はハンカチも返せたし、パイセン達にも会えたし、超リア充! ノッて参りました~♪」
妙な節をつけて西松が歌い出した。
《キャー♪ ごきげんナノー!》
「いいじゃん、ご機嫌! あの世でもハッピー!」
《アノ世って何ナノー?》
「……なあ、荒木」
西松は、もはや人間をそっちのけでモガミさんと交流を深めている。これまでなかった光景を眺めながら、俺は口を開く。
「……なんですか」
荒木もまた、西松から目を逸らせずに返答を寄越した。
「あいつって……ユーチューバー目指すんだよな?」
「はい」
「で、幽霊とモガミさんをごっちゃにして、心霊スポット実況を企てていたんだよな?」
「はい」
「あのテンションで?」
「おそらく」
「……視聴回数、伸びないんじゃないのか?」
「……おそらく?」
荒木を見ると、なんともいえない表情で、こちらを見ていた。きっと俺も同じ顔をしている。
ユーチューバーのくだりを知らない菜恵さんは不思議そうな顔をしていたが、特に知らなくていいと思い、そっとしておく。どんな疲労も吹き飛ばしてくれる眼差しを見つめながら、俺は思った。
ああ。今日も、ツクモリ屋は忙しかった。