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ツクモリ屋は今日も忙しい(16-前編)
【side:とある人の自宅のモガミさんズ】
《オ元気デナノ~》
《アリガトウナノー!》
今日もツクモリ屋で、客と縁が結ばれたモガミさんがいた。トートバックの中、揺られながら出発したのは1本のハサミだ。チタン製で、黒い柄にしっかりしたフォルムをしている。
《オヤオヤ》《新入リナノ?》
鞄の中には他にも、書類らしきものが入ったクリアファイルや筆箱、眼鏡ケースなどがいる。自分が文房具だから、きっとよく顔を合わせる仲間に違いない。仲良くしたいとハサミは思った。
《フツツカ物デスガ、ヨロシクナノ!》
ぺこりと一礼(狭い場所のため、気持ちだけ)。
(16)「拝啓モガミさん?」ナノ! -前編-
《……アレ? モシカシテ、はさみナノ?》
眼鏡ケース、の隙間からにゅっと出てきた眼鏡のモガミさんが、目をぱちぱちさせながらハサミと顔を合わせる。眠いのか、ピントがぼやけているのか……いや前者か。何しろ、眼鏡なのだから。
《ソウナノ。ヨロシクナ──》
《おじいちゃんト、ソックリナノネー》
ハサミが言い終える前に、眼鏡はのほほんと笑った。完全に言葉被ってしまった。新参者のモガミさんは焦る。
《そっくり、ナノ?》
《ウン。くりそつナノー》
《くりそつ??》
ゼット世代に平成の俗語は通用しない。
《眼鏡ッチ、静カニ~!》
《だめヨ、新入リヲ困ラセチャ!》
様子を見ていた他のモガミさんが、慌てた様子で止めに入る。眼鏡のモガミさんはきょとんとしつつ受け入れた。
《オヤ、だめナノ? 失礼》
《アノ……》
ハサミは、よく考えながら、口を開いた。
《くりそつッテ……》
眼鏡を制止させていたモガミさんは、どきどきした様子で見守る。
《栗きんとんノ、仲間ナノ?》
《……栗きんとん……?》
ハサミの脳内(?)には、以下の光景が再生されている。
***
『──もう、さっさと終わらせてくれよ!』
最近のツクモリ屋でのこと。プリプリしながら、クロ(※ツクモリ屋の店長)がぼやいていた。
『サーセン! この西森、速やかに~♪』
言われた西松(たまたまいた助っ人)が、機嫌良さそうに応える。それまでハサミを含むモガミさん達とお喋りをしていた彼は、明らかに仕事の速度を上げる。クロが溜息を吐いた。
『いつも、それくらい動いてくれりゃいいのに』
『いつも動いてますよ。手か、口かの違いがあれど』
『手だけの基準で考えろっ!』
ハサミは、やり取りをしている2人を、楽しい気分で観察していた。
(愉快ダカラ、ズット眺メテイタイノ♪)
そんな折、こんなやり取りがあったのだ。
『パイセンー、糖分が足りてないっすよ?』
『お前のせいだろー?』
『あ、ばーちゃんの甘味、今度差し入れしましょうか? あんこもちとか、栗きんとんとか』
『……それはお前が食べろ』
***
(ソノ時モ、ジーチャンって聞コエタノ)
ハサミは頷きながら考える。正確には「じーちゃん」ではなく「ばーちゃん」だが、記憶の綾というやつだろう。
《ソウ……ソウネ。栗きんとんヨ》
モガミさん達も、急いで同調した。栗きんとんが食べ物なのか理解しているかは、客観的にはわからない。いや、わかっていないだろう。
《栗きんとん、スルノ!》
ハサミは意気揚々と言い放った。ハサミの脳内には、クロと西松が元気になるであろう「栗きんとん」のイメージしかない。まだ封も開けられていないパッケージの中の若気の至り……だろうか?
眼鏡は、そんなハサミの姿を、のほほんと眺めていた。何かを考えているのか、いないのか。ハサミにも、他のどのモガミさんにもわからない。
彼らの思いをよそに、人間──つまり彼らの持ち主は、自宅に辿り着いた。モガミさん達(※……の入ったトートバッグ)をどこかに置き、離れていく。ハサミは思った。
(俺ハ栗きんとんニナルノ……!)
意識体を外に滑らせ、偵察を行う。バッグの外は、玄関ではなかった。しかし、台所というわけでもない。繋がった、ダブルのゾーンのようだった。
その場所に主はいない。ハサミは辺りを探った。周りのモガミさんは、ざわざわと喋っていた。
《トウトウおじいちゃんガ……》
《寂シクナルネ……》《マダヤレルノニ……》
(おじいちゃん)
ハサミは眼鏡の発言を回想した。先程はスルーしてしまったが、おじいちゃんの偉大さの可能性に思い当たる。
《あんなコトニナルナンテ……》
《おじいちゃん》《らびゅー》
《……》
ハサミなりに考える。これはもしや、おじいちゃんは、自分と同じハサミだったのではないか。じゃなきゃ、こんなに今、いっぱい言われないのではないか。
おじいちゃんは、どうなってしまったのか。
そんな折、持主が戻ってくる。どうやら手洗い消毒をしていたようだ。精神体のモガミさんは、あらためて持主の顔を眺めた。しわしわの顔、白髪の多い髪、骨ばった体。おじいちゃんだった。
《……モシカシテ、はさみダッタノ?》
迫りくる角ばった指を見つめ、ハサミは悩む。
「さてと」
持主はバックを握りしめて進んだ。先に何があるのか、ハサミにはわからない。自分が何に使われるのかさえも。
《栗きんとーん》
まるで希望のように和菓子を呟く声が響くのだった。