とうもろこしの芯が描く放物線【カルカッタ#3】
インド旅も数ヶ月目になり、美味しいものを見つける勘がはたらくようになってきていた。そんなある日、カルカッタの道端でトウモロコシ売りに遭遇。アルミのタライのような容器の中で炭火を起こし、その上に並べたとうもろこしから甘い香りが漂っている。
スパイシーな味に食傷気味になっていたので、吸い寄せられるようにおじさんに1本注文。すると黙って首をくねくねさせ(これはOKの意味だと学習済み)レモンの切り口に塩とマサラをつけて、とうもろこしの表面にまんべんなく塗りつけていく。完成した焼きトウモロコシを私も首クをネクネして受け取る。これが本当に美味しい。かみごたえのある品種で、噛めば噛むほど味わいがあり、不思議なマサラ味が甘味を引き立てていた。
トウモロコシをかじりながらゲストハウスに戻ると、屋上階にあるテーブルで数人がたむろしてくつろいでいた。なんとなく話の輪に加わりつつ、トウモロコシをかじり続ける。
そこに新しい旅人が現れた。彼の頭は金髪のドレッドをまとめたターバンで大きく膨らんでいた。ステンレスの缶から何かをスプーンですくって食べながら、「シャーク」と連呼し、どうやら今食べているものを熱心に説明してるようだが私にはよくわからない。彼がその缶を突き出しみんなに、食べてみる?と勧めてきた。
え?なんだろ。それに彼の口に入ったスプーンだし‥‥
と躊躇してると、隣にいた女の子が、「食べない方がいいよ、太陽から来たサメの肉とか言ってる。変な人」と耳元で囁いた。
それを聞いて私は作り笑いをしながら「とうもろこし食べてるから、お腹いっぱい」と逃げ、他の人たちも目を泳がせて適当に断り、彼はそのサメの肉を一人で食べ切り爽やかな笑顔で去っていった。
さて、ようやく私もトウモロコシを食べ終わった。インドではバナナを食べた後に野良牛に皮をあげると喜ぶのがおもしろく、食べ物ゴミが出るとその辺に投げる癖がつき始めていた私、
「あー、美味しかった!」とうもろこしの芯を屋上からポイと投げ捨てた。
すると、下から叫び声が聞こえた。屋上のフェンス越しに道を見おろすと、リクシャワーラーがトウモロコシの芯を振り上げてこちらを見上げ怒っている。
どうやら彼に当たったらしい。
ごめんごめん!慌てて3階からかけ降りていって平謝り。早口のベンガル語だけど、身振り手振りで言ってることはよくわかった。「俺ここで昼寝してたんだぞ!そしたらなんだよ!こんなもんが降ってきて痛いじゃないか!頭にあったったんだぞ!」
私も「ここの屋上でとうもろこし食べてさ、ついポーンと投げちゃったんだよ、本当にごめんね、そりゃ痛かったよねー、あの高さからだもんね、ごめんごめん」と身振り手振りで精一杯謝る。
すると「ま、わかってくれればいいよ」
とすぐに機嫌を直してくれ、笑いあった。この一件以来、彼のリクシャーを贔屓にするようになった。どこかにいくためではなく、ただ街の風景を眺めるために乗る。自転車のリクシャーは他所でも見かけたけど、人力のリクシャはカルカッタだけだった。
とうもろこしの芯を当てた彼が、私を乗せて裸足で走ってくれる。高い座席から見下ろす夕暮れの街の喧騒は、とてつもなく優雅だ。そんなリクシャワーラーの彼の写真。