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特異な距離感【小説】

 微妙な距離感がちょうどいいこともある。

 今までが近すぎたのだ。

 家が隣。席が隣。肩を並べて屋上のベンチで昼食を食べる。そんな密な毎日を続けていればいずれ飽きが来るというもの。秋穂と別れるのは仕方のないことだったのだ。

 それでも家は隣なのは変わらないし、くじ引きで決めた席替えも度々隣同士になるし、昼休みになれば二人屋上に向かう習慣は抜けなかったし、今思えば別れてからの方が秋穂と一緒にいた感覚がある。

 そんな感覚があるのもちょっと考えれば理由は思いつく。付き合っている間は秋穂が隣にいるのが当たり前だったのが、別れてからは隣にいることを変に意識しだしてしまったからだろう。

 そんな近すぎた距離感も高校を卒業すれば終わると思っていたものの、大学生になってからもなんやかんや続き、社会人になってようやくはなれることができた。

 目指すところが一緒だったから大学も一緒になったし、なんとなく社会に出たあとも似たような人生を生きるんだろうと思っていたけど、流石に数多ある企業の選択は被らなかった。

 やがて秋穂は一人暮らしで地方にいくことになった。こうしてやっと秋穂と物理的にも離れることができた。

 毎朝玄関先で秋穂のお母さんと出会う。挨拶がてら軽く聞いた話では秋穂は元気でやっているみたいだ。わざわざ自分で秋穂に連絡を取ることがない俺としては秋穂のお母さんが唯一の情報源になる。

 今までが近すぎた。又聞きするくらいの距離感がちょうどいい。


「秋人って彼女いたことあるの?」

 同僚に飲み会の席で聞かれた。

 俺はないと答えた。彼はつまんなって一蹴したあとすぐに別の話題に切り替えてきた。

 寂しかった。

 ないと答えたのだから深掘りされないのは仕方ない。そんなことよりも平然と秋穂との関係をなかったかのように答えてしまった俺に対して寂しく感じてしまった。

 俺はこのとき秋穂の話をしたくなかったわけでも、まだそこまで友情を育めていない同僚に自身の恋愛観を話したくなかったわけでもない。

 秋穂がそばにいるのが当たり前だった。それが就職を機に変化した。その変化に慣れてしまった。そんな自分が信じられなかった。

 一時は特別な関係で。別れてもなお特別な関係だった。それが遠くにいっただけで俺の人生から霞となって消えていっているみたい。

 居酒屋からの帰り道、酔った頭でそんなことを考えていると、秋穂からメッセージが届いた。

『四月からまたそっちに戻ることになりそう。まだ秘密なんだけど』

 今までと同じように接することはできるだろうか。




あとがき

 こんにちは、奴衣くるみです。
 いつもは長ったるいあとがきですが、今回は手短に。物語も短いので。


 秋穂が戻ってきてからの秋人はどういう道を歩むのでしょうか。

 ひとつは、少し離れただけで簡単に秋穂の存在が自身の中で靄がかってしまって、以前と同じようにはいかない。

 もうひとつは、少し離れただけで秋穂がそばにいないことに慣れてしまった秋人なら、秋穂が戻ってきてもすぐに慣れて元に戻れる。

 後者の方がハッピーエンドですかね。そちらを望みます。


 この作品は恋愛小説集『Ebb and Flow』に収録する作品です。他の作品も是非。


 久しぶりの投稿なのに簡素でごめんなさい。

 それではまた。

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