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幸せの切符【小説】

 夏が来ると暑さに嫌気がさして早く冬になってくれと願ってしまうけど、冬になればそれはそれで寒さに嫌気がさして早く夏になってくれと願ってしまうよな。そして毎度毎度季節が変わるたびにそう願っていたら本当に季節が早く巡っているような感覚がして、つまりは一年が早く通り過ぎてしまうなんてことはざらにあって困ってしまう。

 結局何を願って過ごせばいいのかといえば、こんな平和でなんの代わり映えのない毎日がずっと続いてくれればいいのにってこと。

 夏休みに入って一週間、家の中でぐてーってして時間を浪費する日々に快感を覚え始めていた。このままダメ人間になってしまいたいと思ったのも束の間、青天の霹靂の着信が鳴る。面倒臭がって出ないでいるとやがて着信は切れるわけだが間髪入れずまた着信が鳴り響くもののそれでも渋って出ないでいると数分後に家のチャイムが鬼連打された。

 絶対あいつじゃん。深くため息をつきドアアイから尋ね人を覗けば案の定我らが美術部部長の萌音だった。

 頭に角を生やして怒鳴り散らかしている様子に辟易しつつも近所迷惑になるのでさっさと家の中に招き入れる。

「電話はワンコールで出なさいよ!」

 ドス。鈍い音は俺の腹にめり込んだこいつの拳から響いたものだ。

 萌音を一言で表せば厚顔無恥に限る。何でも俺に命令する癖に感謝の一言もない。それで命令に背けばケツを蹴ってくるわ空き缶を投げてくるわ散々な目に合う。すぐに物を投げる癖があるから料理中に怒らせれば腹から包丁が生えてきそうで恐ろしい。

 どんな仕事も俺に押し付けるからどっちが部長なのかもうわからん。そんなやつなのに先輩はどうして部長に指名したのか理解に苦しむ。

 至る場面で俺を扱き使うからもう慣れてしまった。時の流れを今から感じていたら先が思いやられるがあいつとはもう二年の仲なのだ。適応しなければやってられん。

 こいつの暴力にもなれたもので鈍い音がした腹パンも傍から見るよりは痛くない。

「うっせーな。何の用だよ」

「どうせあんた暇でしょ? 付き合って」

「どこに」

「なんだっていいでしょ。出かける準備をして1分後に玄関に集合! わかった?」

「はいはい」

 出かけるよりも萌音を怒らせるほうが遥かに面倒くさいということをこの二年間で痛いほど学んでいるので二つ返事で了承して素早く準備をする。体が自然とそういうふうに動いてしまうのは適応というよりかは調教に近い。実際鞭で叩かれるように暴力を振るわれている。

 こいつにものを頼むときの礼儀ってものを教えようとしたこともあったが、我を貫くことに右に出る者はいないこいつには馬の耳に念仏でしかなくとても治りはしなかった。このまま矯正しないで社会に解き放ったら萌音も苦労するだろうから俺はそれをとても楽しみにしている。

「1分って言ったでしょ!」

「そんなん現実的に考えて無理に決まってるだろ」

 なんも文句言わずに出かける支度をしてきたことをまずは褒められるべき場面だがそんなことが萌音に通じるわけもなく、萌音は強引に腕を引いて目的地へ向かいだす。

 そもそも何のために連れ出されたのかも不明なままで大人しく萌音について行っているわけだが、その道中にも何の説明もないまま気が付けば電車の液晶掲示板には渋谷の文字が映っている。人混みに流れ流される間も特に説明はなく俺の腕を掴んで離さない萌音は家から不機嫌は続いていて黄色がテーマ色の大型雑貨屋に着くまで一言も喋らなかった。

「目覚まし時計」

 お店に入って口を開けば一単語。本当に失礼な奴だ。まぁ目的は分かった。目覚まし時計を買いに来たのか。

「どういうのが欲しいんだ?」

「……丈夫なやつ」

 要らない想像力を膨らませるに、轟音を響かせて朝の安らかな眠りを妨げる目覚まし時計にムカついて投げて壊したんだろうな。とんだゴリラ女だ。

 無用な詮索は萌音を怒らせるだけなので詳しい事情は空想に留めておいて、従順に時計売り場を物色する。

「こういうのはどうだ?」

 デジタル表示の横長のアラーム時計を薦めてみると右手で何度も握り直して違うって言いやがった。その持ち方はやはり投げる気ですね?

 今度はアナログで丸い形、女の子にとって握りやすそうな厚みのやつを薦めてみる。

「話聞いてた? 全然丈夫そうじゃないんだけど」

 投げても壊れないってことを失念してた俺も悪いがそんなにむかつかなくてもいいのに。

 しかし丈夫で握りやすいものを渡してみても違うっていうし何を望んでるんだかわかりゃしない。女の子が使うにふさわしい可愛いやつをご所望だったりするのだろうか。ゴリラが?

 ってか自分で選べよもう。何で自然と俺が薦めて却下される流れが作り上げられているんだ。

 なんてことを言えるわけもなく、握りやすいやつだと投げちゃうから握りづらくて丈夫な目覚まし時計がいいんだろうなと察しがつくまでが一時間。そこから萌音が気に入るものを見つけるまで一時間かかりようやくこいつとの地獄のお買い物タイムは幕を閉じた、かに思われた。

 レジに並んでいる最中。

「じゃ買っといて。ラッピングも忘れずにね」

「おい、お金は?」

「なに、持ってきてないの?」

「いやあるにはあるが、自分で払わねーのかよ」

「は? 今日くらいあんた払ってくれてもいいでしょ」

「なんでだよ」

「……ホント信じらんない!」

 終始不機嫌な萌音だったが俺が素直に支払わなかったことに特にご立腹で、怒鳴ったあとわき目もふらずに店の出口に駆けていった。

 俺はなぜそこまで萌音が怒るのか理解できずに数瞬固まってしまったが追いかけないわけにもいかず、慌てて持っていた目覚まし時計を元の場所に戻して店を出た。

「俺はいつからあいつの財布になったんだ? 買ってくれって言われて素直に払うわけないだろ……」

 店を出て辺りを見渡してもあいつは見当たらなかった。渋谷の人ごみに紛れてしまえば見つけ出すことはなかなかに困難だった。

 応えてくれるとは到底思えなかったがとりあえず連絡を試みようとスマホを取り出した。

俺は画面に映るカレンダーを見て背筋が凍った。


今日の予定:萌音の誕生日


 なんで俺は今日があいつの誕生日であることを失念していたんだ。

 いやそれよりもあいつは今日誕生日プレゼントを買ってもらおうと俺を連れ出したわけだ。俺が誕生日を覚えていなかったことに相当ショックを受けている。どう謝ったら許してくれるだろうか。いや萌音のことだ。一生許してくれないだろうな。どうしようか。

 とにかく萌音を捕まえなきゃ始まらない。俺は萌音が行きそうな地点を探し始める。

 腹を立てた萌音は一直線に家に帰るとは思えない。前にあいつを怒らせたときはコンビニのスイーツを買い漁ってやけ食いしていた。渋谷にいる今日ならスイーツバイキングにでも行ってやけ食いしているに違いない。そういえば渋谷に行きたいケーキ屋があるって言ってたな。そこに行ってみよう。

 なんでこういうことは覚えているのに誕生日を忘れるんだか。

 結果から言えばいた。ガラス越しに見るあいつはそれはもう皿山盛りにケーキを積んで貪り食ってた。あれは体重計に乗ってまた怒り出すんだろうななんて頭の隅で無駄なことを考えつつ、実際問題どう謝るべきか思考がぐるぐる巡る。

 普段あいつの要望を嫌々きいていてむかつかれたことは再三あったが俺は一度も謝ったことはなく寧ろ感謝されるべき方だという立場で接してきたからあいつに対して下手に出るようなことはあり得なかった。だからこそ完全に悪者になった今、今までの態度と真反対の態度で接するというのも気恥ずかしくて難しい。

 なんてことをぐるぐる考えているうちに萌音が店の外から様子を窺う俺に気づいた。目が合ったうえでそのまま店の外で待っているのも変な話なので観念して俺は店の中に入って萌音と向かい合わせで座った。

 お互い無言のまま萌音はケーキを次々と口の中に放り入れ俺は縮こまって俯いていた。

「よくここがわかったわね」

 睨みながら萌音が沈黙を破った。

「あぁ前に来たいって言ってたから」

「それは覚えてるんだ。あたしがなんで怒っているかわかってる?」

「……はい。今更だけど誕生日おめでとう」

「なんで忘れてたわけ?」

「なんでと言われても……。弁明のしようがないです」

「家に行ったときに言われなかったからもしかしてって思ってたけど、そのときはタイミング逃しちゃったのかなって思ってた。でもホントに忘れてるなんて」

「ごめんなさい」

 言い訳もできない俺を見て尚更腹を立てたのか大盛りケーキをおかわりしてきた。

 その後ただ黙ってケーキを爆食する萌音を眺めることしかできず、制限時間いっぱいまで無言のままだった。

「帰る。今度こそ払ってくれるわよね」

「もちろんです……」

 贖罪というわけではないが一口も食べていないケーキバイキング二人分の料金を支払って帰路に就く。

 電車に揺られている間も無言は続く。こんな気まずい空気を俺は味わったことがない。

 このまま萌音と別れてしまったらどうなるのかを考えるのは容易で、このまま残りの夏休み一か月会わないまま、許してくれないまま過ぎれば二学期になってもずっと話すことはなく三学期も通り過ぎて卒業だ。

 いざ萌音の降りる駅に着いたときに俺は意を決して萌音の腕を掴んだ。

「挽回のチャンスをくれないか」

「何今さら」


 半ば強引に俺の家まで連れてきて挽回のチャンスを窺う。一応武器はある。

 背中に隠し切れないとっておきを自室から持ってくる。

「見せたいものがあるんだ」

「何よそれ」

 背後にあるそれが気になるようで覗き込もうとしてくるのを身を躱して避けながら俺はイーゼルを立てる。そこに自信満々にそれを立てかけた。

「これって……あたし?」

 萌音の肖像画だ。普段の怒っている萌音ではなく柔らかく微笑んでいる萌音。あまり見せないからこその魅力的な表情を切り取った絵を描いていたのだ。描いた本人も照れてじっと見れないくらいに上手く描けている。

「どうだ? なかなかの自信作なんだが」

「……キモい。あたしに隠れてこんなの描いてたなんて」

 逆効果だったか。確かに自分の絵を知らないところで描かれていたら嫌か。今秋のコンクールに出す予定だったんだが。

「……でもありがと」

 小さい声だったけど確かにそう聞こえた。

「あんたこんなんで許してもらえると思ってたの?」

「え、いやー」

「一生根に持つから。毎年誕生日には絵をプレゼントなさい」

 そのときの萌音は絵と同じ優しい顔だった。


 十枚目の絵画は娘と三人で公園でランチを食べている様子。春の暖かい日差しに包まれて萌音が作ったお弁当を家族で食べる幸せな風景を描いた。

 人生とはよくわからないもので以前は萌音の相手をするのは面倒に感じていた俺も今となっては心地よくすらある。最近は不機嫌になることが少なくてちょっぴり寂しいくらいだ。

 部屋に飾られた十枚の絵画は俺と萌音の十年間の歩みを明瞭に想起させてくれる宝物となり、それと同時にこれからの幸せな未来を約束する切符にもなっている。

 これからも萌音の隣で絵を描き続けていたい。



あとがき

 こんにちは、奴衣くるみです。

 今回のあとがきは長くなる気がする。


 10月19日に上げようと思っていたものがようやく形になりました。

 題材は「誕生日」。

 この日は中学の部活仲間の女子の誕生日であり、その前日の18日にはちょっとした思い出があります。

 端的に言えば親友の失恋の日。一足先の誕生日プレゼントを渡すついでに告白してフラれた日です。その様子を私は隠れて見守っていました。

 そのときの親友は憔悴していてかけるべき言葉がわかりませんでした。自分が失恋したときに慰めてくれたにも拘らず。

 そうした苦い思い出も今となっては笑える話になっていますが、この時期になると思い出してしまうのです。

「今日はあの日か。……よし、小説書くか。」

 別にこの出来事を小説化しようとしたわけではなく(なんならその親友が小説化している笑)、なんか心が動いて書きたい気分になったから手を動かし始めたって感じです。


 いざ書いてみて行き詰った箇所が2か所。ケーキ食べながらの喧嘩?説教?のシーンとラストの未来のところです。

 女の子を怒らせる経験がなく、っていうかそもそも話す機会が(ry
 というわけで結局無言になっちゃいましたねー。

 ラストの数行でどうまとめるかも決まりませんでした。一週間悩んで半ば強引にこれでいっかってなってます。


 そして今作は短編の恋愛小説ということで、砂が落ちきると世界が創り変えられる「砂時計」の世界で、繰り返される男女の恋愛を描く連作短編小説集「Ebb and Flow」に収録します。

 今作で6個目ですね。約2年でまだ6個っていうのが私の怠惰をよく示しています笑

 そして他収録作品のネタバレになってしまいますが、めちゃくちゃひっさしぶりのハッピーエンドです。

 なんなら純粋なハッピーエンドは初めてというレベル。

 もともとこのシリーズの8割はバッドエンドになるつもりでしたので割合的には今のところ妥当ですが、もう少しハッピーな話が多い方がいいですよね。

 自分の精神状態に相談します。


 最後に。

 久しぶりに19日が誕生日の同級生に連絡を取りました。誕生日おめでとうから始まって何通か。

 私の方は人に話せるような近況がなかったんですけど、彼女は公務員になっていました。流石です……。

 高校生の頃に話していた将来像を実現していて本当に尊敬します。

 いつか飲みに誘いたいものです。サシはきついので親友も連れていきたい。


 それではまた。

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