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死を希う心(しをねがうこころ)-1998年「ドクターキリコ青酸宅配事件」 #1-

あのとき富士の樹海近くでお会いした「ミチコ」さん、今も元気ですか?

著名人の自殺、そして医師による「嘱託殺人」といったニュースが重く社会にのしかかっています。いずれも「衝撃的な出来事」として報じられ「生きること・命の大切さ」が論じられはするものの、当事者の「死を希う心(しをねがうこころ)」に踏み込んで語られることは、少なくとも公の報道ではありません。生きることと死ぬことは裏表なのか。生の到達点が死なら、自分で自分の生をコントロールするのと同じように死をコントロールする権利は人に与えられていないのか、といったタブー化した問いかけはいつも置き去りにされます。

1998年のクリスマスの頃に明らかになった「ドクターキリコ青酸宅配事件」をご記憶の方はどれくらいいるでしょう。当時、この事件の当事者に接する機会がありました。事件の記憶はもとより彼らの「死を希う心」がどのようなものだったのかという疑問は、今なお鈍い痛み?痺れ?のように心の隅に残っています。

事件発生当時の捜査情報に沿ったストレートニュースでなく、数か月かかって当事者の幾人かに会って確かめたこと、確かめられなかったことを何回かに分けて書こうと思い立ちました。警察の捜査で浮かび上がった「事件の構図」として報じられたものとは全く異なるストーリーを目撃した者として、出来るだけ当時の感慨に忠実に。

事件の概略は今でもインターネットで簡単に知ることが出来ます。自ら命を絶ちたいと願う人々がインターネットの掲示板上でその願いを語り合っていたこと、その掲示板の名前が「ドクターキリコの診察室」だったこと、そこで薬物の専門家として人々の相談に乗っていたのが北海道在住の「クサカベ」またの名を「ドクターキリコ」という男性だったこと、その「クサカベ」(以下敬称略)が知り合いの(ネットでなく知人の紹介だったようです)東京在住の女性に青酸カリ入りのカプセルを宅配便で送り、女性は3万円を「クサカベ」に振り込んでいたこと、女性はその青酸カリを飲み死亡、警察からの連絡などで女性が青酸かりを飲んだ事実を知った「クサカベ」もまた自宅で青酸カリを飲んで自殺したこと、警察は「クサカベ」を自殺ほう助の疑いで被疑者死亡のまま書類送検し、捜査が「終結」したこと。

インターネットが広く社会に広がる一方でその「闇」(この言葉が好んで使われました)がクローズアップされていた時期で、報道には以下の論調が目立ちました。

「インターネットで知り合った顔も知らない自殺志願者に、毒物を宅配便で送りつけ死にいざなう、まさにインターネットの闇を象徴する事件」

著名な評論家は報道番組でこう言いました。「今ためしにネットで”自殺”をキーワードに検索してみると何万というサイトが出てくる。それほどネットの病理は深いんですね」…”自殺”だけで検索すれば、武士の切腹から過去の著名人の自殺やサッカーの自殺点までそれは何万とヒットするのですが、そうした事情を知ってか知らずか、得体の知れない「ネットの闇」を表現したかったのか、そうした雑な論調がまかり通る時代でした。

そんな中、一人の女性がネットで声を上げました。「報道されている事件の構図はでたらめ。クサカベさんも被害者。自分は大手新聞の取材も受けたが、ウソの証言をしてみたら新聞はそのウソをそのまま書いていた」

掲示板を開設し「クサカベ」に「ドクターキリコ」と名付けた張本人は私だとその女性「ミチコ」が名乗り出たのです。

自分も死を希う心を持つという「ミチコ」にメールを送りました。やりとりを繰り返しながらも実際に会って話を聞くということにまで踏み込みませんでしたが、意外な、本当に思いもかけない形で彼女と出くわすことになりました。

その日の午後、富士の樹海近くのバス停に、「ミチコ」は一人座っていました。

(#2に続く)

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