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タイガーパークで翻弄された

パタヤからバンコクに帰る前に、タイの超有名観光地タイガーパークに寄ろうぜと友人から誘われた。そこでは檻の中に入り、虎と一緒に写真が撮れるのだという。

気が進まぬ。
友人は猫を飼ったことがないのでネコ科動物の力を知らないのだ。あの俊敏さ、あの攻撃力。猫じゃらしなどで彼らを煽れるのは、イエネコがあんなに小さな体だからだ。あれ以上の大きさであってみよ、猫じゃらしを振るたびに腕の一本や二本失う覚悟が必要である。
しかも猫は突然気が変わる。機嫌よく遊んでいる、或いはリラックスしていると思った次の瞬間、カッ!と目を見開き突然噛みつかれるのは、猫を飼う人間は日常茶飯事で経験していることだ。イエネコがもっと大きな動物ならば、飼い主は毎日遊ぶたびに首を失っているだろう。

そんなにも強く、気まぐれなネコ科の動物である虎の檻の中に入り、共に時間を過ごそうなどとは。どういう了見だ。そう問う私に友人は
「せっかくタイにいるんだから、タイでしかできない体験をするべきだよ」
と答えた。
納得しかけたが、友人はタイ在住である。この体験がしたければ私とでなくとも来れるだろう。が、住んでいると案外超有名観光地には足を運ばぬものであるし、観光客である私とでなければ二度と来ないと思うとのことであった。まあ確かに、そんなものかもしれない。ここはネコ科動物への畏れよりも友情を優先することにした。

タイガーパークに入園すると、虎と触れ合いたいと世界中から集まった酔狂野郎達でごった返していた。触れ合える虎は子虎から大虎まで様々。

・Smallest(赤ちゃん)899バーツ
・Small(小さい) 599バーツ
・Medium(普通) 699バーツ
・Big (でかい) 899バーツ

待合室にはそれぞれの虎と触れ合うまでの待ち時間が表示されている。【赤ちゃん】と【でかい】は120分、【普通】40分【小さい】15分。
ここで友人と相談した。

私が唯一触ってみたいのは赤ちゃん虎である。が、この大混雑を見ると赤ちゃん達は既にクタクタであろう。可哀想だし、120分も待てない。同じ待ち時間の【でかい】は論外だ。
友人は虎に触れるのなら大きさにこだわりはないと言う。ならばここは15分の待ち時間で済む【小さい】だなと合意に至った。受付の参考写真で見ると【小さい】は大型犬…だいたいシベリアンハスキーくらいの大きさであった。イエネコよりはよほど大きいが、これならば突然カッ!と気が変わってこちらに襲いかかったとしても、命を落とす危険性は【でかい】よりは低そうだ。

Smallと受付で伝えると別の場所にある発券所を案内された。
そこで料金を払い、渡された番号札とチケットを確認したらMediumと書いてある。お釣りもMediumを払った場合の額だ。あれ。待て。待て待て待て待て待ってくれ。
チケットが間違っていると伝えるも、受付スタッフも発券所スタッフも
「どっちでも変わらんだろう」という表情であった。

変わるわ。料金も待ち時間も虎の大きさも変わるわ。

混雑している場所でそれ以上意見を強く通すことも憚られ、仕方なく待合室に移動し待つ。20分ほど待つと、私達の番号が呼ばれた。待機列から更に奥の網の扉を開けて進む。虎エリアは通路が檻で仕切られ、それぞれの大きさの虎の檻の前の通路で待機するようになっている。Mediumと札が掲げられた檻の前に到着し、中を覗いて見た。先行グループに囲まれ、彼らと共に写真に撮られている虎。

あれが…ミディアム…?普通サイズ?隣の檻にいる【でかい】とそう変わらんが…?小さな牛くらいのボリュームなんだが。あの子のそばにノーガードで立つのか、私。嘘でしょ…
檻の中では、施設が普通と称するでっかい虎が横たわり、インド系と思しき団体旅行客がイエーイきゃっきゃとはしゃいでいる。
虎と過ごす時間は1グループ最大15分間ほどらしい。ここからの待ち時間が結構長いようで、通路に用意されたベンチに座ってぼんやりと注意書きを読んだ。

◆虎に正面から近づかない、後ろからそっと近づく。
◆虎の上半身に触らない。触るのは下半身のみ。
◆カメラのフラッシュをたかない。
◆大きな声をあげたり、必要以上に虎に呼びかけない。
◆虎を触った後はしっかり手を洗う。

まあこの辺は、虎に限らず動物に触る時の基本的なことばかりだ。最後の注意事項、手洗い以外は要は「動物を驚かせるな、ウザいと思われるようなことをするな」という意味である。勿論、虎のご機嫌を取る為ではない。不幸な事故を未然に防ぐ為のルールだ。

それから更に30分以上待ったのち、私達の順番が回って来た。虎への扉が開く前に、スタッフに「どこの国の人?」と訊ねられる。日本人だと答えると、彼が檻の中のスタッフにその旨を伝えていた。

ついに虎とご対面である。テニスコートくらいの広さの檻の中で、スタッフ2名・私と友人の2名・虎2頭。そこに入るまでびびり倒していたが、いざ本物の虎と対峙した時。
なんと美しい…ネコ科の生き物はとても美しいのだということを思い出し、緊張を忘れた。ゆったりと横たわった体は雄黄色。そこに走る黒い縞模様は、今まで出会ったどんな猫とも違う。頭から尾の先までのなめらかな線。これが虎か…素晴らしい。
深く感動し見とれていたが、隣に立つスタッフの大きな声で我に返った。

「ハーイ、オクサン、サワッテ!」
先に友人が触っているその虎は、彼女が背中に顔を寄せようが抱くような姿勢を取ろうが、全く意に介さずベッドに長々と寝そべっている。
「シッポモッテ!シッポ!」「ニクキューサワッテ!ニクキュー!」
どうやらここに来る日本人観光客は【肉球】を連発しているらしい。
気持ちはわかる。こんなに大きな肉球を間近に見るチャンスはそうそう巡ってこない。仕方なくじっと見つめた。なぁるほどねえ、肉球大きいねえ。前足も後ろ足も太いねえ、これで押さえ込まれたりしたら絶対に逃げられないねえ、命取りだね。よし、わかった。十分に堪能した。さあ帰ろうか。
虎から離れようとすると「ニクキューサワッテ!」と大声で奨められる。こんにゃろ、どうしても触るまでは許さないつもりだな。ああわかったよ、触ればいいんだろうと半ばヤケクソで肉球に触れると、足がビクッと動いた。こちらもビクッと固まる。
もっと触れと促され、背中の毛をそっと撫でるとサラサラとした手触りの下に温かさと息遣いを感じた。命を宿す芸術作品のようだ。やはり君は素晴らしいな…!と感激が戻る。

写真を撮る間、ずっとスタッフは大声でアドバイスを飛ばしっぱなしであった。注意書きの

◆大きな声をあげたり、必要以上に虎に呼びかけない。

を思い出し、これはいいのか…虎でなく私に呼びかけてるのでセーフなのか、いずれにせよ虎にとっては十分ウザいだろうとずっと考えていた。写真はもういいと伝え、ようやくシッポシッポニクキューニクキューから解放され、もう一度じっくり虎の姿を眺めて、彼らに背中を向けないよう注意深く檻から出た。
結果的には友人の言う通り、タイならではのよい経験だったと思う。

ところで、せっかくなので実際に虎と撮った写真をご覧いただきたい。
この大きさが【普通】である。

「奥さん、心配ありませんよ。虎は眠ってる」
英語と日本語で何度もそう言われ「シッポモッテ」「ニクキューサワッテ」のアドバイスに従ったわけだが、この画像をよくご覧いただきたい。

拡大してみよう。
おわかりいただけるだろうか。

起きてるな!?!?


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