風とRAINBOWのモチーフについての考察
『風とRAINBOW』 は2007年2月21日に発売された GARNET CROWの27枚目のシングル。
中村さんの力強いボーカルと、リズミカルでイントロの小気味好いアコギの音色がカッコいいラテン系ロックナンバー。
その『風とRAINBOW』はもしかするとフィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』がモチーフなのではないかという話。
『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』はフィリップ・K・ディックによるSF小説。
これをAZUKI七さんが読んだことがあるかどうかは不明であり、また
『風とRAINBOW』のモチーフについても私の知る限りでは特に本人から言及はされていない。
なので今回の内容は全て仮説で確証のない話であり、ただの個人の考察程度にとどめておいて下されば幸いです。
まず、『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の簡単なあらすじ紹介。
①戦争で地球が汚染されたので人類は少しずつ火星へ移住していく。
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②人間そっくりのアンドロイドが開発され奴隷として使われる。
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③何人かのアンドロイドは地球へ逃げる。
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④一方そのころ地球では本物の動物は絶滅危惧種として重宝されており、飼っていること自体がステータスとなっていた。
↓
⑤主人公のリックは「俺も本物の動物欲しい!でも高すぎて買えない!よっしゃアンドロイドぶっ殺して賞金もらお^^」
っていうのが大体の内容。
しかし高度な技術で開発されたアンドロイドは外見だけでは本物の人間と見分けがつかず、喋り方、仕草,感情の表し方、どれをとっても完璧に近いプログラミングをされており、人間とアンドロイドを判別することは困難を極める。
アンドロイドだと思って殺した相手が実は人間だったなんてことがあれば大問題である。
その中でただひとつ、アンドロイドに欠けているのは『感情移入能力』であるとリックは考える。
どんなに人間そっくりに出来ていても、アンドロイドには自分以外の対象への喜びや痛みに共感する『感情移入能力』が欠落している。
そこで人間社会に紛れて溶け込んでいるアンドロイド相手にリックは『感情移入能力』を判定するための質問テストを行い、それによって出た数値の結果で人間かアンドロイドかを判別し、生かすか殺すかのふるいにかけていく。
..........
といった具合にストーリーは進行してゆく。
先ほど述べたように『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』の世界では、人間とアンドロイドの違いは対象への『感情移入能力』があるかないか。
つまり人間を人間たらしめているのは『感情移入能力』である。(ということになっている)
そして、科学が発展したこのSF世界には二つの近未来的道具が登場する。
ひとつは『情緒(ムード)オルガン』という機械。
そのダイヤルを回せば喜怒哀楽どんな気分にでも自由自在になることが出来るというもの。
もうひとつは『共感(エンパシー)ボックス』という装置。
自分の価値観や感情が不安定になった時に使用すると、世界中にいる他人と繋がって感情を共有することが出来るというもの。
どちらの道具もこの世界の人間には馴染み深く、日常の中で一般的に使用されている。
(原理はさっぱりわからないけどSFだもの)
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さて、ここから少しずつ話を『風とRAINBOW』に絡めていく。
この楽曲での主人公(歌い手側)は人間。
相手側はアンドロイド。
人間を人間たらしめるもの、人間とアンドロイドの判断基準は『感情移入』が出来るかどうか。
しかし先ほど挙げた2つの装置を使って日常的に『作られた感情』で生活する人間と、『感情移入』が出来ないアンドロイドにはごく僅かな差しかないように感じてしまう。
感情移入が出来ないだけで極めて人間に近い情緒を持って暮らすアンドロイドと、作られた感情で暮らす人間、一体どちらが人間らしいと言えるのだろうか。
また『感情移入』が出来るのが人間だけだと定義を設けながらも、いくら相手が機械といえど人間は殺される側のアンドロイドには感情移入していなかったり、一方でアンドロイド同士では愛し合ったり助け合う行動をしていたり……。
人間が本当にアンドロイドと違って『正常』なのかどうかさえ怪しく思えてくる。
『感情移入』できれば人間、出来なければアンドロイド。
反対に人間として生まれてきたとしても『感情移入』が出来なければそれは人間とは呼べない、ということになってしまう。
これが『嘆くな人々もあまり変わらない』という描写に行き着いているような気がする。
そして『心(感情)を欲しがるのは人間もアンドロイドも皆同じ』ということなのだろうか。
アンドロイドだからメタルハートだものね。
この歌は最初から最後まで一貫して風とRAINBOW(虹)を追いかけて探している。
風と虹はどちらも実態のない触れられぬもの。
人間よりも人間らしいアンドロイドがいたり、アンドロイドのように冷酷な人間もいる。
アンドロイドというだけで虐殺を繰り返していく主人公に少しずつ疑問が生まれ始める。
本物の「正しさ」とは。「正義」とは。
「正常」とは。「異常」とは。
「人間」とは。「人間とそうでないものの境目」とは。
ーー「人間らしさ」とは。
そんな実態のないものを探し続ける小説のテーマそのものが、『風と虹』に喩えられているような気がした。
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おわりに
冒頭でも述べたように、今回のnoteはあくまで個人の仮説であり確証はないもの。
人間とアンドロイドを題材にした物語は『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』以外にもたくさんある。
もちろんAZUKIさんがモチーフを用いらずに作詞することもある。
どなたか『風とRAINBOW』の正しい元ネタや、AZUKIさんがこの楽曲への言及をしていたよってことを知っている方がいればこっそりと教えてください。
ちなみに『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』は『ブレードランナー』というタイトルで映画化もされている。
気になる方はそちらもチェックをぜひ。
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羊ということで、
automaton→オートマトン→マトン
……これを蛇足という。
おわり。𖦹._.𖦹