裸の王様をやめる。
ジャ〇ーズのことに触れてみようかと。
なんか、みんな知っていたと思うのです。
特にファンでもない超一般ピーポーの私ですらその噂はよく聞いていたし
言ってしまえば芸能界ってそういうところなんだろうなって
意識だったと思います。
業界の方々が知らないわけもなく
企業のイメージが…と言っている界隈の方々も
もちろん知っていたでしょう。
でも、知らないことにしておく・・・っていうことだったと思うのです。
王様は裸だよ!
っていうことにとても似てると思います。
そのことについてとやかく言うことはここではしないつもりですが
私たちの心の中でも
似たような催眠状態にかかっていることってあると思うのです。
世間を騒がせているニュースをゴシップ的に捉えたら
ノイズでしかないけれど
自分の中でも同じ革命が起きているとしたら?
当たり前のようにやりすごされてきた
置き去りの虐待されたままの自分。
私自身でいうと
幼いころなんでも自分で解決しなければならず
その違和感を問題とみなさないという決断をしたことで
なかなか答えがみつからないことがありました。
性の問題なんかはとくに。
もちろん、そうして自分で乗り越えてきたことで、
日常生活を送れていたというメリットもあった。
でも何かが違う、そして答えも本当はわかっている。
そんなモヤモヤをもっていることさえ幸せの象徴とすら思ってきた。
じゃあ逆にわかっているのに
なぜそのままだったのか。
そこに「時」が満ちるということが必要になってくるのだと思います。
この辺のからくりは私もよくわからない。
ただ、「今」こそは
違和感を全部脱ぎ捨てていい時代がやってきたのだということは言える。
だとしたら、
敢えて知っていたけどそのままにしていた違和感を
洗い出して、見直していく作業。
今やっておくと時代の流れが見えてくるのかなあと思います。