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【対談】 名古屋大学とiBodyの革新的抗体技術とその未来展望

今回は名古屋大学副総長武田一哉氏とiBody株式会社代表取締役・天草陽氏の対談をお届けします。

この度は、名古屋大学副総長の武田一哉氏とiBody株式会社代表取締役の天草陽氏との対談をお届けします。今回のゲストは、名古屋大学発のベンチャー企業であるiBody株式会社の天草陽氏です。名古屋大学で開発され彼らが社会実装しているEcobody技術®により、従来の技術では不可能だったヒトやウサギからの効率的なモノクローナル抗体取得が可能となりました。この技術を基に、iBody株式会社が取り組む事業の将来と直面する課題について、武田氏と共に探求してまいります。

名古屋大学副総長   武田一哉(たけだ かずや)
名古屋大学 大学院情報学研究科 知能システム学専攻 教授
未来社会創造機構 教授 

iBody株式会社代表取締役 天草陽(あまくさ よう) / MBA 
住友ファーマ株式会社にて医薬情報担当者、製品企画、ビジネスディベロップメント部門に従事した後、理化学研究所発ベンチャーの株式会社アンビシオンに参画し執行役員として事業戦略部門を担当
2020年3月よりiBody株式会社の代表取締役CEOに就任


武田:本日はどうぞよろしくお願いします。私は東海国立大学機構で機構長補佐を務めさせています。東海国立大学機構は、ベンチャーキャピタルを設立する準備を進めており、2024年10月頃に会社として設立することを目標にしています。 ベンチャーキャピタルでは、大学内で既に始動しているプロジェクトに資金を提供したり、大学側として対応可能なことを積極的に探して支援するなど、色々とご協力させていただきたいです。 そのためにも、まずはベンチャーの活動を組織的に評価していく形で進めたいです。そういう意味で、ベンチャー企業の事業内容や大学に期待すること、今後の抱負などについてお聞かせいただければと思っています。直接的な支援の機会があるかどうかは分かりませんが、間接的にご一緒させていただければと思っています。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
天草:ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。

Part 1 事業紹介

天草:さっそく、当社の事業展開について、ご紹介させていただきます。

iBody株式会社について

天草:iBody株式会社は、モノクローナル抗体の探索技術を基盤技術とした名古屋大学発のベンチャー企業です。当社は2018年2月に、名古屋大学(以下、名大)農学部の中野秀雄教授が開発した技術をもとに設立されました。 2023年5月まで、名大インキュベーション施設を本社としてお借りしており、名大農学部のラボを中野教授との共同研究という形で利用していました。しかし、2023年初めに体外診断用医薬品の開発企業である株式会社タウンズから資本業務提携として約3億円の出資を受け、事業環境も整いましたので、昨年5月に鶴舞駅と千種駅の間にある中小機構が運営する名古屋医工連携インキュベータ(NALIC)に本社とラボを全面移転しました。 事業展開としては、モノクローナル抗体の作製を受託や共同研究という形で行っています。それ以外に、自社での新規抗体医薬品の開発も目指しています。また、2021年には「J-Startup CENTRAL」に選ばれました。

これまでの資金調達額はニッセイ・キャピタル、OKBキャピタル、および十六銀行系のファンドから合計2.5億円、日本政策金融公庫の資本性ローンで3000万円、そして昨年の3億円の出資を含め、トータルで5億8000万円を調達してきました。

事業内容についてーEcobody技術®とはー

抗体と抗体医薬品

天草:当社の事業の主役は抗体です。抗体とはご存知の通り、ワクチンを投与したり感染したりすると、人間や動物の体内で作られる免疫を担うタンパク質です。抗体は、特定の分子に特異的に結合するという特徴を生かし、医薬品や診断薬、研究用試薬に広く応用されています。例えば診断薬では新型コロナウイルスやインフルエンザの抗原検査キットにも抗体が利用されており、その抗体がウイルスのタンパク質を検出することで陽性の判別ができる仕組みになっています。
実は、つい先日、当社の資本業務提携先である株式会社タウンズから、Ecobody技術®を使って取得した抗体を用いた新製品が2024年6月9日に発売されるという発表がありました。これは私たちにとっても初めての事例であり、とても嬉しく感じています。
それから、抗体医薬品については、発明者の本庶先生がノーベル賞を受賞して有名になったオプジーボ(ニボルマブ)や世界で最も売上額の大きいリウマチ治療薬のヒュミラ(アダリムマブ)も抗体医薬品です。現在ではこのように、抗体はさまざまなライフサイエンスの分野で使用されており、人々の健康な生活に欠かせないものとなっています。

抗体応用の課題

天草:ただ、抗体を応用する際にはいくつかの課題があります。抗体を作製するには、一般的には動物に目的の抗体を作らせて取り出したり、また遺伝子工学的に抗体を作るケースもあるのですが、なかなかうまくいかないことがあります。たとえば、抗体を取るのが難しい標的の存在や、目的とする性能の抗体が取れないことがあります。また、目的の抗体を取るのに数ヶ月、場合によっては1年以上かかることもあります。こうした課題を解決して価値を提供するのが当社の事業です。

Ecobody技術®

天草:Ecobody技術®についてですが、先日商標登録されましたので、最近は®マークを付けています。この技術はシングルセル法とセルフリー系抗体発現技術を組み合わせたもので、中野教授の研究室で基盤が開発され、その後当社で社会実装に向けてブラッシュアップしてきました。Ecobody技術®は、ヒトや動物が持っている有用な抗体を網羅的かつ迅速に取得し、評価する技術です。「網羅的」というのは、ヒトや動物が持っている有用な抗体を取りこぼさずに取ってくるという意味です。そして、この技術は動物種を問わず適応できます。
現在、抗体は一般的にマウスから取ってくることが多いのですが、マウスの抗体は親和性や特異性など、その性能に限界があります。一方ウサギは、より性能のいい抗体を作ることで知られていましたが、従来の技術ではウサギからモノクローナル抗体を取ることは困難でした。Ecobody技術®を用いることで、その高性能なウサギのモノクローナル抗体を効率的に取得することが可能となったのです。また、ヒトの体内で機能する抗体を取得できることや、最近創薬で注目されている分子量の小さいVHH抗体をラクダ科動物から取得できることもEcobody技術®の大きな強みです。最近ではその他の動物の抗体取得についての問合せも増えてきました。

効率的かつ迅速に抗体探索ができる「Ecobody技術」


Ecobody技術®での抗体取得のプロセスを簡単に紹介します。まずヒトやウサギなどの動物の血液や組織を採取し、そこから抗体を作る細胞、つまりリンパ球に含まれるB細胞を分離します。そして、その中から目的の抗体を作るB細胞だけを評価・選別します。選別された陽性B細胞をウェルプレートにシングルセル(1細胞)として分離し、次にそれらのシングルセルから抗体遺伝子を増幅させ、セルフリー系(無細胞系)でFab抗体を発現させて評価を行います。このセルフリー系での抗体発現は名古屋大学の特許技術で、当社が独占的な実施許諾を受けています。
従来技術との違いとしては、先ほど申し上げたように、マウスよりも有用な抗体を産生する動物から取得ができること。そして、Ecobody技術®では細胞の不死化や培養のプロセスが不要であることから、細胞の脱落がなく網羅的な抗体の取得評価が可能です。また、無細胞系での抗体発現という生きた細胞を使用しない試験管内での反応によって極めて迅速に抗体の取得、評価が可能です。条件が整っていれば2日間で抗体を取得、評価することが可能であり、当社が知る限りこれは世界最速です。結果、抗体取得が難しいケースであってもPDCA(計画・実行・評価・改善)サイクルを早く回すことができ非常に効率的です。
整理をすると、従来の技術と比較しEcobody技術®はマウスよりも有用な抗体を作る動物から抗体を取得できる、抗体取得のスピードが圧倒的に速い、有用な抗体を取りこぼさないといったメリットがあります。

iBody株式会社の実績と顧客ニーズ

天草:当社の抗体取得の実績について紹介します。まずウサギ抗体に関しては、マウスでは作製が難しかった低分子抗原に対して特異的なモノクローナル抗体取得の実績があります。また、タンパク質のリン酸化を特異的に認識する抗体や、わずかなアミノ酸配列の違いを識別する抗体を取得することにも成功しています。このような微妙な違いを識別する抗体は、診断や治療の研究分野で非常に重要であり、このような抗体を効率的に取得できることが当社の大きな強みとなっていますが、これらの成功事例はウサギという動物の特性と当社のEcobody技術®の強みが合わさることで可能になったと考えています。特にリン酸化タンパク質に対する抗体取得は、九州大学からの依頼で実施したものですが、依頼主が5年以上かけても取得できなかったある疾患の診断装置の開発に必用な性能の抗体を数か月で取得することができ、高いご評価を頂きました。
次にヒト抗体取得に関しては、アカデミアとの共同研究でヒトのがん組織からがん特異的抗体を取得した実績があります。また、新型コロナウイルス感染者の血液からオミクロン株を含む多様な変異株に対して非常に広域な中和抗体を取得することにも成功しており、この実績は依頼元である神戸大学で論文化されています。この新型コロナウイルスに対する広域中和抗体取得の事例ではご依頼からわずか2か月程度で有用な抗体が取得できたこと、また提供した10抗体の内の1抗体という高確率で広域中和活性を示す抗体を取得できたことでご評価を頂きました。
現在のEcobody技術®の顧客ニーズとしては、製薬企業においては、創薬モダリティとしての新規抗体の他、薬物動態の評価など研究用ツールとしても抗体作製の依頼が増えています。診断薬企業においては、新製品の開発や既存製品の改良に抗体が重要な役割を果たしています。

今後の展望

天草:現段階では顧客の依頼に応じて目的の抗体を取得し、その対価をいただく受託サービスの提供が中心です。しかし、世界の抗体医薬品市場が数十兆円規模に成長していくことも踏まえると、単なる受託業務に留まらず、製薬企業や診断薬企業の開発パートナーとして、共同研究や共同研究の枠組みで、開発マイルストン収入を得られるようなビジネスモデルの展開を目指しています。
そのためには、基盤技術のさらなるアップグレードが必要となるため、現在は受託ビジネスを続けつつ、基盤技術の改良にも取り組んでいます。


Part 2 対談内容

「砂漠で金貨を探す」

天草:簡単な紹介ではございますが、このように事業を展開しております。
武田:どうもありがとうございました。インタビューの前に、iBody株式会社のホームページを拝見し新しい製品がここから生まれたというニュースを読ませていただきました。とても素晴らしいと思いました。それで、素人なので申し訳ないのですが、疑問に思った箇所を質問させていただきたいです。
天草:どうぞ、お願いします。
武田:この技術は製造するのでしょうか?それとも選択するということなのでしょうか?
天草:そうですね。当社のEcobody技術®は抗体の製造ではなく探索です。ヒトや動物がもつ何百万個の抗体から、いくつかの優れた抗体を見つけだしてくる、砂漠の中から金貨を探し当てるようなイメージです。この点は、先ほどお話しした網羅性につながりますが、他の技術と比べた時のEcobody技術®の大きな強みになっています。
武田:うんうん。そうすると、抗体を探すときに、「こういうものを探してください」といったオーダーの出し方自体、おそらくそんなに簡単ではないですよね。
天草:たとえば、一般的なケースとしては、「あるタンパク質に対する抗体を取ってほしい」という依頼や、「この医薬品に対する抗体を取ってほしい」という依頼が多いですね。
武田:では、「このタンパクに対する抗体を取ってください」というオーダでの「この」というのは、分子構造みたいなものが示されるわけではなくて、タンパク質そのものが送られてくる、ということですか?
天草:秘密保持契約のもとで具体的な標的の情報を示してもらうことが多いですね。その情報をもとに当社の技術担当者が目的の抗体を取るための戦略を立てます。単に基盤技術を使うだけでなく、前段階のプロセスや評価方法も含めて戦略を立てる必要がありますので、そこは示していただくことが多いですね。
武田:示す、というのは分子構造を示していただくということですか?
天草:分子構造もそうですし、具体的にどのタンパク質であるとか、ペプチドの配列であったりします。
武田:なるほど。お互いに共通言語というか、共通のものがあって、その形で情報を受け取れば、それをもとに目的のものを探すことができるということですね。
天草:はい、その標的である抗原をウサギに免疫をして抗体を作らせます。そしてそのウサギから先ほど申し上げたEcobody技術®のプロセスで目的の抗体を取得します。
武田:なるほど、そういうことですか。

課題と解決案 ① 上流工程と生命の介入

天草:繰り返しになりますが、当社の技術の特徴は、目的の抗体を作ってくれるウサギから効率的に良いものを取得できることです。これが中野教授によって開発された元々の基盤技術ですが、事業化していくなかで得た新たに着目点は、ウサギがちゃんとその抗体を作ってくれるかどうか、ということです。ウサギがその体内に目的の抗体を作ってくれるからこそ、Ecobody技術®を使った抗体の取得が可能になり、そこに技術の強みがあります。
武田:そうですよね。
天草:そこで最近は、ウサギに目的の抗体を作らせるための上流工程にも研究の幅を広げています。抗体の産生は動物の免疫のしくみによるものであり、抗原となる物質のデザインや合成方法、そしてどのように免疫するか(投与回数や期間)も重要です。だから、今は抗体取得の上流工程にも踏み込むことで、当社の基盤技術の価値を高める取り組みを進めています。
武田:なるほど。タンパク質に対して抗体があり、その抗体を生命がシステムの中で作る。そしてその製造システムの入力項となるものが、つまり抗原なんですかね?
天草:はい、その通りです。
武田:それで、その抗原も一次に導かれるようなものではなく、ある程度やってみないと分からない、という感じですか?
天草:投与する抗原によって、その抗原性が異なります。たとえば、ウサギなどの動物に投与すると抗体が作られやすいタンパク質などがある一方で、低分子化合物はそのままでは抗原性がなく抗体が産生されません。こうした場合には、低分子抗原にキャリアタンパク質をコンジュゲートして、動物の免疫系が反応して抗体を作りやすくようにするアプローチを取ります。現在は、そのようなプロセスの技術、ノウハウを蓄積することで基盤技術の価値を高めています。
武田:なるほど、面白いなぁ、なんだか農業に似てますね。そっか…やはりそこに生命が介在するからこそ、ある種の参入障壁的な役割を果たしているのでしょうかね。システマティックに化学反応で作るのではなく、生命体に作らせるところが非常に興味深いです。

課題と解決案 ② 売り切りとライセンス

武田:いやー、これすごい面白いっていうか、学者にとっては結構面白いですよね(笑)よし、なるほど。ただ聞いたところ、どうやらライセンス的に抗体を提供するのではなくて、売り切りになっているわけですね。ということは、今のところ最終価値に到達するビジネスモデルにはなっていないんですか?
天草:そうです。現状は受託研究での成果物をその権利も含めて提供して対価をいただく売り切りの形にしています。そこが今後に向けた課題の1つと考えており、技術的には非常に優位性があるものの、近いレベルの技術も存在はしていることから、成果物の権利を留保してマイルストン収入やロイヤリティを得ることは現時点では難しいです。そこは、他社では取ることのできないさらに難易度の高い抗体を効率的に取得できることを示して、そのようなより難易度の高いニーズに関しては売り切りではなく、より有利な条件で交渉できるように取り組んでいきたいです。
武田:最初の提供価値がとても大きいのは間違いないのですが、それを今後どう訴求していくかが肝心ですね。特に、提供価値が創薬だった場合は非常に大きなビジネスなので、中小企業がそこに向かって最大価値を訴求していくのは簡単ではないだろうな、というイメージがあります。
天草:はい、そこは本当に難しいと考えます。当社の技術が生きるのは創薬の最も上流段階になりますので、最終的な製品のロイヤリティではなく、初期開発段階の成功マイルストンとして一定の収入が得られるビジネスモデルができあがれば、今よりも収益規模の大きな事業展開が視野に入ると考えています。。
武田:うんうん、そうですよね。そういう形で、もっと大きなパイプラインが示せれば、成長も見込めるかと思います。

課題と解決案 ③ 研究員不足と学生奨学金

天草:そうですね。ただ、現状ではそのモデルを実現させるための基盤技術の成果がまだ足りていないので、まずはそこからです。
武田:なるほど。今のお話を聞いていると、もっと研究員が必要な状況なのかな、と思ったんですけど、今一番不足している経営リソースは何ですか?
天草:そうなんです。まさに、研究員の採用は課題ですね。高度な技術や経験を持っている研究員を募集しても、思うように集まりません。考えられる要因としては、まず製薬会社などと比べるとどうしても条件面で見劣りしますので、高い能力を持った人は製薬会社などを優先的に選ぶことが多いと思います。また名古屋の場合、東京と比べると、そもそも人が集まりにくいことも理由の一つだと思います。(6/25時点では計画人員の採用の目途が立ちました。)
武田:うんうん。研究員は日本人じゃなくてもいいですよね。あと、私の大学人としてのイメージでは、生命系の博士を医学部以外から取った人はなかなか就職が難しいというのがあります。そういう意味で、人材のプールがあるのではないかと思うのですが、やはり待遇面が問題なのでしょうか?
天草:はい、外国籍の方を採用した経験もあります。また大学などの期限付きのポストドクターの方達が応募してくれることは多いです。独自の技術を扱っていることもあり、基本的にフルコミットでの募集がメインです。
武田:大学も大きな人材プールではありますが、日本の働き方に沿わないため、スタートアップのようなところにそのリソースを活用できていないという感覚は個人的にあります。また、高い機密性を持った環境での仕事にダブルワーカーを雇ったり、特に大学の研究室で異なる資金源の共同研究に参加する場合は、いろいろと難しいところがあると思います。
天草:はい、そうですね。人材募集のところは、社内でもっと検討していきたいところです。
武田:あと、方法としては、奨学金という形で学生に資金を提供するのもいいと思います。サポートさえあれば、日本で学位を取得したいという学生はグローバルにたくさんいます。そういった学生に対して、卒業後の就職先については縛らないけれども、在学期間中はスタートアップで勤務してもらう。その代わりにベンチャー企業が学費と生活費をサポートするという条件でなら、年間400万円ほどの予算があれば、競争力のあるリクルーティングができるのではないかと思います。大学側としても、博士課程のキャパシティはまだ余裕があるので、企業がサポートを提供してくれるなら、学生募集を望む先生がたくさんいます。なので、もし大学とサポートを共有できるのであれば、宣伝して進めていくのも良いと思います。
天草:そのような手段も考えられるのですね。貴重なアドバイスをしていただきありがとうございます。

課題と解決案 ④ 市場需給と競争力

武田:それにしても、貴社の成長ぶりをみると、それなりの実力を備えていると思います。ただマーケットの需給に関して、たとえばパンデミックとか、急激で大規模な需要が喚起するとき、今の受託規模では対応しきれないですよね。
天草:たしかに本当に大規模な需要が起きた場合には、対応が難しい可能性もありますね。
武田:では、瞬間的にビルドアップするような仕組みとかは、考えていますか?たとえば、アップフロントで50億円を出すという話が来たとき、通常だったら3ヶ月間かかるものを、3日に作れるような、そういった技術のビルドアップはあるのでしょうか?
天草:技術的な検討やプロセスを踏む必要がありますので極端に短縮することは難しいと思いますが、依頼を受けて最短1か月程度で目的の抗体を取得できる可能性があることは当社の技術の強みです。
武田:そういうことか、やはりすごく価値があるんだな。
天草:ただ、当社としては、パンデミックといった特殊な事態がなくとも、受託ビジネスの規模を拡大しつつ、着実に次のビジネスモデルを展開していけるように技術開発、事業開発に取り組んでいきます。
武田:うんうん。それに、受託でも規模が大きくなれば、リスキーだと思います。技術はどんどん進んでいって、競合がどんどん増えてきて、それで価値が下がってくるのは困ると思います。けれども、そこを克服すれば、長く生きていけます。
天草:そうですね、最先端の技術であり続けるために継続的な技術のブラッシュアップは必要だと考えています。

課題と解決案 ⑤ 投資リターンと社会貢献

武田:ありがとうございます、とても勉強になりました。もし、大学や大学のベンチャーキャピタルとしてお手伝いできることがあれば、ぜひ気軽に声をかけていただけると大変ありがたいです。
天草:ありがとうございます。NALICへの移転以前はインキュベーション施設の利用等で支援を頂いており、また現在も医学部の研究機器をレンタルで使用させて頂くこともあり、本当に助かっています。ところで、東海国立大学機構のベンチャーキャピタルへの出資は企業からのものですか?それとも国のお金なのでしょうか?
武田:いや、我々のファンドは国のお金を使わずに運営するというポリシーです。
天草:なるほど、では、出資先に対しては、どのような要望はあるのでしょうか?たとえば、一定期間中に上場を求めるとか。
武田:もちろん、トータルパフォーマンスは求められると思いますので、それはぜひ狙って欲しいです。ファンドの基本コンセプトとして、今考えているのはディープテックとBtoBです。この地域を中心に、新しい製造業や産業構造の変革といったエコシステムをもたらすことを目標にして、リターン以上の大きな成果を目指していただきたい。
金融機関の方々は投資としてのリターンを求めているので、損してでも公益を優先しろとは言いませんが、そこはぜひ頑張っていただきたいところです。ですので、いろんな形で資金需要に応えられるように、他のキャピタルをご紹介するなどして、お手伝いさせていただきたいです。
天草:理解しました。今は、基盤技術をさらに改良して、その先の拡大フェーズで資金調達をするというのが一つの見込みです。もう一つは資金調達をすることで周辺技術、たとえば抗体探索の上流や下流工程の技術を取り込んで自社の成長を加速させ、トータルとしての価値を高める可能性も考えています。
武田:大学側からのサポートとしては、事業に必要な技術を持つ先生に相談に乗ってもらうと、有益な情報が得られるかもしれません。また、学生ベンチャーを作って、そこに資金を投入してパイプラインやサプライチェーンを伸ばすというやり方もあります。大学としても新しい学生ベンチャーを育成できて、iBody社だけでなく他の企業とも連携できるので、そういう取り組みも有効だと思います。
天草:そうですね。視野を広げて様々な可能性を考えていきたいと思います。ありがとうございます。
武田:いいえ、こちらこそありがとうございました。どんなことでもいいので、ご相談いただければと思います。

Q&A 企業内の役割分担について

包娜仁:名古屋大学博士研究員です。個人的なご相談なのですが、研究者が起業した企業に経営者として参加するときに、注意すべき点はありますか?役割分担のところで我々も困ることが多いのですが、何かアドバイスをいただければ幸いです。
天草:そうですね、私は技術の専門家ではないので、研究開発に関してはCSO(最高科学責任者)兼CTO(最高技術責任者)の考えを全面的に立てるようにしています。もちろん研究内容も把握するように努めてはいますが、私は会社全体をリードし、事業を進めることに集中することで、役割分担を明確にしています。
また、資金調達や事業開発、営業をしていく過程では、何度も断られながらもアプローチを続けていかなければならない場面がよくありますが、そのようなときには、営業や事業開発を経験してきた私のような経営者の粘り強さは強みになりますので、自身の強みを最大限示していくことも大切だと思います。
包娜仁:なるほどですね。とても勉強になります。ありがとうございました。

まとめ

本対談では、名古屋大学の武田一哉教授とiBody株式会社の代表取締役天草陽氏が、大学発のスタートアップに対する支援の重要性について議論しました。武田教授は大学として、革新的な研究を商業化するベンチャー企業に対して、資金提供や技術支援を積極的に行う方針を強調し、これにより研究開発が社会実装されるプロセスを加速できると説明します。天草氏は、iBodyの事例を引き合いに出しながら、大学からの支援がいかに企業成長に不可欠であるかを強調し、このような協力関係が他のスタートアップにとっても模範となるべきだと述べました。対談を通じて、大学の役割として、研究成果を市場に繋げる架け橋として機能することの重要性が浮き彫りにされました。興味のある方はぜひご連絡ください。

参考記事:


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