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【日記】懐かしむということ

私の5連休も今日が最後。
今日は実家に帰って旅のお土産を渡したりしました。

母はここのところ猛烈に家の整頓をしているようで、昔の写真をたくさん見せてくれた。お菓子の缶にぎゅうぎゅうに入っていて、これは、これからアルバムにとじて整理していくそうだ。

とんでもなく昔のものがあって面白い。
父の独身時代。浜辺で黄色のジープをバックにポーズを取って写っている。Tシャツをハイウエストデニムにイン。今、一周回って若い子にブームが来ているファッションである。絵に描いたような昭和の時代を切り取った一枚だ。あまりに良すぎて写真を携帯のカメラで写すというよく分からないことをしてしまった。

母の若い頃の写真も時代を感じる。なんだかバブリーだ。歳は重ねているが、今の方が何となく可愛らしい印象があって良い。

他にも私の生まれたばかりの頃の写真や(髪の毛が全然無い…)幼稚園のころの写真がある。
あぁこれはお遊戯会の「おむすびころりん」でネズミ役をやった時のだな。このお面を手作りしたな、などなど、今まで完全に忘れていたことでも、写真を見ると思い出すから不思議だ。

お友達の誕生日会の写真。チーズケーキを食べたな。この服は百貨店で買ってもらったやつだ。この子は転校して行って、しばらく文通していたけれど元気だろうか。このランチクロスの柄が懐かしい。この犬は前の前に飼っていたマルチーズで、名前は小太郎だ。メスなのに。

懐かしい、という気持ちは何とも言えない良さが溢れている。これは人間の感情の中で最も尊いと言っても良い。思い出を振り返ることによって起こる、嬉しい、楽しい、悲しい、という二次的な感情よりも、ただただ「懐かしい」という、それ以上ない気持ちが良いのである。

思い出の品や、日記。それも良い。でも写真の良いところは、意図しない物も記録されているところだ。たとえば、その時着ていた服の柄。昔住んでいた家の家具。集合写真の端に写っている少しだけ仲の良かった子、背景に写り込んだ、昔持っていたおもちゃ……
完全に忘れていても、何がきっかけとなって記憶が蘇るか分からない。だから、たまたま色々な物が記録される写真は貴重だ。

写真。私はあまり撮られるのが好きでは無いが、これからはたまには撮ってきちんと残していこうと思った。今のためではなく、もっと歳を取ったときに見て、どう感じるだろうか。それを楽しみにして、少しづつ残していこう。

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