穴
この頃、よく夢を見る。
脈絡のないシーンからまた次のシーンへの展開の連続、たぶんそれが夢だ。
この頃、よくこんな夢を見る。
僕は広い大地に一人座り込んでいる、周りには何もない、広大な大地だ。辺りには砂埃が舞っている。
木一本、野良猫1匹、自動車さえ見当たらない。
ガソリンスタンドもコーヒーショップもない。
あるのは強い風と永遠の砂。そして穴だ。
そんなに大きい穴じゃない。
幅は人間一人が両手を真横に伸ばしたぐらいで、深さはよくわからない。
まぁいびつというよりは円い穴だ。
僕は近くにあった手頃な石を穴の中へ放り投げてみる。耳を澄ませてみるが、音は何も聞こえない。
風が強いせいかもしれない。
誰がなんのためにこんな穴をこしらえたのだろう。
穴というのは何かしら意図があるものだ。
何かを埋めたり、何かを掘り出したり、何かを調べたり、、etc。
もしかすると何かを捕獲するためのものかもしれない。
いずれにせよ、無目的な穴というのは存在しないというのが僕の考えだ。
かと言って、穴を覗き込む気にはなれない。
僕はとても臆病だから。
それに落ちたらたぶん死んでしまうかもしれないから。こんなところで死ぬのは寂しすぎる。
さらに言えばなんだか穴というのは何かしら不吉な要素を含んでいるような気がして、できればあんまり関わりたくない。
不意に風が弱まり、僕はズボンのポケットから煙草を取り出す。
ライターを何回か擦ると火がついたので、少しだけ嬉しくなる。
そのうちに穴に向かって喋りかけている自分に気づく。
『何もすることがないんだ』
穴は無関心を装っている。だけど、僕はそんなこと気にしない。穴はあくまで穴だから。
『退屈なんだ、とっても』
だんだんと風が勢いを取り戻しはじめる。
『お前、僕の声が聞こえているんだろう?わかってるよ、それぐらい』
次の瞬間、耳元を風が凄い音を立てながら通り過ぎてゆく。
穴は風に応えるように大きな口を開けて唸っている。
風が羨ましいと思ったのは、はじめてのことかもしれない。
僕には風の歌さえ聴こえない。
穴の期待に応えることも、穴に目的を与えることもできない。とても無力だ。
吸い終わった煙草を穴に放り込む。
そしてまた次の風がやってくるまで煙草を吸う。穴に話しかける。風やってくる。
そして吸い殻を放り込む。その繰り返しだ。
僕はそれからコーヒーショップで暖かい珈琲を飲みながら穴について誰かに話そうとする。
でも誰も目的のない穴についての話なんか聞きたがらない。当たり前だ。
僕だって聞きたくない。
この頃、こんな夢をよく見るのだ。
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