デジタル時代の資本フロー管理政策(IMF Fintech Noteシリーズ)
はじめに
最近、ドル円相場や国際的なサプライチェーンについてのニュースが増えています。こうしたグローバルな金融や貿易取引の際に、国境を超えた資金のやりとりが発生します。この国際的な資金の流れを資本フローと呼んでいます。
大規模で不安定な資本フローは、急激な為替相場の変動や企業の資金繰りに影響を与えて、通貨危機や金融危機を引き起こすリスクがあります。このため、特に新興国や途上国を中心に資本フロー管理政策(Capital Flow Management Measures、以下CFM)を導入して規制してきました。
現在のCFMは、取引の性質や取引関係者の情報に関して、伝統的な金融仲介機関が確認することを前提に設計・実施されています。一方、暗号資産の規模が大きくなってきて、更にDeFiなど暗号資産エコシステムが高度・複雑になる中で、従来のCFMがうまく機能しなくなるのではないか、という問題が指摘されてきました。
そこで、このIMFのレポートでは、
①CFMとはどういうものか?
②暗号資産はどのようにCFMを回避できるか?
③CFMは暗号資産にどう対応していけばいいのか?
ということを説明しています。
以下では、それぞれのポイントをまとめてみます。
資本フロー管理政策(CFM)とは
CFMの種類
CFMは、国際的な資本移動を制限します。
目的で大別すると、以下の2種類があります。
①居住地によって差別するもの
②居住地では差別せず、資本移動を制限すること自体を目的にするもの
①居住地によって差別するものは、日本(居住地)とアメリカ(非居住地)との間の取引を考えれば、
・日本人がアメリカ人に対して住宅などの資産を売却したり、
・日本人がアメリカの銀行に口座を開設したり投資を行ったり、
する際に、それらの取引に制限を課すというものです。
②の資本移動を制限するものは、急激な資本流入・流出が経済に影響を与えないようにすることを目的とするものです。例えば、日本にある銀行で米ドル預金口座を開設することを禁止するというものです。これは預金者が日本人か外国人かは問いません。
規制の手法についても大別すると2種類あります。
まず直接的・行政的な手法として、国際的な取引の全面的な禁止や制限、また(しばしば裁量的な)許認可制度を通じてコントロールするということがあります。
また間接的・市場的な手法として、税金を課したり、金融機関に準備金などの規制を掛けることを通じて、取引コストを割高にすることを通じて、資本フローを抑制するというものです。
CFMの実施に必要なもの
IMFの分析によれば、IMF加盟国190カ国の約9割の国が、何らかのCFMを実施しているとされています。といってもほぼ半数は非常に限定的な制限にとどまり、広範な制限を設定しているのは21カ国に留まります。所得が低い国ほど強度な制限を設けているとのことです。
CFMの実施には、まず、外国為替法などの法律で、銀行・外国為替ブローカー、証券会社といった金融機関等に守らせる規制内容を明確にし、金融監督当局が報告義務や立入検査などを通じて規制が守られているか確認する、といった法的枠組を整える必要があります。
また規制が守られているか確認するために、取引関係者の本人確認情報、居住地、取引目的の確認とその証明書類、取引限度額に抵触しないか、といった多岐にわたる項目をチェックすることになります。
このように規制内容を守るために、法律で義務を課すだけではなく、実際に金融機関などの仲介業者がそのコンプライアンスを確認するという体制を取ることで初めて規制が執行されることになります。
暗号資産によるCFMの回避の手段
では、この枠組が暗号資産によってどのように影響を受けるのでしょうか?暗号資産の法的位置付け、取引における居住地、そして仲介業者の不存在という3つの問題が指摘されています。
1. 暗号資産の法的位置付け
まず暗号資産の法的位置付けが曖昧であることが多いため、現在のCFMの規制枠組の対象にならないかもしれないという問題があります。
例えば、主な国際的な基準での取り扱いをまとめると、
国際会計基準(IFRS)では暗号資産を非金融資産として、
IMFのマクロ経済統計では、価値の裏付けのない、いわゆるビットコイン型の暗号資産は非金融資産として、整理される一方、
(エルサルバドルや中央アフリカ共和国といった例外を除き)基本的に暗号資産は法定通貨ではないので外国為替法体系の中では外貨として整理されない、ということになっています。
ただし、南アフリカが暗号資産と暗号資産サービスプロバイダーを外国為替法の規制範囲に加えるための法改正手続きを開始するなど、新しい動きもあるようです。
2. 暗号資産取引での居住地
仮に法改正を行なってCFMの射程範囲に入れたとしても、執行可能性はあるでしょうか?特にCFMが居住地に着目して規制する場合、暗号資産取引で居住地の捕捉は可能でしょうか?
暗号資産は一般的に仮名的で、実在する個人や法人などと結びつけるのは困難ですが、それに加えて以下のような新しいプライバシー技術の進展がより難しくしています。
ZcashやMoneroなどのプライバシーコインは、取引当事者や取引額を隠せるよう設計されている。
Mixerを使って、暗号資産の取引履歴を他のものとシャッフルして、資金の流れを追えないようにする。
ライトニングネットワークのようなオフチェーン取引を通じて、個々の取引情報が記録されなくなる。
また、暗号資産台帳の物理的な位置や、暗号資産取引所・ウォレットプロバイダーといった事業者も複数の地域にまたがっていたり、本社がどの国にあるかも不明確だったりします。この結果、従来の規制枠組を適用することが難しくなっています。
3. 暗号資産取引の仲介業者の不存在
更に、暗号資産のエコシステムには、DeFiやDEXなどのようなスマートコントラクトの集合体というべきものもあります。この場合、暗号資産取引所のような、規制の実施の責任を負わせられる事業者が存在しないことになります。
加えて、暗号資産取引所などのサービスプロバイダーについても、全ての国で共通の許認可制度があるわけではありません。むしろ、規制や税制などの法的枠組みで「有利な」国に本社を置きつつ、グローバルにサービスを提供するという、規制の裁定(regulatory arbitrage)が生じるリスクがあります。こうした国に存在する事業者に対して、国外からCFMを実施の責任を求めることは困難です。
CFMの有効性を維持するための戦略
このような暗号資産が有する様々な規制上の課題に対してCFM当局はどう対応すれば良いでしょうか?このレポートでは、法的・規制的な枠組みの強化と、IT技術を活用した規制・監督手法(いわゆるRegtechやSuptech)の確立の重要性を指摘しています。
1. 法的・規制的枠組の強化
CFMの回避を防ぐため、暗号資産の特性に応じた規制・監督の枠組みの強化が必要となります。例えば、
CFM規制枠組の見直し(暗号資産の法的位置付けの明確化、暗号資産エコシステム全体をカバーする規制など)
国際的に一貫した分類法の確立
用途に応じた規制の調整(投資用であれば証券規制当局、決済用であれば決済監視当局が担当するようにする)
暗号資産サービスプロバイダーに対する許認可制度の構築
規制対象金融機関(銀行、証券会社、保険会社、年金運用業者など)への明確なガイドラインの提供
当局間での国際的な情報共有と連携の強化
特に一番最後の国際的な連携の強化は、グローバルに活動する暗号資産エコシステムに対して規制の裁定を防ぎつつ効果的なCFMを実施する上で大変重要です。特に暗号資産プロバイダーが先進国やオフショア金融センターに本拠を持つ場合、こうした国は資本フローを自由化しており、CFMを課す権限や関心を持たないかもしれません。従って、二国間や他国間でのCFMを目的とした協力体制の構築が、CFM実施のためには必要となるでしょう。
2. IT技術を活用した監督手法の確立
近年のフィンテック技術の進展を踏まえて、金融監督目的にもフィンテックを活用しようという動きがあります。これはSuptech(Supervision Technology、監督テック)とかRegtech(Regulation Technology、規制テック)と言われています。これらの技術をCFMにも応用できるのではないかというアプローチです。
特にAML/CFT(マネロン・テロ資金対策)の分野では、公的な国際組織のFATFが不正送金を発見するための異常検知モデルを開発しています。これと同様にCFM用の異常検知モデルを開発するといったことが考えられます。
また、暗号資産のデータについて、ブロックチェーン分析や民間企業の知見も活用しつつ把握能力を高めるとともに、暗号資産サービスプロバイダーが所在する国とCFM実施国との間での情報連携も重要となります。
まとめ
このレポートのポイントは以下のように整理できます。
暗号資産は、為替の下落やインフレのリスクが高い国や人口動態が若い国を中心に過去10年で大きく成長した。
暗号資産は、CFMの実施を含め、重大なマクロ金融リスクをもたらす可能性がある。
暗号資産に対するCFMの有効性を維持するためには、多面的な政策戦略が必要。
暗号資産に適した法的・規制的枠組の整備を優先させるべき。DeFiやP2Pを如何に規制するかは更に検討する必要があるが、DeFiを開発するステークホルダーの集団に着目することが自然。
暗号資産のデータを収集し、CFMにRegtechやSuptechを活用するためには国際協調の取り組みが重要。
なお、このレポートは、IMFのFintech Notesというフィンテックをテーマにした論文集の一つです。これは、IMFのエコノミストがフィンテック関連のトピックについての分析や政策提言を各国の政策当局に向けてまとめたものです。
Fintech NoteはIMFの公式見解を示すものではありませんが、その代わり旬なトピックをタイムリーに取り上げることができます。これまでにもCBDC(Central Bank Digital Currency)の先行事例研究や、ビッグテックによるフィンテックへの参入などをレポートにまとめています。比較的コンパクトにまとまっているので、興味のあるレポートをご一読されてはいかがでしょうか?