見出し画像

株価バリュエーション

外資投資銀行出身の証券アナリストが解説!

投資の考え方シリーズ1

サマリー

 株式投資やファイナンスに興味がある人なら、妥当な株価水準の考え方や、株価が高いとか安いといったことを判断する尺度について、多少なりとも考えたことがあるだろう。しかしながら、意外ときちんとした議論を整理して検討する機会は、少ないのかもしれないと考え、本論を執筆することにした。
 株価評価(株式価値評価)には、複数の考え方があり、大きく分ければ、相対評価的な考え方と絶対評価的な考え方がある。今回は、相対評価的な考え方に絞って考察したい。絶対評価的手法については、別途執筆する予定である。
 相対評価にも二通りあって、一つ目は、当該株式の株価水準と、市場全体の水準も含めて他社の水準を比較するものである。二つ目は、当該株価の過去の水準との比較である。これらを組み合わせて判断することも多い。どちらが正解というわけではなく、当該株式の状況を見ながら検討し、より説得力のある手法に基づく分析を行うのが、実務上の対応である。

PER (Price to Earnings Ratio)

 PERというのは、株価を一株利益(通常は予想値)で割った値のことである。時価総額を税引後当期純利益で割っても同じ結果が得られる。
(式)PER=株価÷一株利益=時価総額÷当期利益
 PERは、相対的な尺度であり、絶対的に高いとか安いという判断には使うべきではない。相対的という場合、比較対象が必要になるが、その対象は様々である。
 市場全体の平均値との比較、業種ごとの平均値との比較、類似企業との比較、さらに、当該企業の過去水準との比較などがある。
また、PERの逆数は、株価益回りと呼ばれ、金利水準との比較において、割安、割高を論ずることもある(イールドスプレッド)。例えば10年物国債の利回りに株式プレミアムや当該企業固有のプレミアム(あるいはディスカウント)を考慮して、妥当な株価益回りの水準を想定することもある。
 なお、この定義式で使っている一株利益や当期利益は、いつの時点の利益なのかということも、論点となる。最も簡略な方法としては、直近の決算期における利益を使うものである。ただ、株価を議論するにあたっては、実績値には説得力が乏しい面が否定できない。株価は将来の予想を織り込む性格が強く、実績値については、将来の予想を立てる際に参照はされるものの、それで株価が決定されるとは言えない面がある。
 したがって、将来の利益を予想する必要があるが、企業の外部から将来の利益予想を行うことは、簡単ではない。そのため、多くの場合、会社側が決算発表時に同時に発表する、翌年度(実際には、既に進行しているので今年度となる)の業績予想を使って表現することになる。会社側の予想が開示されていない場合は、外部の予想を使って議論することになる。
 外部の予想として、最も使われるのは、当該企業を担当する(カバーする)株式アナリストの予想値ということになる。ただし、担当している株式アナリストが存在していないか、担当アナリストが独自予想を発表していない場合もあるため、必ずしも信頼性の高い業績予想が存在しない可能性もある。どうしても予想ベースのPERを算定したい場合は、会社四季報に掲載されている予想やQUICKコンセンサス予想などを活用することもある。
 さらに、遠い将来の利益予想を使うこともある。高成長企業等に限定されることになるが、5年後などに現在の利益水準から大きく伸びると予想されている際には、5年後の予想利益ベースでPERを計算して、参考とすることもあり得る。もちろん、遠い将来の予想となれば、それだけリスクが高くなるので、予想の精度は低下し、PER自体の信頼性、安定性も低下することは、認識した上で、使うべきだろう。
 単純そうに見えて、実は結構奥深いのがPERであり、あまり意識せずに使っている人も多いので注意が必要である。本当に、その場面でPERを使うのが良いのか、あるいは、比較している相手が適切なのかということを、きちんと検証してから使用することが求められる。株式評論家などは、そうした議論なしに、曖昧な前提で使っているということも多々あるので、いい加減な話に引きずられないように、きちんとチェックすべきであろう。

PBR (Price to Book-value Ratio)

 PBRとは、株価を一株当たり自己資本額で割って求めた値を指す。
(式)PBR=株価÷一株当たり自己資本額=時価総額÷自己資本額
 実務上、割安株を評価する際に使われることが多い。成長企業やスタートアップには、適合性が低い指標だとされる。自己資本に占める過去利益の蓄積が相対的に小さいことも多く、企業価値、株主価値の大部分が将来の期待利益によって構成されると考えられるからである。
 自己資本額は、通常簿価(貸借対照表の計上金額)を使うが、分析の目的いかんによっては、資産の時価評価額を織り込むこともある。時価会計の対象となっていない資産についても、明確な根拠は必要だが、時価評価して、修正した数値を使うといったことである。
 自己資本額については、PERの算定で使う利益と同様に、本来、将来の予想値を使うべきだが、実務的には、直近の実績値を使うことが多い。自己資本額の予想値が、会社側から発表されることなどは、ほとんどないのが実態である。また、将来の自己資本額の予想には、期間損益だけでなく、配当政策や自社株買いの方針などについての予想も行う必要があるため、予想値の正確性に疑義が生じる可能性も指摘される。
 相対評価の際には、他社の数値や市場全体の平均値等を使うことになる。比較対象のためのデータについては、直近の実績値ベースであれば入手可能だが、将来予想ベースの数値データは、存在していないことも多い。従って、現実的な対処法としては、直近の実績値を使うことになる。

EV/EBITDA倍率

 EV/EBITDA倍率とは、企業価値(Enterprise Value)をEBITDA(Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization)で割ったものである。
(式)EV/EBITDA= (時価総額+純有利子負債)÷(利子引前、税引前、減価償却費控除前の利益)
 会計基準によって、また考え方によって、多少の計算方法の違いはあるが、企業価値全体を評価の対象とする尺度である。
 言い換えると、企業価値から、負債資本の提供者が受け取るべき経済的利益を除いたものが、株主価値であるという考え方に基づく評価尺度である。
 EV/EBITDA倍率の妥当な水準の判断は、PERと同様に相対的なものになるため、評価者の考え方次第で、左右される面はある。
 なお、EBITDAについても、PERの計算を行う場合の当期利益と同様に、将来の予想値を使うことが望ましい。場合によっては、簡易的に直近の実績値を使うこともある。

PSR (Price to Sales Ratio)

 PSRとは、株価を一株当たり売上高で割ったものである。
(式)PSR=株価÷一株当たり売上高=時価総額÷売上高
 PSRを使うのは、赤字企業や極めて利益水準が低い企業の株価評価や、一時的要因で業績が落ち込んでいる企業の株価評価などである。
 高成長ベンチャー企業が赤字段階の時に、PSRを株価バリュエーションの尺度として使うこともある。高株価を説明するときに、使われる傾向がある。
 ただ、妥当な水準の評価は、難しいことが多い。売上高の何倍の株主価値があるのかというのは、ビジネスモデルによっても大きく変わってくる可能性がある。赤字企業が黒字化したときの利益率が、どの程度の水準になるのかというのは、簡単に予想できるものではない。高成長企業の売上高予想や利益率予想は、正確性や信頼性が高いとは言い難いだろう。

最後に

 ここまで見てきたように、相対評価に絞っても、株価バリュエーションには、複数の手法がある。どの手法が正解ということではなく、当該企業の状況や実態、分析の目的も踏まえて、複数の尺度を組み合わせて使っていくのが、現実的な方法論にはなる。
 そして、妥当な株価をピンポイントで計算することは、現実的ではない。株価評価の信頼性を高めるには、企業のファンダメンタルズを詳細に分析し、理解しておく必要がある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?