アメリカ経済に変調の兆し
地銀破綻に端を発する金融不安の余波も懸念される
アメリカの経済指標が予想を下回った
2023年4月5日に発表されたアメリカの複数の経済指標が、事前予想を下回る結果となった。最近までは、経済指標が予想を下回ると、FRBの引き締め姿勢が後退し、経済のハードランディングが回避できるとの期待から、株式市場等ではポジティブな反応が目立っていた。
しかしながら、4月5日の市場における反応は、それなりに厳しい見方を反映したものとなっている。株式市場の主要3指数は、ダウこそ上昇したものの、ナスダックとS&P500は下落している。債券市場の反応は、よりストレートで、10年物国債利回りは、下落した。イールドカーブ全体が下方にシフトし、先行きの経済の見通しが悪化したことを示唆している。
具体的な数値を振り返ってみよう。まず、3月のADP雇用者数(前月比)だが、事前予想の21.5万人に対して、実績は14.5万人にとどまった。これまで、アメリカの労働市場の逼迫が収まらない状況が続いてきたが、ようやく落ち着きつつあるという見方が出ている。今週末、4月7日(金)には、雇用統計が発表されるため、その結果に注目が集まっている。
次に、ISM非製造業景気指数が、大きく下振れしている。事前予想は54.5だったが、実際には、51.2にとどまった。非製造業は、アメリカ経済の景気動向を牽引しており、労働市場の逼迫も主に非製造業におけるものが問題となっていた。そのため、非製造業に減速の兆しが出てきたことは、これまでの流れが変わってきたともいえる。
信用収縮の可能性が高まっている
景気の過熱感が減退するのは、インフレ抑制につながる面もあるため、悪いことばかりではないが、ここにきて、気になる見方が台頭している。
アメリカでは、シリコンバレーバンク、シグネチャーバンクと相次いで、地方銀行が破綻してしまったが、その後、金融システムの不安定性は、一旦、落ち着きを見せている。つまり、金融不安が金融危機まで進んでしまう懸念は後退していると考えられる。
しかしながら、ここにきて、金融システムに軋みが生じている可能性が出てきた。不安心理は、まだ完全には払しょくされていないが、それが、金融機関の行動に影響していると見られる。
中小規模の銀行などでは、融資審査を厳しくしているという報道がある。仮に、再度、金融システムに動揺が走った場合、中小規模の地方銀行などに対して、預金引き出しの動きが出る可能性がある。中小規模の銀行としては、それに対抗するためには、手元流動性を高めると同時に、資産の質を上げておく必要に迫られている。十分な預金払戻し能力を持つと同時に、そもそも、資産内容に問題があるとは見られないように事前に防御するような動きである。
銀行にとって、資産内容の安全性を高めるには、貸出業務に伴うリスクを通常よりも縮小させることと、貸出以外の証券運用等のリスクを低減することが必要になる。
証券運用に関しては、デフォルトリスクを低減すると同時に、償還までの平均残存期間を短くしていくなどの方策が求められる。これは、シリコンバレーバンクの失敗に学ぶまでもなく、債券運用の基本であり、当然、各銀行ともそういった方向で動いているものと推定される。
一方、貸出に関するリスクを低減するには、審査を厳格化して、借主のデフォルトリスクに応じた条件設定を徹底する必要がある。場合によっては、融資を断ることも多くなるだろう。FRBは、緊急避難的な民間銀行への貸出を急拡大したが、それはあくまでも緊急時の対応であり、通常の量的引き締めは継続している。各銀行としては、元々、流動性が絞り込まれている中、融資を安易に拡大することは、避けなければならない。
融資が絞り込まれると、当然、企業活動に支障が生じる可能性が高まる。資金ニーズが満たされないと、事業計画を遂行することが困難になり、想定していたような成長力を実現できないというケースも増えるであろう。
経済成長にはマイナスの影響が予想される
信用収縮の影響は個別の企業活動にとどまらず、マクロ経済全体にも、マイナスの影響が生じるものと予想される。
シリコンバレーバンクの破綻に関して言えば、直接的には、スタートアップ企業への影響が懸念されていたが、ここに来て、より広範な企業活動に支障が生じる可能性が高まっている。
FRBは、3か月に1回、金融機関の融資に対する姿勢について調査を行って公表しているが、シリコンバレーバンクの破綻後の影響を織り込んだ結果は、5月にも公表される見通しになっている。その前に、ダラス連銀による管轄地区の調査結果が出ているので、概要を紹介したい。
FRB傘下のダラス地区連銀は、管轄地区の金融機関による融資態度の調査結果を、4月5日に発表した。ダラス連銀はテキサス州全域と、ルイジアナ州とニューメキシコ州のそれぞれ一部を管轄している。今回の集計期間は、3月21〜29日となっており、シリコンバレーバンクの破綻直後というタイミングになる。域内の合計71の金融機関から回答を得た結果を集計したものである。
最も気になる貸し出し態度を、「厳しくした」との回答割合から「緩めた」を引いた値は、35.9となり、2020年のコロナ禍に入った直後の水準にまで悪化している。過去6週間の融資額についても同様に、「減った」から「増えた」を引いた値が18.3となり、コロナ禍入り直後以来の与信絞り込みと言える結果となった。
ダラス連銀によれば、「融資の条件は大幅に厳しくなり、銀行業務の見通しは悪化し続けている」とされている。調査対象の銀行は、顧客の預金引き出しに備えるべく、手元資金を厚くし、融資を抑制するという構図が浮き彫りになっている。
ダラス連銀の調査結果とFRBの調査結果は、基本的には連動しており、FRBの融資態度調査でも厳格化、すなわち与信の絞り込みが予想される。そもそも、企業向けの与信は、金融引き締め政策を受けて、絞り込みが行われており、今後、さらに信用収縮の加速が起こることが懸念される状況になってきた。
アメリカ経済が不況に陥るリスク増大
こうなると、懸念されるのは、アメリカ経済が急減速し、深刻な不況に陥るリスクの高まりである。いわゆるハードランディングシナリオが、現実化するということになる。アメリカ経済は、これまで、コロナ禍における過剰貯蓄を食いつぶす形で、活発な消費活動が行われ、経済全体の温度感は高いまま維持されてきた。
FRBによる急激な金融引き締め策の実施にも関わらず、労働市場の逼迫は続き、インフレ率もピークアウトはしたものの、比較的高水準で推移してきた。
しかしながら、一転して、金融不安を端緒とする信用収縮が広がり、経済活動が急減速するリスクが高まっている。一部で見られた、ノーランディングなどという楽観論は、根拠を失いつつある。むしろ、不況リスクをどこまでコントロールできるのかという点が注目される。
次回5月のFOMCで利上げ見送りか?
次回5月に予定されているFOMCの結果が、どうなるのかという点に関しては、現時点で、市場の見方は割れている。CME Fed Watchによれは、政策金利据え置きの可能性が52.2%、0.25%の利上げの可能性が47.8%となっており、ほぼ半々になっていることがわかる。
これは、現時点においては、不況入りのリスクが高まっているものの、FRBの柔軟性がどこまであるのかという点に関して、見方が分かれているためだろうと推定される。私自身の見方としては、現時点で、FRBが利上げを見送るだろうと見ているが、これも、今後発表される経済指標等を見ながら、考え方を修正する可能性がある。非常に微妙なバランスを実現することをFRBは要求されている。雇用統計等の重要経済指標に、注目が集まっている。
アメリカ経済ハードランディングで世界経済はどうなる
アメリカ経済は、いうまでもなく世界最大のGDP規模を誇っている。その動向如何で、世界の景気が左右されるのは、今に始まったことではない。
ただし、現在、世界経済を牽引できるのは、アメリカ経済しかないといえる状況であり、その重要性は、通常よりも高まっている。
これまで、世界経済の牽引車の一つとなっていた中国経済は、コロナ禍を巡る政策的混乱もあって、極めて厳しい状況になっている模様である。公式統計ベースでは、堅調な経済成長を遂げているように見えるが、その統計自体の信頼性が、非常に低いため、実態は、相当程度乖離しているものと考えられる。また、長期的にも衰退への道をたどり始めているものと見られ、今後も世界経済をリードする存在とは言えないだろう。
ヨーロッパは、依然としてウクライナ戦争が重くのしかかっている。収束の気配はいまだに見えず、むしろ泥沼化している状況であり、経済的な負担も重くなっている。今後も年単位での時間を要する可能性があり、ヨーロッパ経済が早期に回復するシナリオを描くことは、難しくなっている。
こうして見ると、アメリカ経済が、世界経済の最後の砦ともいうべき存在になっていることが分かる。
日本にとっても対岸の火事ではない
日本経済は、コロナ禍からの回復過程にあり、ようやく最近になって消費活動も活発化してきた。インバウンド復活もあって、街中の雰囲気は、明るさを増している。
しかしながら、世界経済の動向から無縁ではいられないのも事実である。日本の大企業の多くは、世界市場をターゲットとしたビジネスを営んでおり、世界経済の不振は、日本の大企業の業績に直接的なインパクトをもたらす。
今春の賃上げ交渉においては、大企業を中心に高めの賃上げ率が達成され、消費の活発化に一役買っているが、その継続性を見る上で、世界経済の景気動向は、非常に注目される。とりわけ、賃上げの動きが中小企業にまで広がるのかどうかという点が、日本経済の今後の成長力を左右するため、極めて重要なポイントとなる。
ここをうまく乗り切るには、世界経済が成長を続け、日本企業の業績が拡大していくという見通しが不可欠の要素となる。企業は、業績の先行きに自信がなければ、思い切った賃上げを行うことが難しくなる。そうした意味でも、アメリカ経済、そして、世界経済の先行きについては、今後もしっかりとフォローしていきたい。