ジャック・ル・マロワ賞 2024 出走馬解説・展望
英国ではグロリアス・グッドウッド開催が終了し、欧州の平地競馬シーズンも折り返しの時期を迎えた。
ここから3ヶ月、10月末まで毎週のようにGⅠレースが各国で行われ、凱旋門賞ウィークエンドやブリティッシュチャンピオンズデー、ブリーダーズカップに向けて実力馬たちが躍動する。
さて、欧州屈指の競馬強豪国フランスでは、夏のドーヴィル競馬場開催が既にスタートしている。
先週は日本馬による史上初の海外GⅠ制覇の舞台となったモーリス・ド・ゲスト賞(モーリス・ド・ギース賞)が行われ、今週はいよいよ「ジャック・ル・マロワ賞」の開催である。
ムーラン・ド・ロンシャン賞と並びフランスの最強マイラー決定戦と言える本レースの模様は、グリーンチャンネルの「ALL IN LINE〜世界の競馬〜」内にて生中継も予定されている。
グリーンチャンネルでの放送があるということは、本稿で取り扱わないわけにはいかない。
この記事では今年のジャック・ル・マロワ賞について、いつものようにコース解説を交えながら、出走馬の解説と展望を行っていく。
なお、筆者の時間の都合により、少々短めになると思うがご了承をば。むしろ短くなったくらいがちょうど良い文量まであるのでは?
ジャック・ル・マロワ賞(Prix Jacques le Marois)
2024/8/11 23:04(日本時間)発走
格付け:GⅠ
開催地:フランス・ドーヴィル競馬場
条件:3歳以上・芝1600m直線
総賞金:70万ユーロ(約1億1600万円)
さて、既にご存知のこととは思うが、このフランス最強マイラー決定戦たるジャック・ル・マロワ賞は、日本馬が優勝したことのあるレースである。
1998年──大雨となった安田記念で香港馬オリエンタルエクスプレス(Oriental Express)以下を悠々と置き去りにした日本史上屈指のトップマイラーは、初の海外の地でも結果を出した。
美浦の名門・藤沢和雄厩舎が管理し、岡部幸雄騎手が主戦を務めた外国産馬・タイキシャトル。
前週のGⅠ・モーリス・ド・ゲスト賞(ドーヴィル芝1300m)では、森秀行厩舎の外国産馬シーキングザパールが優勝し、日本調教馬初の海外GⅠ制覇というスーパー偉業を成し遂げた。
その手綱を取っていた武豊騎手が「来週走る馬はもっと強い」という趣旨の発言をしたことも相まってか、タイキシャトルは当時競馬後進国と思われていた日本からの遠征馬であったにも関わらず、現地のオッズで1.3倍の圧倒的1番人気に支持された。
決して相手関係が楽だったわけではない。
2番人気は前走のGⅠ・サセックスS(グッドウッド芝1600m)を制し、マイケル・キネーン騎手が手綱を取ったクールモアの所有馬アマングメン(Among Men)。
ランフランコ・デットーリ騎手のケープクロス(Cape Cross)が3番人気で、こちらはゴドルフィンの所有馬であり、GⅠ・ロッキンジS(ニューベリー芝1600m)を優勝していた。
このように英国のマイルGⅠ馬も顔を揃えた中、当時調教国としての評価が高いわけではなかった日本からの遠征馬タイキシャトルを1番人気に支持したフランスの競馬民は、とても馬券が上手いと言えよう(あるいは英国嫌いによるものかもだけど)。
大外枠からのスタートとなったタイキシャトルは外ラチ沿いをひた走り、1・2番手の位置を追走すると、ハナを争っていたケープクロスを競り落とし、中団から追い上げたアマングメンを完封。
名実ともに世界トップマイラーの座に上り詰めた。
ギャロップダイナに次ぐ2頭目の日本馬による挑戦だったタイキシャトルの優勝後、テレグノシス・ローエングリン・バスラットレオンの3頭がジャック・ル・マロワ賞に出走しているが、いずれも勝利するには至っていない。
そもそも挑戦回数の母数が少ないというのはあるが、今後、ジャック・ル・マロワ賞を制する日本馬が現れるのかと問われると、その可能性はかなり低いのではないか──と思ってしまうのである。
コース解説
舞台となるドーヴィル競馬場は、フランスのノルマンディー地方に存在する。
右回りの競馬場で、芝コースの内側にはファイバーサンド(オールウェザー)のコースが敷設されている。
芝コースの1周は2200mであり、最終直線は約450m。
オールウェザーコースは1周2100mとなっている。
フランスのメイン場と言える5つのコースの中でも、ドーヴィル競馬場はやはり夏のイメージが強い。
開催自体は年中やっているのだが、全てのGⅠレースが夏に開催されており、ジャック・ル・マロワ賞もその1つである。
ホームストレッチの右手、長い引き込み線の最奥が芝1600mのスタート地点。
ゴールまで一直線のコースになっていて、形状としても起伏は少なく平坦だとされる。
決着タイムは早ければ1分33秒台、遅ければ1分40秒台と、馬場状態によって大きく変わってくる。
予想をする際には、当日の馬場状態にも注意する必要がある。まあ日本では馬券買えないから関係ないけどね。
出走予定馬・オッズ
《出走予定馬》
①(7) マハバヤナサナフィ(Marhaba Ya Sanafi)
騎手:M.バルザローナ 調教師:A.シュッツ
②(1) クッドワー(Quddwah)
騎手:C.シェパード 調教師:S&E.クリスフォード
③(4) チャーリン(Charyn)
騎手:S.デソウサ 調教師:R.ヴェリアン
④(2) キングゴールド(King Gold)
騎手:S.パスキエ 調教師:N.コーラリー
⑤(3) ビッグロック(Big Rock)
騎手:C.デムーロ 調教師:M.グアルニエリ
⑥(5) インスパイラル(Inspiral)
騎手:R.ムーア 調教師:J&T.ゴスデン
⑦(6) メトロポリタン(Metropolitan)
騎手:A.プーシャン 調教師:M.バラッティ
⑧(8) ハーテム(Haatem)
騎手:J.ドイル 調教師:R.ハノン
※()内はゲート番
《オッズ》
③チャーリン 7/4(2.75倍)
⑥インスパイラル 5/2(3.5倍)
②クッドワー 9/2(5.5倍)
⑧ハーテム 7/1(8.0倍)
⑦メトロポリタン 11/1(12.0倍)
⑤ビッグロック 11/1(12.0倍)
①マハバヤナサナフィ 16/1(17.0倍)
④キングゴールド 50/1(51.0倍)
※ブックメーカー「Sky Bet」より、8/10現在
解説・展望
早速だが、今年のジャック・ル・マロワ賞における最大のポイントとなるのは、インスパイラル(Inspiral)の3連覇が達成されるかどうか、というところであろう。
インスパイラルは2022年と2023年に、このジャック・ル・マロワ賞を優勝しているディフェンディングチャンピオンである。
昨年までの鞍上はランフランコ・デットーリ騎手。
デットーリ騎手はインスパイラルを管理するジョン&シェイディ・ゴスデン厩舎の主戦騎手を昨年まで務めており、インスパイラルの2連覇とその前のパレスピア(Palace Pier)の2連覇を合わせ、4年連続のジャック・ル・マロワ賞制覇を達成していた。
なお、パレスピアを管理したのもJ&T.ゴスデン厩舎であり、騎手・調教師ともに4連覇となっている。
フランス最高峰のマイルレースでありながら、英国調教馬による4連覇を許しているのが、ジャック・ル・マロワ賞の現状である。
そして、その前の2年間はアイルランド調教馬が優勝しており、過去10年を見てもフランス調教馬による優勝は3回のみ。
現地フランスの調教馬は意外と不利に立たされている。
──と、少し話が逸れたが、今年のインスパイラルには昨年までとは決定的に違う点がある。
L.デットーリ騎手の不在である。
デットーリ騎手は引退詐欺とジャングルサバイバルバラエティ番組出演の後に今年からアメリカに拠点を移しており、相変わらずGⅠを勝つなど活躍している。
本人はRacing Postの取材に対し、「若返ったかのよう」と語り、引退の選択肢は最早存在しないと明言。
昨年のGⅠ・BCフィリー&メアターフ(サンタアニタパーク芝2000m)をインスパイラルとのコンビで制した際、J.ゴスデン師は「彼は50代だが、30代のような騎乗をする」と称したが、本人も同じようなことを言ってる辺り、ともすれば本当に若返っているのかもしれない。スーパー異形
一方、デットーリ騎手が去った今年のJ&T.ゴスデン厩舎は不振が極まっている。
この不振の理由の全てをデットーリ騎手の不在に求めることは間違っているだろうが、ともあれ不振なのは間違いない。
今年のJ&T.ゴスデン厩舎はL.デットーリ騎手に代わり、若手のキーラン・シューマーク騎手を起用しているのだが、K.シューマーク騎手とJ&T.ゴスデン厩舎のコンビで初めて重賞を勝ったのが7月末。
今シーズン折り返しが近づいた頃にようやく、というのは思ったよりも時間がかかったという印象で、現地メディアのRacing PostなどでもK.シューマーク騎手にJ&T.ゴスデン厩舎の不振の原因を求める声が挙がっている。
今年のインスパイラルはK.シューマーク騎手とのコンビで2戦し、いずれも敗戦。
3連覇がかかるジャック・ル・マロワ賞への出走にあたり、馬主のチェヴァリーパークスタッドはK.シューマーク騎手からの乗り替わりを検討していた。
結果、今年のジャック・ル・マロワ賞において、インスパイラルはライアン・ムーア騎手との新コンビを結成することとなった。
ここに来て、L.デットーリ騎手と比肩するほどのトップジョッキーを鞍上に配してきたインスパイラル。
非情な決断ではあるが、このジャック・ル・マロワ賞で何としても結果を出すという決意を感じさせるのも事実である。
ちなみにR.ムーア騎手が空いていたことからもお察し頂ける通り、今年のジャック・ル・マロワ賞はノーエイダンである。
たまにはA.オブライエンのいない欧州競馬をお楽しみ下さい。
しかし、R.ムーア騎手との新コンビ結成は注目に値するものの、今シーズンの成績から見てもインスパイラルは昨年のように一強の存在ではない。
8頭立てと少頭数(いつもの)ながら、そのメンバーレベルは決して低くなく、インスパイラルの3連覇が阻止される公算も大きいと考えられる。
それは欧州の競馬ファンも感じているようで、大手ブックメーカーにおいて1番人気に設定されているのはインスパイラルではなく、チャーリン(Charyn)である。
4歳牡馬のチャーリンは、今年の英国・ロイヤルアスコット開催の開幕戦たるGⅠ・クイーンアンS(アスコット芝1600m)の勝ち馬だ。
アスコット競馬場のニューマイルコース、もとい直線芝1600mコースで行われるクイーンアンSにおいて、チャーリンは中団から早々に抜け出し、後続を完封する王道の競馬で完勝。
2着のドックランズ(Docklands)には2と1/4馬身差をつけ、念願のGⅠ初制覇を飾った。
ジャック・ル・マロワ賞もクイーンアンSと同じ直線の芝1600m戦であり、今回はメンバー的にもこの馬が1番人気と見られるのは納得がいくところだ。
クイーンアンSのメンバーを振り返ってみても、10ハロンのGⅠ・プリンスオブウェールズS(アスコット芝1990m)に挑戦することを選んだインスパイラルは不在であったにせよ、その他は古馬の欧州マイル路線の一線級の馬たちがあらかた揃ったという印象だった。
GⅠ・ロッキンジS(ニューベリー芝1600m)を制したオーディエンス(Audience)や昨年のGⅠ・クイーンエリザベスⅡ世S(アスコット芝1600m)覇者ビッグロック(Big Rock)、GⅠ・ドバイターフ(メイダン芝1800m)をマキシム・ギュイヨン騎手とのコンビで優勝したファクトゥールシュヴァル(Facteur Cheval)など、素晴らしいメンバーを相手にしっかり着差をつけて勝ちきった点は評価するに値しよう。
3番人気はクッドワー(Quddwah)。
キングマン(Kingman)を父に持つ4歳牡馬で、シェイク・アフメド・アル・マクトゥーム殿下が所有するゴドルフィンの生産馬である。
本馬はいわゆる「上がり馬」で、現在4戦4勝という無敗馬だ。
前走はGⅡ・サマーマイルS(アスコット芝1600m)を半馬身差で制して重賞初制覇、今回のジャック・ル・マロワ賞がGⅠ初挑戦となる。
明確なチャンピオンが不在である、と感じさせる現在の欧州マイル界にとっては期待の新星だが、GⅠであるジャック・ル・マロワ賞はメンバーレベルがこれまでとは比べ物にならないほど上がる。
相手関係的にどこまで戦えるのか、未知数な部分が非常に大きく、それを見極めるための一戦がこのジャック・ル・マロワ賞になるのではないだろうか。
4番人気のハーテム(Haatem)は3歳馬で、既に今年のGⅢ・クレイヴンS(ニューマーケット芝1600m)とGⅢ・ジャージーS(アスコット芝1400m)、2つの3歳重賞を制している。
常にロサリオン(Rosallion)の後塵を拝し続けているとはいえ、GⅠ・2000ギニー(ニューマーケット芝1600m)では3着、GⅠ・アイリッシュ2000ギニー(カラ芝1600m)は2着と世代屈指のマイラーとしての能力は見せている。
ロサリオンは愛2000ギニー後にGⅠ・セントジェームズパレスS(アスコット芝1590m)を勝ち、英2000ギニー勝ち馬ノータブルスピーチ(Notable Speech)はセントジェームズパレスSこそ惨敗したものの、古馬との対決となったGⅠ・サセックスS(グッドウッド芝1600m)を優勝。
この馬たちと戦ってきたハーテムの評価も上がっているようで、ここらでGⅠ制覇と行きたいところだろう。
今年のGⅠ・プール・デッセ・デ・プーラン(フランス2000ギニー)(パリロンシャン芝1600m)の勝ち馬がメトロポリタン(Metropolitan)である。
プール・デッセ・デ・プーラン当日のパリロンシャン競馬場は、ちょうどGⅠ・プール・デッセ・デ・プーリッシュ(フランス1000ギニー)(パリロンシャン芝1600m)が終了した直後にスコールに見舞われ、馬場状態が短時間で急激に悪化した。
スコールが止んでからのプール・デッセ・デ・プーランで勝ったのがメトロポリタンなのだが、その特殊な状況から能力を疑われ、次に出走した良馬場でのセントジェームズパレスSでもオッズは2桁となっていた。
しかし、いざレースをするとメトロポリタンは3着で入線。
馬場状態によるフロック的な勝利ではなく、ちゃんとこの馬自体に地力があるところを証明した形になった。
今回はオッズ12.0倍(8/10現在)での4番人気だが、個人的にはもうちょっと人気しても良いんじゃないか──ハーテムやクッドワーと逆転してもいいくらいではないかと感じる。
無礼られているようなら押さえておくと、意外とオッズが美味しい馬かもしれない……?
先程も少しご紹介したが、ビッグロック(Big Rock)は昨年のクイーンエリザベスⅡ世Sの優勝馬。
このレースでは6馬身差の圧勝劇を演出したが、今年は転厩の影響もあってかロッキンジSは6着、クイーンアンSは10着と惨敗が続いている。
ビッグロックも暗いトンネルを抜けるべく試行錯誤されている雰囲気があり、ロッキンジSまで本馬の主戦を務めていたオレリアン・ルメートル騎手は前走のクイーンアンSに向かうにあたって降ろされ、新たにクリストフ・スミヨン騎手が起用された。
そして、今回はスミヨン騎手からクリスチャン・デムーロ騎手に変更となっている。
凡走の原因が鞍上にあるかはさておきとして、ビッグロックは過去何度も逃げており、今回もペースを握るのはこの馬になるのではないかと考えられる。
本馬の手綱を取るC.デムーロ騎手がどれくらいのペースで行くのか、それによりレース展開は大きく変わってくるだろう。
マハバヤナサナフィ(Marhaba Ya Sanafi)は、昨年のプール・デッセ・デ・プーランの勝ち馬だ。
それ以降、昨シーズンは勝利を挙げることができなかったが、今年は復帰戦の準重賞(リステッド)を勝利し、3戦してからGⅢ・ベルトラン・デュ・ブリュイユ賞(シャンティイ芝1600m)で久々の重賞制覇を飾った。
このジャック・ル・マロワ賞には、GⅢ・メシドール賞(シャンティイ芝1600m)で2着となってからの参戦となる。
GⅠ馬、それもクラシックホースではあるのだが、どうも「GⅠでは勝ちきれない馬」という印象は拭えないのが正直なところである。
今年もGⅠ・イスパーン賞(パリロンシャン芝1850m)で6着に敗れている他、昨年のジャック・ル・マロワ賞でも11着に惨敗しているというのが不安要素となるだろう。
昨年のモーリス・ド・ゲスト賞の勝ち馬がキングゴールド(King Gold)である。
しかし、それ以降は勝ち星から遠ざかり、冬の中東遠征では結果を出せなかった。
フランスに戻ってからは復帰戦のGⅢ・ポルトマイヨ賞(パリロンシャン芝1400m)で久々の美酒を味わい、同レースの連覇を達成。
そして、こちらも連覇がかかっていたモーリス・ド・ゲスト賞に出走したものの、結果は9着。
本馬はそこから連闘、初の1600m戦となる。
このメンバーの中で連闘&マイル初挑戦の馬を買えるわけもなく、オッズもこの馬が最も低く設定されている。
マイル適性があるかどうかと、そもそもの能力が足りるかという点がキングゴールドの課題と言えそうだ。
放送・配信情報
グリーンチャンネルにおいては、11日の22時30分から「ALL IN LINE〜世界の競馬〜」が無料放送され、ジャック・ル・マロワ賞の生中継が行われる。
お盆休みの日曜日の夜は、是非フランス最高峰のマイルレースを楽しんで頂きたい。
《スケジュール》
8月11日(日) 22:30~23:30(無料放送)
8月12日(月) 24:00~25:00
8月13日(火) 15:30~16:30
また、8/21に行われるGⅠ・インターナショナルS(ヨーク芝2050m)については、JRAによる国内馬券発売の実施が決定している。
日本からは昨年の菊花賞馬ドゥレッツァが出走し、グリーンチャンネルでの生中継が行われる他、特集番組「Go Racing」も放送が予定されている。
私の方でも、インターナショナルSについては配信にお邪魔しての解説を行うことを考えている。
今のところは17日の21時頃の予定であるが、続報をお待ち頂き、ご覧頂ければ大変嬉しく思う。
対戦よろしくお願いします
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