〈演劇〉というフィクションを通じて、少しだけ正直になってみる: 演劇ユニットpuyeyと「リスペクト・コミュニケーション研修」
2024年7月19日(金)に株式会社明治産業で、演劇ユニット・puyey(ぷいえい)とともに実施された「リスペクト・コミュニケーション研修」のようすをレポートします。
「リスペクト・コミュニケーション研修」とpuyey(ぷいえい)について
今回行われた「リスペクト・コミュニケーション研修」とは、社員のハラスメントへの意識向上と理解の深化を目的に企画された、明治産業オリジナルの研修プログラムです。
この研修ではハラスメントを「お互いを尊重し理解し合うためのコミュニケーションが不足していること」と捉え、そのことを演劇作品を用いたワークショップ形式で(!)考えていきます。
一方的な講義型の研修とは違い、演劇作品の物語や登場人物に自分の経験を投影しながら見て・考えることで、「ハラスメント」を単なる知識としてではなく、自分事として何が適切な行動なのかを一緒に探っていく研修です。
この研修で演劇作品を上演してくれるのは、福岡を拠点に活動している puyey(ぷいえい)という演劇ユニット 。
そして彼らが今回演じてくれるのは「おんたろう」という短編作品。2022年に初演されて以来、シリーズ作品として上演を重ねている人気演目です。今回はこの研修に向けて、上司と部下の「ハラスメント」に関わるこんな内容の舞台を届けてくれました。
ここからの記事では、社員と共に行なった「リスペクト・コミュニケーション研修」のようすと、終了後にpuyeyの高野桂子さんへ行ったインタビューをご紹介していきます。
「リスペクト・コミュニケーション研修」のようす
高野桂子さん(puyey)へのインタビュー
そしてここからは、研修をすべて終了した直後の高野桂子さんへ行ったインタビューのようすをお届けします。
——お疲れ様でした。まずは今日の感想をお聞かせください。
高野さん 今回の研修では上演とワークショップを行いましたが、まず上演については、同じ作品でも劇場でやるのと、こういう企業の中でやらせていただくのとでは、こんなにも違うものかと感じました。劇場なら自分で楽しむためにチケットを買って足を運んで見てもらうものも、会社だと勤務時間内に何かを学ぶために、しかも既にお客さんのあいだで関係性が出来上がっている中で見てもらうわけで、その二つはやっぱり別物ですね。
それに、演劇は客席と一緒に完成させていくものですが、今回実際に上演を始めてみて「おおなるほど、そういう感じなのね…!」みたいにして、客席の反応から気づかされていくような感覚がありました。そして「これはもう、私たちが持っているものを全部投げ込んで、全力でぶつかっていくしかない!」となったというか。あと、劇中に登場する「死ねえええ!」というセリフも、「あれ?そういえばこれって会社みたいな場でも言っちゃって良かったんだっけ…?」みたいに内心ヒヤヒヤする場面もありました(笑)
だけどその後のワークショップでは、皆さんが本当に和気あいあいと、率直かつ誠実にご参加くださっている様子を見て、「ああ、あれは真面目に作品を見てくれていただけで、上演自体が滑っていたわけじゃなかったんだ」「ちゃんと届いていたんだ」と安心できました。本当に優しい社員さんがいっぱいで、有り難かったです。
——今回のように、本来は演劇の現場ではないところに演劇を持ち込むのは初めての体験でしたか?
高野さん これまでも、学校の先生たちや労働組合の方に向けて「おんたろう」の公演をさせてもらうことはありましたが、このような一般企業で行わせていただくのは初めてでした。学校や組合での公演は、先生たちも休日にご鑑賞いただいたこともあってどこか仕事モードではない リラックスした雰囲気でしたが、今回はガチガチの勤務時間中の一般企業ということで、そこはやっぱり違う感覚がありましたね。
——上演前の客席とのムード作りひとつでも、かなり「場」そのものの性質も変わりますよね。
高野さん はい。今回のプログラムでも、事前準備の時点から「アイスブレイクは上映前にやるのが良いか、後が良いか…」など色んなケースを考えました。だけど今回は、何も無しにまずは作品を見てもらう方が良いなと思ったから「そんならやっぱ最初はガチンコ勝負するしかないか!」みたいな感じで、覚悟を決めました(笑)。
——この点に限らず、今回はプログラム全体もかなり事前から色んな可能性を考え尽くされたうえで準備・構成されたものだと感じました。
まずは演劇を見せて→その後にアイスブレイクをして→「おんたろうになりきって院長にアドバイス」するワーク→そして最後に「自分自身へのアンケート」。このような構成にされたことについて、もう少し詳しくお聞きできますか?
高野さん 日常のなかの「ハラスメント」や、相手を尊重する関わり=リスペクトコミュニケーションの研修として演劇を有効に用いるためには、やっぱり「演劇というフィクションを通して普段は言えないことを言ってみる」というのが、一番良い使い方ではないかと考えました。
しかも今回は「おんたろう」というキャラクターがいてくれますから、みんな自分が「おんたろう」になったと思えば、普段は言えないことも言えるんじゃないかなと思って。今回のようにワークショップとセットで「おんたろう」をやるのは初めてでしたが、今日の会場でも、この春入ったばっかりの新入社員の方が「おんたろう」を介してなら結構大胆なことを言えていた様子も見れたから「あ、ちゃんと言えちゃってるな」と嬉しくなりました。
これがもし、いかにもな「ハラスメント研修です」という講師の方から「それでは皆さんはこの上司はどんなことに気をつければ良かったと思われますか?」みたいに投げかけていたら、あのような本音はなかなか出にくかったのかも、と思うんです。でも、「おんたろう」の斜め後ろに立って声を当てるという形だったら、皆も口に出せるかもしれない。演劇というフィクションを噛ませたら、そのフィクションの中に真実が映し出されるんじゃないかと考えました。
そしてもしそこまで辿り着けたなら、最後の「自分自身へのアンケート」で自分にベクトルを向ける時にはもう正直にならざるを得ないだろう、と思って。一度心がオープンになっているから、それまで飲み込んでいた「あ、自分そういえば、こういうことあったわ」だったり「自分もこういうことやってたわ」などが、いつもより少しだけ正直に見つめられるかなって。
そんな風に「演劇」という装置を有効利用できるプログラムを考えた結果、今回のような構成になりました。
——社員さんたちの反応で特に印象深かったものはありましたか。
高野さん まず、「なりきりおんたろう」ワークシートを記入してる時の雰囲気がすごく良くて。盛り上がっていたし、 本当に言いたいことが言えているようすが感じられたので、すごく嬉しかったです。
なかには、劇中で男性の院長が女性スタッフに「肩ポンポン」している場面に注目して「あれは良くない」と発言して下さった方もいました。実はあの場面はそこまで計算して演出をしていなかったのですが、すごく細かいところまで良く見てくれていたんだな、と。今回やってみた「なりきりおんたろう」のシステムは、正直自分でもびっくりするくらい機能したかもと感じています。
——僕も思わず皆さんの発言をメモしたくなるくらい、「なりきりおんたろう」は本音がきちんと出ていて良かったですよね。「相手の話をもっと受け止めて」とか「自慢話はやめて」「決めつけは良くないよ」など。それに「院長も頑張ってるよ」とか「無理に男らしくしなくていいよ」といった、院長側を思いやる意見があったことも良かったですね。
高野さん 院長にむけて「男らしくしなくても良い」という発言はすごく新鮮でしたね。あと「出来ないことではなく、出来たことに目を向けて」とか。普段から実は抱えていたかもしれない想いを「おんたろう」越しになら言えるかもしれないし、その発言たちを経験豊かな年長社員の方たちもじっくり聞かれていらっしゃる様子を見て、「おお…これはいいぞ…!」と思いました。
そして、「なりきりおんたろう」のあとに実施した最後の「自分自身に向けてのアンケート」もすごく率直な回答がたくさん寄せられました。やっぱり、なかなか自分を顧みることって気が重いし、それを「他の人にも共有して良い」とはしづらいと思うんですけど。今回のように正直にそれらを書き出せて、仲間たちに共有しても良いと思ってもらえた。それは、ここまでの時間でもしかしたら少しだけ皆さんの心が押せたり、勇気を持って発信できる心持ちまで持っていけたのかもしれないと思って、本当にやれて良かったなと感じました。
——今回のように演劇を通じた研修には、まだ可能性がありそうですね。
高野さん でも、やっぱり演劇って皆でつくるものだから、私たちが感じさせてもらっている手応え以上に、やっぱり企業さん側の存在が大きいのだと思います。なにせ企業の側で「これをやるぞ」と決めて、普段とは違う大変な準備を色々重ねて、手間をかけて場を用意してくださる誰かがいてやっと成立するものなので、到底私たちだけでは無理なんです。
そして更には 参加してくださる社員の皆さんがもし「何これめんどくさい」「ねー私たち忙しいんですけど」みたいな感じだったら本当に地獄、終わりです(笑)。絶対に成立させられません。だからもちろん今回が上手くいって良かったというのはありますけど、その半分以上は企業側の皆さんのおかげだと本気で思っているから、私たちとしてはまず「本当にご協力ありがとうございました!」という気持ちです。
——「おんたろう」も、今回のような演劇による新たな研修モデルも、きっとこれから色んな場所で活躍するものになれそうな予感を感じました。今後の展開を楽しみにしています!
高野さん たしかに、今回やっとこうして外向けにお見せできる実績がひとつ出来たので、今後もしご協力いただける企業の方がいらっしゃれば、ぜひご一緒したいと思います。このプログラムをどんどん広げていけたら嬉しいですね。
PHOTO:橘ちひろ
TEXT:三好剛平(三声舎)