2021年6月の北方領土での軍事演習のまとめ(2.5)
今回は、(2)の演習の背景・目的・想定の後編ということで、(2.5)になります。
話は変わりますが、「9マイルは遠すぎる」というミステリー小説があります。すれ違いざまに誰かの「9マイルもの道を歩くのは容易じゃない。まして雨の中となるとなおさらだ」との呟きから主人公が推理を進め、展開して行く話です。
このまとめは、これと同じスタイルで作られています。一点突破。謎の一つを深く掘れば掘るほど内側の壁が崩れ、穴は拡がり、少しずつ深く広くなって行くという情報分析のやり方です。あらぬ方向に掘り進まないよう、予断することなく、可能性ではなく妥当性を繋げながら慎重に掘って行ければいいかなと思います。
前回までに、この演習の目的と想定は、「ロシア東部国境の島嶼部の防衛のために、サハリンと北方領土に駐留する部隊が対着上陸作戦をした」とまとめることができました。今回はその上位の疑問であるこの演習の背景に関する考察です。
◯ 背景(なぜしなければならないのか?)について
なぜ「島嶼部の防衛」を訓練しなければいけないのでしょうか?国防省機関紙では、「①仮想の複数国家からなる2つの連合間の対立を基礎とし、②根拠に基づく極東情勢がモデル化された」と記されています。
①は北方領土が欲しい日本+◯国の連合軍と、北方領土を渡したくないロシア+×国の連合軍の対立のことのようですね。◯や×は複数になるかもしれません。
「あの国とあの国」と思い付いた人もいるでしょうが、ここは予断せずに②の方から考えたいと思います。そうすれば、「あの国」も必然的に分かると思います。
現在の極東情勢を「モデル化」する時には、台湾海峡問題と朝鮮半島問題を軸として、つまり根拠として考慮することが当然だろうと思います。
従って、これら(片方、あるいは両方)の問題の対立拡大が、日本による北方領土上陸を招くとロシアは見ている可能性があるいうことになります。一つ一つ深掘りしてみます。
台湾海峡問題(中国による台湾への軍事的威嚇)が生起した場合、各国の動向はざっくりと以下のようになることが考えられます。
・アメリカ等西側諸国:台湾周辺に軍事力を展開
・日本:周辺事態法等によるアメリカ等西側諸国への協力
・ロシア:中立・軍事的不介入
ロシアが中立するのは意外でしょうか?私がそう思う理由は以下の通りです。
まず中国は内政問題(台湾は中国の一部)が建前なので、ロシアに参戦は求めないと考えられます。しかし、中ロ国境(旧満洲とロシアの国境)に駐留する中国軍の一部は、一応警戒を高めると考えられます。なぜなら、日ソ不可侵条約を破棄して満洲に雪崩れ込んだことのあるあの国を、中国が心底信用するはずがないと思うからです。
また、アメリカ等西側諸国も、中国軍の一部が台湾正面に来なくなるので、ロシアの中立を友好的中立と見なして歓迎する面もあると考えられます。
そして、なによりロシアはアメリカ等西側諸国との無用な直接対立は避け、戦後に漁夫の利を得ようとするのは確実かなと。
次に朝鮮半島問題(北朝鮮による韓国への軍事的威嚇)が生起した場合は、以下のようになることが考えられます。
・アメリカ:韓国に軍事力を展開
・日本:周辺事態法等によるアメリカへの協力。本土が攻撃された場合は自衛権の行使
・中国とロシア:北朝鮮国境の部隊の増強、北朝鮮への間接的あるいは直接的協力
一見、北方領土関係ないみたいですね。
けれど、二つの事態で共通するロシアの動きがあります。中ロ国境におけるロシア東部軍管区の動きです。
台湾海峡問題が生起し中国軍の一部がここでの警戒を強めれば、当然東部軍管区も警戒を強めます。
朝鮮半島問題が生起しても、当然東部軍管区は朝ロ国境の警戒を高めます。大量の避難民の受け入れあるいは阻止、北朝鮮の自爆的な核使用(その影響は偏西風風下のウラジオストク周辺にも拡がります)、アメリカ・韓国両軍が掃討作戦を名目として火事場泥棒的にロシア国境を越境する可能性にも備えなければいけません。
つまり、東部軍管区部隊は大陸側の国境に貼り付くと言うことですね。
つまり、東部軍管区は、二つの事態のいずれかが生起すると、島嶼部防衛の切札である援軍を派遣しにくくなります。
ロシアにしてみれば、二つの事態が「伝統的に奇襲攻撃が好きな日本軍が、北方領土と彼等が自称するロシアの領土に対する上陸侵攻作戦を行うチャンス」と考えているのでしょう。
思い返されることは、以前プーチンが「日本に北方領土を返還したら、米軍駐留が懸念される。沖縄の例を見れば、日本の決定権に疑問がある」旨の発言をしていることです。(2018年12月21日付け朝日新聞 https://www.asahi.com/sp/articles/ASLDN6G0TLDNUHBI02R.html)
この発言は、報道した朝日新聞の意図とは関係なく、「国境とは潜在的な戦線、つまり本来的に領土は戦争によって奪い取るものだ」とロシアは考えていること、そして、日本もその例外ではないと警戒していることを明らかにしていると思います。
まとめ(2.5)の結論です。この演習の背景・目的・想定は、「近い将来、台湾と朝鮮半島で国家間対立拡大した際、ロシアの極東正面の戦力は拘束される妥当性が高いことを背景として、これら戦力の増援に依拠しているロシア東部国境の島嶼部の防衛を目的とし、サハリンと北方領土に駐留する部隊が対着上陸作戦を想定した」となるのでしょうか?
今回はこれで終わります。次回は演習に参加した部隊についてです。
ところで、云わずもがなのことですが、この演習には、核使用が想定されていません。本来ならば自国領土への軍事侵攻が行われれば、ロシアは先制核さえ使用するはずなのですが、想定していないと言うことは、恐らくアメリカの核による抑止が効いていると言う条件(アメリカの支援下で日本は北方領土奪還する)で演習しているのだと思われます。
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