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2021年8月26日の日本政府による北方領土軍事演習に抗議報道について

 今回は、これまでの「まとめ」をお休みして、苦手な即時性に挑戦です。
 材料は下の時事通信の報道です。

北方領土軍事演習に抗議 加藤官房長官
2021年08月26日
 加藤勝信官房長官は26日の記者会見で、ロシアが北方領土の択捉島周辺で射撃訓練を実施するとの航行警報を発出したことを明らかにした。その上で「北方四島に関するわが国の立場と相いれず、受け入れないと抗議した」と述べた。(https://www.jiji.com/jc/article?k=2021082600848&g=pol)

 この声明の根拠である航行警報と言うのは、海上保安庁HPで発表された以下のものと思われます。

(https://www1.kaiho.mlit.go.jp/TUHO/vpage/mobile/visualpage.html)
 択捉島の単冠湾と国後島南東部太平洋側にオレンジ色の印がありますが、これが航行警報で、クリックすると、

こんなのが出てきます。

 けど、印はちょっと小さい感じがします。私は雑なので緯度経度を1度=100kmでイメージするのですが、それにしても小さいです。10km×10km位なので、射距離10km未満(一般的にイメージする大砲の半分以下)の射撃訓練のようです。

 そこで、ロシア国防省HPを覗いてみると、該当しそうな記事がありました。20日です。

20.08.2021 (06:15)
Расчёты ПТУР на Курильских островах выполнили задачи по поражению надводных целей
クリル諸島で携帯型対戦車誘導ミサイル班が水上目標破壊任務を遂行した

В рамках стартовавшего полевого выхода артиллерийских подразделений военнослужащие мотострелкового соединения, дислоцирующегося на Курильских островах, отработали задачи по уничтожению надводных целей.
 スタートを切った複数の砲兵部隊の野外訓練の枠内で、クリル諸島所在の自動車化狙撃師団の軍人達は、水上目標の撃滅任務を訓練した。
На полигонах «Горячие ключи» и «Лагунное» под руководством заместителя командира общевойскового соединения расчёты  противотанковых управляемых ракетных комплексов  (ПТУР) на базе МТ-ЛБ выполнили задачи по поражению движущихся надводных целей имитирующих боевую технику и малоразмерные суда условного противника на расстоянии до 2000 метров.
「ゴリャチエ・クリュチ(訳注:択捉島の瀬石温泉)」演習場と「ラグンノエ(訳注:国後島ニキシロ)」演習場で、副師団長の統裁の下、MT-LB(訳注:汎用装甲装軌車両)登載型対戦車誘導ミサイル班は、仮想敵の兵器や小型船舶を模した移動水上目標を距離2,000mで破壊する任務を遂行した。
Данные комплексы предназначены для поражения визуально наблюдаемых, неподвижных и движущихся целей со скоростью до 60 км/ч.
この兵器は、目視できる固定及び60km/h以下で移動する目標の破壊用である。
Особое внимание при проведении учения было уделено отработке действий скрытного перемещения боевых расчётов по побережью, смене огневых позиций и маскировке.
演習実施に際し、各戦闘班の沿岸部での秘匿移動、戦闘陣地の変換及び偽装に関する行動の演練に特別な注意が払われた。
Военнослужащие использовали нестандартный метод маскировки боевых машин и расчётов переносных противотанковых ракетных комплексов. С помощью фальш-тентов, боевая техника приобрела облик ландшафта и слилась с рельефом местности, тем самым скрывшись с поля зрения условного противника.
軍人達は、戦闘車両と携帯型対戦車誘導ミサイル班の独創的な偽装法を駆使した。
 戦闘車両は、ターフによって地形地物の形状を得て現地に溶け込み、仮想敵の視界から隠された。
Для ведения разведки и корректировки огня противотанковыми управляемыми ракетами, военнослужащие применяли современные комплексы беспилотной авиации (БПЛА) «Элерон-3».
偵察と対戦車誘導ミサイルの射撃修正実施のため、軍人達は最新型ドローン「エルロン-3」を活用した。(https://structure.mil.ru/structure/okruga/east/news/more.htm?id=)

 この報道をまとめると、「ドローンを使って戦闘車両登載型対戦車誘導ミサイルを2km沖で60km/hで移動する海上目標に当てる訓練をした」と言うことです。なぜこんな複雑な訓練をしなければならないのでしょうか?

 まず①ドローンと対戦車誘導ミサイルのスペックを確認し、②どう組合せたら2km沖の水上目標に命中できるか、そして③その高速(普通の船舶の3倍以上)で進む水上目標って具体的に何かを考えたいと思います。

① ドローンと対戦車誘導ミサイルのスペックは?

  ドローンは「エルロン-3」とされています。Wikipedia(ロシア語版)を一部抜粋すると、

Максимальная дальность ведения разведки в режиме «на связи», км не менее 25
「通信可能」での最大偵察距離は25km以下。

визуальный поиск оператором объектов разведки в режиме реального времени;
обнаружение и распознавание объектов разведки;
オペレーターによる偵察目標のリアルタイムでの目視捜索、発見、識別用。(https://ru.m.wikipedia.org/wiki/%D0%AD%D0%BB%D0%B5%D1%80%D0%BE%D0%BD-3)

と記載されています。画像では分かりにくいですが、大きさは1m程度のドローンです。25km位の最大偵察距離ならば、単純に8km進出飛行・8km偵察飛行・8km帰還飛行で、偵察時の高度を考慮すれば10km先も楽にリアルタイムで把握できそうですね。

 一方、戦闘車両登載型対戦車誘導ミサイルはMT-LBの改良型である9P149に登載された対戦車誘導ミサイル9K114「シュトゥルム-S」です。この兵器は標準的なものですが、この兵器が北方領土に装備されているかは定かではありません。「多分、これかあるいはこれに似たものだろう」と考えられるので、便宜上これを考察の基準にします。
 やはり、wikipedia(ロシア語版)の一部抜粋によると、

Скорость поражаемых целей:
фланговая — до 60 км/ч
фронтальная — до 80 км/ч
命中可能な目標の速度
  横移動:60km/h未満
  縦移動:80km/h未満

Дальность стрельбы: 400-5000 м 
射距離:400~5,000m

Для управления стрельбой разработаны специальные программы, которые позволяют ракете на первоначальном этапе лететь как по линии визирования, так и по траектории выше линии визирования, а при подлёте к танку на расстояние 1000—1500 метров она опускается и поражает цель (режим «Пыль»). 
射撃のコントロールのため、特別なプログラムが作成された。それは頭初段階ではミサイルが照準線上を飛行、その後の照準線を越えた段階でも弾道を維持し、戦車との距離が1,000~1,500m に接近した際に降下して目標を破壊することを可能にしている(打ちっぱなしの状態)。(https://ru.m.wikipedia.org/wiki/%D0%A8%D1%82%D1%83%D1%80%D0%BC_(%D0%9F%D0%A2%D0%A0%D0%9A)     

  どうやら、このミサイルの基本的な誘導方式は「半自動指令照準線一致誘導方式」のようです。照準手が目標をじっと照準し続けると、そこにミサイルが飛んでいくと言うものです。
 けれども少し進化してて、だいたいの方向に向けて射撃しても勝手に命中するみたいに書かれてますが、この説明ではよく分からないので、取り敢えず基本的な誘導方式を使うとして、射距離は5km以下で考えましょう。

②どう組合せたら2km沖の水上目標に命中できるか?

  ここで、兵器のスペックと、海上保安庁が発表した航行警報海域の大きさやロシア国防省の報道をまとめてみます。

 ドローンの偵察距離(往復があるので)8kmは、航行警報海域の最長部の距離約10kmと、ミサイルの命中可能な目標の速度80km/h未満及び射距離5km以下は、それぞれ国防省報道の60km/h、2kmとほぼ合致しているようです。

 ところで、海岸に立って肉眼で見える水平線までの距離は4km程度で、それ以上沖の物は水平線の向こう側なので見えません(漁師さんに教わったのでかなり正確だと思います。数学上はもうちょっと見えるらしいですが、実際は天候とかありますしね)。つまり、ミサイル班は概ねの方向を伝達されてはいるものの、目標が見えてから2km移動する間(60km/hだと2分間)に照準・射撃することになります。

 訓練の全体像としては、ドローンが8km沖で偵察飛行、敵の小型船舶を発見次第対戦車誘導ミサイル班に目標の位置や方向を伝達、4km沖で同班が目標確認、確認後2分間で照準、2km沖まで引き付けて射撃と言う流れでしょうか?
 天候に左右されるのでこの2分間はもっと短くなるでしょう。照準手はバクバクでしょうね。

③その高速(普通の船舶の3倍以上)で進む水上目標は?

 以前書きましたが、着上陸の一般的適地条件は砂浜です。しかし、砂浜は遠浅である場合が多いので喫水の小さい小型船舶でも座礁する可能性が高い地形です。
 そこで60km/hで移動できる水上目標って何でしょうか?
 喫水が最小で自動車並みに速く走る船は、もうこれしかない。まさに「喫水0mで速度約90km/h」の上陸用エア・クッション艇です↓。

(画像は海上自衛隊HP)

 今回の「日本政府、北方領土軍事演習に抗議報道」を深掘りすると、ロシアは、上陸用エア・クッション艇を使って、日本が北方領土を奪取しに来るだろうと考えているようです。
 それに対し、現地の軍人達は現行の装備兵器(ラジコン飛行機みたいなドローンと旧式対戦車ミサイル)を何とか工夫しながら対処することしかできないのかぁと、何だか涙ぐましく感じた人もいるでしょう。
  
 しかし、、ロシア国防省は、この訓練報道の前日にも北方領土の別の訓練に関する報道を行っています。

19.08.2021 (10:50)
С военнослужащими пулемётно-артиллерийского соединения на Курильских островах завершилась командно-штабная тренировка
指揮・参謀部演習がクリル諸島の機関銃・砲兵部隊旅団軍人の参加と共に終了した
С военнослужащими пулемётно-артиллерийского соединения армейского корпуса Восточного военного округа (ВВО) на Курильских островах состоялась командно-штабная тренировка.
指揮・参謀部演習は、東部軍管区の軍団隷下のクリル諸島に所在する機関銃・砲兵師団の軍人の参加と共に終了した。
Личный состав соединения после подъема по тревоге совершил марш в заданные районы, где подразделения в самые короткие сроки развернули новейшие автоматизированные системы связи, полевые пункты управления и приступили к выполнению учебно-боевых задач.
 師団の兵員たちは警報発出後示された地域へ行軍し、ここで最新型自動通信システムと野外指揮所を最短時間で展開し、教育・戦闘任務の遂行に着手した。
В период проведения КШТ военнослужащие-связисты обеспечили командование соединения непрерывной связью с подчинёнными силами и средствами.
 指揮・参謀部訓練実施間、通信兵達は隷下の人員と兵器との間断ない通信によって師団司令部を支援した。
В рамках общей автоматизированной системы управления с учётом сильно пересечённой местности и сложных природно-климатических условий военные связисты организовали обмен секретными данными между абонентами.
 起伏にとんだ地形や複雑な自然気象条件を考慮した統一自動指揮システムの範囲内で、通信兵達は、複数のチャネル間で秘密データの交換を準備した。
Кроме того, военнослужащие отработали взаимодействие подразделений при использовании современных радиостанций средней мощности, станций космической и спутниковой связи, мобильных станций связи, цифровых радиорелейных станций и малогабаритных станций спутниковой связи на базе автомобилей повышенной проходимости КамАЗ-4350 и бронеавтомобилей «Тигр-М».
 その他、軍人達は、最新型中出力無線局、宇宙通信、衛星通信、移動無線局、デジタル中継局、踏破性がアップされたKamAZ-4350と装甲車「チグル-M」登載の小型衛星通信機の活用によって部隊の相互活動を演練した。
В тренировке приняли участие более 500 военнослужащих пулемётно-артиллерийского соединения армейского корпуса ВВО, и было задействовано около 100 единиц вооружения, военной и специальной техники.
 訓練には、同師団の軍人500以上が参加し、兵器装備約100が共同した。(https://structure.mil.ru/structure/okruga/east/news/more.htm?id=12378145@egNews)

  いわゆる、人工衛星やITを使った戦闘指揮システムの運用訓練です。さっきの貧しい中での必死の遣り繰りしている部隊という鬱展開はどこへ。

 これら一連の報道の流れから見れば、ロシアが軍事レベルで日本に対し北方領土(ロシア的にはクリル諸島)防衛の本気度を軍レベルで示す一方、日本は外交レベルでいつものような批判声明を出して無視したと言う感じでしょうか?。

 私としては北方領土のロシア兵達に敬意を示す意味でも、ミサイルを避けるために高速で蛇行するエア・クッション艇の迫力映像をバックに加藤官房長官がニコニコしながら批判声明出すというのが良かったと思います。

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