最後の花
とある町の小さな花屋。店内には様々な花が並び、季節ごとに色とりどりの花が咲き誇っている。静かな午後のひととき、店主のミカはカウンターで小さな本を読みながら、ぼんやりと外を見ていた。
店の外には、花を買いに来た客たちが行き交う。彼女は、どこか無理に笑顔を作ることなく、穏やかな日常を感じていた。
「ミカちゃん、これお願い!」
店の扉が開き、ひとりの少女が駆け込んできた。髪をショートにしたその子は、少し元気がないように見えた。
「どうした、アヤ?」
ミカは本を閉じて、アヤに声をかけた。アヤは少しうつむきながら、カウンターに近づいてきた。
「私、最後の花を買いたいの。お母さんが、もう長くないって言って…」
その言葉を聞いた瞬間、ミカの心は凍りついた。アヤはまだ15歳の少女だ。そんな彼女が、母親のことをそんな風に話すことをミカは信じたくなかった。
「アヤ…」
「最後の花なんて、変なこと言ってるかな?」
アヤが顔を上げて、少し照れくさそうに笑った。しかしその笑顔は、どこか儚く、寂しさを隠しきれないようだった。
「お母さん、ずっと花が好きだったの。だから、最後の花として何かきれいなものを送りたくて…」
ミカは少しの間黙って、アヤの目を見つめていた。やがて、店の奥にある花々の中から一輪の花を選んで、彼女に手渡した。それは、紫色のヒヤシンスの花。深い色合いが美しく、まるで星空のように輝いていた。
「これが、最後にふさわしい花だと思う。」
「本当に…?ありがとう、ミカちゃん。」
アヤは花を手に取り、その香りをふんわりと吸い込むように深呼吸した。
「お母さんもきっと喜んでくれるよ。ありがとう。」
「大切な人に贈る花だから、きっと心に残るはずだよ。」
アヤは花を大事そうに抱え、ゆっくりと店を出ていった。その後ろ姿を見送りながら、ミカは胸の奥で何かが締め付けられるような感覚を覚えた。
「あの子も、きっと強くなれる…はず。」
ミカは静かに言葉を呟き、店内を整理し始めた。
外では、もう夕暮れが近づいていた。町の灯りが少しずつともり、空が茜色に染まっていく。
その時、店の扉が再び開いた。
「ミカさん。」
振り返ると、アヤの母親が立っていた。少し疲れた顔をして、けれど穏やかな笑顔を浮かべている。
「お母さん!」
アヤの母親は、穏やかな目でミカを見つめた。
「ありがとう、アヤに花を選んでくれて。あの子、あなたには感謝していると思う。」
「いいえ、アヤが強くなるためにできることがあったら、何でもしたいと思っています。」
「あなたも、どうかお幸せで。」
その言葉を聞いた瞬間、ミカは胸が熱くなるのを感じた。アヤの母親は、どこか幸せそうに微笑んで、店を後にした。
ミカはしばらくその場に立ち尽くしていたが、やがてふっと息をついて、店の中の花々を見渡した。どれもこれも、手を伸ばせば触れられそうな距離にある。それでも、何かひとつを選ぶことはできない。
「いつか、私も…」
ミカはつぶやいた。
「誰かに贈る花が見つかるといいな。」