首相辞任/国は故郷ではなく機関に過ぎないと思う
安倍首相が、持病の悪化により辞任する。
こちら(メキシコ)では、昨夜のニュースとして入ってきた。
今朝、夫とメッセージのやり取りをしていて、その話題になった。
(夫)これから、安倍政権とは別の意味で、日本の政治が停滞するんだろうね
(私)また、なにも進まないグダグダな感じになるのかな?
(夫)おそらくね。自民党内で短期間で首相が交代して、でも民主党政権のトラウマがあるから、野党政権はこの先数十年は実現しないと思う。長い停滞に入る予想
(私)決定的な停滞がこうしてはじまるのか。その閉塞感に自分の人生を取り込まれたくない。そう思うのは身勝手かな
(夫)同感だな
(私)個人と国の関係は、御恩と奉公みたいなものであるべきじゃないと思うんだよね。国をよりよくする責任は私にはないと思う。
(夫)義務と責任モデルで考える人はとても多いよね
(私)うん
(夫)自分たちも国の制度の恩恵を受けることはあるが、それは権力者がそうしたいからそうしているだけで、最終的には知ったことではない。一方で、国を捨てることで不利益を被ることはあるだろうけど、その時は全力で国に保護を求める。それが戦い方だと思う。
(私)そうだね。感傷的になる必要ないんだよね、国家に対して。国家は機関であって、土地とか故郷とかではない。帰属の対象じゃない
(夫)そう、機関なんだよ、できるかできないかだけ
私の場合、愛着があるのは日本という国に対してではなくて、もっと狭い範囲だ。それはたとえば、子供の頃に見て育った景色。
「日本」は、その場所を含む範囲にまたがる機関。
(どうでもいい事項)
この記事のタイトルをどうしようかと考えて、すぐに浮かんだのは「安倍さん首相やめるってよ」。
検索してみたら、すでにそのようなタイトルのブログ記事や動画がたくさん出ている。朝井リョウの言語感覚、すごい。
その軽い受け止め方が、今の気分なのだろう。
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