二杯の珈琲 【第一話 カフェラテの恋煩い】
取材・文=𠮷川幸歩(N高7期・通学コース)
第一話 カフェラテの恋煩い
喫茶店シェアトの扉を開けると、今日も香ばしいコーヒーの香りが漂っている。
一歩店内に入ると同時に、喫茶店の外へと飛び出していく女子高生とぶつかった。
私はよろけて躓きそうになったが、テーブルに支えられ倒れずにすんだ。
とっさに横を見ると、美麗な横顔と光を灯した瞳が目をよぎる。
不意に、彼女の背中を押した。
「いってらっしゃい。」
向かいに座っている丸メガネを着けた女子高生は、私と同じ学校の同級生の橋宮。
セーラー服とお揃いのキーホルダーが大量についた鞄。これが友達の証、というやつなのだと橋宮に教えてもらったが、あまり好きではない。
カフェラテを一口飲み、ふぅ、とため息をついて私は話を始めた。
「で、橋宮、相談って何?」
「うん、それがね……。」
誰にも言わないでよ、と俯きながら言う。丸メガネをかけ直す所作が映えている。
「実は……私、菅生くんのこと……す、好きになっちゃって……。」
一瞬頭の中が真っ白になった。数秒たって頭の中が整理され、咄嗟に声が出た。
「えええええ!?あの橋宮が!?」
「……うん。」
「恋愛なんてもう興味ないって言ってた橋宮が!?」
「……うん。」
「一人の方が気楽だって言ってた橋宮が!?」
「……う、うん。」
「あんなに男運なさすぎるはし……。」
「もういいから!!!一旦ストップ!!!」
橋宮の声が店内に響いた。私と橋宮は我に返り、橋宮がまた顔を赤くした。
私たちは一旦落ち着こう、と先程運ばれてきたカフェラテを飲む。甘さが頭をすっきりさせた。
少し落ち着いたところで、会話に戻ることにした。
「……いつから好きだったの?」
「……10月の文化祭の時から。」
驚きのあまり、変な顔をしていたのかもしれない。私の顔を見た橋宮の口角は少し上がっていた。
「え…本当に…?」
橋宮は落ち着かなそうな様子を見せるが、小さな声でうん、と返事をした。
「準備とかで関わってて仲良くなってさ。……それと……。」
「……それと!?」
私は食い気味に顔を近づける。
「終わった後、みんなでもんじゃ食べに行ったでしょ?終わって家に帰ってから鞄の中見てみたら、手紙が入ってて……。」
一つ間をおいて、彼女は言った。
「す、好きって書いてあった……。」
「……。」
「いやでも違うよね!?私なんか好きになるわけないし、絶対間違えて入れちゃったんだよ!!!」
初めの頃は驚きと楽しさが混じっていたが、この一言で私は切り替わった。
「……あのさあ……それ絶対橋宮のこと好きだって!!!」
勢い余って大きな声を出してしまった。橋宮は恥ずかしさからなのか顔を手で隠している。
「それに、橋宮だって菅生のこと好きじゃん!?なんでそういうネガティブな方向に行っちゃうわけ!?」
「……好きだよ……好きだけど!!」
口をつぐんで、橋宮は俯く。
「……だって。」
またか、と言葉を発しようとした瞬間、僅差で彼女が言葉を紡いだ。
「好きって気持ちが分からなかった分、分かった時は本当に嬉しかったし、心があったかくなったんだよ。だから、私が何かして壊れちゃうのが怖い。」
私は出かけていた言葉を飲み込んだ。橋宮はずっと俯いている。
「……橋宮は自分が気づいてないだけで、素敵な人だよ。
人の気持ちを考えすぎちゃうところも。
メガネかけてたら地味になっちゃう癖に、外すとめっちゃ美人なところも。
女の私でも好きになっちゃいそうなくらいに、素敵な人。」
だから、橋宮なら大丈夫。
彼女の表情が、心なしか和らいだ気がした。
ピコン、と彼女の携帯から通知音が鳴る。
「メールで、大事な話があるから来ないかって……。」
橋宮の揺れ動く瞳の先には、細いけれどしっかりした光が見える。
ずっと”その”気持ちが分からなくて、周りに共感もできなくて、孤独だったのだろう。
自分と似ているあなたの、背中を押してあげたい。
私は声を振り絞って言った。
「行ってきな」
「……うん!!」
ケーキの最後の一口を頬張って、丸メガネを忘れて立ち上がった。
鞄を乱暴に手に取り、店内を駆けていく橋宮の横顔は、今までのどんな橋宮よりも美しかった。
向かい側に残ったカフェラテは、静かに水面を揺らしていた。
※第一話 完