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関西演劇祭2023全上演感想/劇団FAX『追想せる住人』

劇団FAX『追想せる住人』ゲネプロ。

メタ構造でなければ描くことのできない葛藤と悲しさと優しさと奇妙な希望。素晴らしいと思いました。
素朴に見えて、実に多彩な技巧のつまった演出、そして俳優の体が覇気に満ちています。

劇団FAX『追想せる住人』初日。

物語の着想と演出手法がすごい、前代未聞の優しい殺人ミステリ。
主人公の心を救うため、その友人が、ありもしなかった自分による殺人を立証しようとする物語なのです。
雪の降り積もる町で、
3年前に自殺した夫をなぜ救えなかったのか、という想いに囚われる主人公。
その心を救うために、あれは自殺じゃない、自分が彼を殺したんだから、という嘘をつこうとする友人。

どうしても無理があるこの嘘を成立させようとするガムシャラな彼に、
やがて熱にほだされたかのように、周囲の人たちが助け始め、
ついには回想シーンの中の死んだはずの夫までが協力するという超展開。
皆が四苦八苦して、この優しい「逆謎解き」に挑むのです。

それはファンタジックな嘘でしかないかもしれないけれど、
それでもとうとう最後には、
「夫を殺したあなたを一生許さない」という、
まるで恨みごとのように聞こえながら、彼女が救われたことを示す、
希望に満ちた言葉が発せられるのでした。

この優しい殺人を成立させるキーとなったは、
雪を溶かすほどの友人の情熱と、雪を溶かすとある間抜けな「熱」なのでした。
まるで主人公の心に降り積もる重い不透明な雪を、熱が溶かしたかのようです。

私達物語の作り手は、
あり得ない出来事を、ただ作り話にしかすぎないような出来事を、いつも書いています。
だけど、作り話にすぎなくても、
それは一つの小さな可能性を現実につけくわえ、
夢や願いを誰かに伝えられるかもしれない。

そんな希望に挑む物語でした。

物語のすべては降り積もる雪の中で行われます。
すべてを覆い尽くすのは、闇ばかりではないのだ。

この箱が、「部屋」になったり「過去」になったり「仮説」になったりする。

劇団FAX『追想せる住人』2ステージ目。

とてつもない失意の中にいるイナミの悲しみが常に、
<演技 ✕ 雪の降り積もった白い世界>
で表現され続けることが切ない。

その悲しみをなんとかして溶かそうとするシュンペイの、
優しさと熱さが常に、
<演技 ✕ 赤い衣装>
で表現され続けることが温かい。

このふたつの気配と温度を、味わい続ける45分なのだと、
改めて思いました。
繊細でしっとりとした演出と、
ケレン味のある楽しい演出が同居していることも、
きっと
冷たい悲しみ vs 温かい絆
そのふたつが反応してゆく物語だからなのかもしれません。

仮定のエピソード、あるいは過去の光景、
それを表現する白い箱が、
中にいる人物ごと移動して
今のイナミの伸ばす手から遠ざかってゆく演出が途中にあり、
それが素晴らしかったです。

誰の人生にも、
あのあたたかなシュンペイがいて欲しいなあー

劇団FAX『追想せる住人』3ステージ目。

1ステージ目、2ステージ目と、
演者の演じる熱が上昇してゆくのを感じてしましたが、
この3ステージ目。
冒頭のイナミのモノローグからその声の圧、気持ちの圧がものすごく、
そのモノローグは、
降り積もった雪の重さと硬さと不透明さを
体現しているのだと、私は理解しました。

イナミは悲しみの雪の中で遭難しているのだと、
はっきり感じられる。
そんなオープニングでした。

シュンペイは、その豪雪の中に単身飛び込んでゆく
救助者に見えます。
彼が手に取るロープは、
遭難者であるイナミを救い出そうとする命綱のようでもありました。

これは謎解きの変形ストーリーなだけでなく、
究極のサバイバルストーリーでもあるんですね。

最後の上演でも、
「一生許さない」という雪解けの言葉が、
痛烈な希望の余韻となって心に残りました。

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