戯曲『白血球ライダーについてのインタビュー集』 作・西田シャトナー
※はじめに
※物語はすべて、この世界に住む様々な人々のインタビューによって構成される。
※俳優は、自分の言葉で自然に語ることができるよう、台詞を自由に変えて良い。むしろ変えて欲しい。なんだったら、きちんと覚えず、思い出し思い出し喋ってもいい。
(この戯曲は、惑星ピスタチオの1999年の公演『白血球ライダー2000』のあとで後日談として執筆し、2001年にラジオドラマとして公開されました)
#1 映画監督 ジョージ・ロンドン(脳細胞)。
街を歩きながら、インタビューは行われている。
公園、繁華街、駅、電車の中、至る所で彼はインタビュアーに答える。
ロンドン「この街はね、僕が育った街。大脳皮質平原でも一番大きい。年寄りだって、ほとんど全部が脳細胞だから。映画作るにはもってこいの街だよ。
ロンドン「別にね、自分が脳細胞だからとかね、そういうんじゃないんだよ。映画監督を始めたのはね、最初は遊びだったんだな。ただね、1本映画作って見たらね、監督やるのってムチャクチャ面白かった。こんないいオモチャ、俺知らなかったぞ! オレしたことないけど、たぶん細胞分裂するよりずっとイイんじゃねえかな。それまではただ自分がモノを覚える、それが仕事だったな。それが、映画というね、何かを作って他の細胞に見せる作業をやって。なにか、うわーっときたね。
ロンドン「今度の映画は半分ドキュメンタリーというか。地味だったから。いや、地味地味。白血球ライダーの戦い自体はね、そりゃ派手だよ。ガン細胞と戦ったんだもの。新世界の出産とか、あったしね。でも実際に起こったことを映画にするというのはね、これは地味よ。現実の出来事は、ドラマティックにキチンと並んでないもの。あれ?っていう順番で、ムチャクチャに並んでんだな。だからどの記憶野スタジオも投資してくんなかった。制作費、自分のグリコーゲンじゃ足りないくて、いっぱい借りた。仲間の監督とか、ダチとか、もう俺が知ってる脳細胞全部からグリコーゲン借りたなあ。
ロンドン「これ言うと“なんだお前が”って言われそうだけどさ。使命感みたいなのも、あったよ実は。あの事件をね、忘れちゃいかんなあと思ってたのよ。もうみんなさ、忘れかけてるだろ? 無理ないよ、白血球ライダー自身がさ、あんなになっちゃったわけだから。もう白血球の面影もないわけだから。でもあいつが戦ってくれたおかげで、今の世界がある、それは忘れちゃいかんと。一細胞としてね、卑怯だと思った。
ロンドン「どうやったらこの映画のトーンをいい感じにもってけるか、それはすごく悩んだ。これは間抜けな子供映画じゃないわけだよ。メッセージがある。踊って殺して笑って、なんて映画じゃない。でも娯楽作品じゃないと受け入れられないのはもちろんだしさ。
ロンドン「あの変身シーンを作るために、免疫警察へ行って、警察学校のデータバンクから、訓練生だった時のシロー・シロガネのデータ持ってきて。そっから、デザインを作った。でも変身のあとの、白血球ライダーのデザインが、最初、化け物みたいなんだよ。俺は“ダメ、ダメ、ガン細胞に改造されたからといって、化け物じゃないんだから。英雄だった頃の姿なんだから”と。延々デザインしなおして。確かに想像力で強化されてるけど、俺は、あれこそが、本当の白血球ライダーの姿だと思う。観客の感想で多いのは、すっと受け入れてたっていうんだ。あの姿をさ。すっと。
ロンドン「もしこの映画が何かを達成するとしたら、ビジョンだね。世界がこうなればいいっていうさ、誠実なビジョンなんだな。歴史を題材にしたのは、やっぱりさ、そのビジョンのバックボーンは歴史だからね。細胞たちみんながこの映画を見て、それで、未来や別の世界や冒険の可能性に目覚めてくれることだと思うね。僕らが細胞分裂して増えるのと同じように、世界そのものだって、新しい世界を生み出してる。出産、っていう細胞分裂をしてる。それは宗教じゃなくて、ホントのことなんだ。今はこんな時代で、この世界はもう終わりかもしれないけど、いつかホントに終わりになって、みんな死ぬ時がきても。新しい世界はもう生まれてるから大丈夫なんだっていうさ。自分たちが終わっても全部終わりなんじゃないんだ、新陳代謝なんだという。そういうビジョンだな。
#2 医師 ナカムラ・ソクラテス(血小板)。
ER病院の喧噪の中、インタビューは行われている。
おろらくは病院のロビーであろうか。
患者や看護婦が往来し、担架のようなものも行ったり来たりし、
エレベーターが開閉し、子供の泣き叫ぶ声が響き、
時折、患者を呼ぶ受付の声なども聞こえる。
ナカムラ「“先生はガン細胞主義者なんですか”ってね。しょっちゅうきかれますからね。なんでそう思うかなーと(笑)。はっきり言ってるんですけどね。もちろんガン細胞主義者なわけないですよ。そういう医者がいるにはいるけれど。私は違いますよ。もちろんバクテリア擁護派でもないですしね。それどころか、フロイト主義だって全面的には信じてないですから。循環器系政府だけじゃなくて、一般に流布してるイメージでいうと、セルショッカーというのは、ものすごい超能力を持ったガン細胞という感じでしょ? セルショッカーという、一握りの悪い細胞の秘密結社が、大腸大陸の細胞市民を支配しているという。でもね、それはね、実状とは違いますね。セルショッカーのガン細胞にもいろんな人がいるし、大腸市民そのものがセルショッカーの場合もあるしね、簡単に外からどうこういえない。
ナカムラ「初めて大腸シティに行った時はねー、消化器官山脈の一番高い山で、ティリチミールって柔突起があって。そのティリチミールを登る血小板の登山隊にね、医師として参加したんですよ。そしたらね、行く道々、凄い病気の細胞がいっぱいいるわけ。あれがね、ウィルスかなんかと思ってたら、ガン細胞の街がね、近くまでもう出来てきてたんですよ。
ナカムラ「白血球ライダーがやってきて以来、あそこはめちゃくちゃになったんですよ。それはホント。もの凄い戦いになって、街の3分の2くらいが破壊されましたね。彼はね、確かにセルショッカーを倒す超人でもあったんだろうけれどね。しかし、街の細胞たちからみれば、台風に襲われたも同じですね。市街戦、略奪、婦女暴行で、もとは市民軍だったホクトの軍も狼藉の限りを尽くして、みんなおちおち外に出ることもできない状態でしたね。
ナカムラ「白血球ライダーより、ある意味、セルショッカーの支配の方がまだましだった。あのね、セルショッカーが強制してる法令というのは、大半は、もともとの大腸大陸の風習なんですね。たとえば女性はベールを着用せよって布告も、一昔の心臓工業地帯で、心臓市民はツナギを着なさいというのと等しいわけです。肺高原の者は1日2回呼吸しなさいというのと同じで、大腸ではなんの問題もなかったんです。セルショッカーが大腸シティを占領したときに、一般の女性はほっとしたんですよ。それまで、ホクトの軍が来たり、免疫警察くずれが来たりして、美人を見たら家まで押し掛けてきて連れ去ったり、婦女暴行は日常茶飯事で、皆怯えていましたからね。私は胃袋中央政権の時代も含めて、内戦時代からさまざまなゲリラ党派をずっと見てきてますが、セルショッカーが一番血なまぐさくないですね。ガン細胞だから残酷というのは偏見ですね。
ナカムラ「連続多発大災害からこっち、なんだかおかしいですよ。あちこちの街が壊死しはじめてる。昔なら、空に異次元への亀裂が出来ても、何年か経てば閉じた、治ったというじゃないですか。でも、今は一向に閉じる気配がないですよね。大脳シティの脳細胞市民も、たくさん死んでる。…………どうでしょうかね。私は、いくらガン細胞であろうと、脳細胞の街まではいけないと思うんですよ。免疫警察だって、脳にだけは入れないっていうじゃないですか。それに、セルショッカーは今、大腸大陸のグリコーゲンだけでやっていけてるんですよ。行く必要ないですからね。
ナカムラ「私の活動は、援助活動ですから。腎臓で貯めたグリコーゲンがあるし、無給でいいんですよ。それはね、まっとうな医者のね、職業意識なんですよ。血小板に生まれた者の本能といってもいいけど。私は医者だから、一人一人の細胞に、必ずアンタは治ると、そういう風にしか世界を照らせない。世界情勢がどうこう、世界が終わりそうだとか言っても、結局世界の大多数の細胞たちは、それぞれの自分の社会の中で一生懸命生きてるわけです。いろんな制限のある社会の中で踏ん張ってこそ、細胞は地に足のついた生き方ができるんじゃないでしょうかね。
#3 バイクチューナー ファストマン・パイン(白血球)。
のどかな昼下がりの川辺。
川音の上を風が渡ってゆく。
遠くでオフロードバイクのエンジンをふかす音が聞こえる。
あちこちで、鳥が鳴いている。
時折、空を、歯車のようなウィルス生命体が飛んで行く。
ファストマン「うちらの高校時代っていうのは、赤血球とかホルモンとか、いろんな細胞がみんなバイクに乗り始めて、まあ暴走族の全盛時代だったんですよ。それで、うちの高校も、免疫警察官の勉強よりも、そういう、バイクに乗りたい白血球だらけだったわけで。シロー・シロガネは、その頃からの噂の白血球で。凄い走り屋だって。赤血球よりも速いって噂もあったし。だけど当時は全然信じてなくて、“馬鹿、白血球が赤血球より速いわけねえだろう”って感じでしたね。
ファストマン「学校卒業して、免疫警察の機動部隊に入りました。理由は、マクロファージ戦闘機乗りになりたかったんですよね。酸素バイクのあの疾走感とか、風を切る感じの上は、飛行機かなと。結局乗れなかったんですけどね。あれはエリートじゃないと。士官学校出て、幹部候補生で入るとか、あらかじめマクロファージ乗りとして生まれてくるとかじゃないと。僕は全然自分の能力が追いついていかなかったんです。でも3年いました。それはほとんど、意地ですね。
ファストマン「そこでね、一回、セルショッカーが送りこんできた強化ガン細胞を倒すために出動した時にね、機動部隊みんなでマクロファージ戦闘機に乗って出動したんですよ。もう凄い速度でね、マクロファージ戦闘機というのは。それをね、一台の酸素バイクが追い抜いていった。信じられない速さですよ。速いだけでなくて、凄いパワー、衝撃波みたいな。あれ誰が乗ってるんだってみんなワーってなって。それでね、僕らが現場についたら、もう、セルショッカーの攻撃隊が全滅してるんですよ。“あ! あいつだ!”と思いました。
ファストマン「変身しましたね。もうあたりの血液が震えてるんですよ。“あ、このパワーだ、さっきのあいつだ”とわかった。でも見ると、普通の白血球の若者で。ただ、機動刑事のバッジはつけてない。そんなやつがバイクから降りて、バクテリア巨獣を見上げた。なんでだかわかんないけれど、そん時、僕、バイク好きだった高校の頃のこと思い出して、“あ! こいつがあの、伝説のシロー・シロガネか”と思いました。オーラが噴出してるというか、圧倒的でしたね。体が突然かがやいて、あの、白血球ライダーの姿に見る見る変わっていった。見てた機動刑事の中には、腰が抜けて逃げ出すやつもいた。爆発するのか、と思うくらいの光でしたからね。“超人”としか思いませんでしたね。“あー、超人がきた”みたいな。その超人が、弾丸みたいにバクテリア巨獣に突っ込んでいって。殴ると、巨獣の体がふっとぶんですよ。信じられない光景でしたね。あー、こんなことが起こるんだなあ、あり得るんだなあと思いました。巨獣が熱爆発させられて、機動刑事も巻き添え食っていっぱい死んだけど、結局、あの超人がこなかったらもっと死んでましたからね。
ファストマン「同時多発災害の時代にはね、しまいには、あいつが災害を引き起こしてるんじゃないかっていう人もそれは現れますよね。でも僕ら現場の刑事たちは、絶対違うって思ってた。あいつの目的は何かわかんないけれど、すくなくとも敵ではないとおもってた。だって、白血球の姿してるんだしね。
ファストマン「僕が機動刑事やめたのはね、結局性にあわなかったんですよ。僕はやっぱりバイクに乗りたい、走りたい。マクロファージ戦闘機のパイロットは無理でも、せめてバイクに乗りたいと思った。あの超人のものすごい走りを見た影響はデカイですよ。まさか自分がああなれるわけないけれど、でも、もう見てしまったからね。知ってしまったから。どうせ世界ももう終わりみたいだし、それなら好きなことやろうって。今はおかげさまで、バイクでメシ食えてますけれど、その時はそれだけ。バイクに乗りたいだけでした。間違ってなかったと思ってますけどね。
#4 ジャーナリスト ヤン・ファクター(膵臓細胞)。
肝臓工業地帯。
発展途上国の劣悪環境の気配が街に漂うが、実は衰退期。
大がかりな機械があちこちで動き、所々では炉が燃えている。
トラックが行き来する。
上空を何度も輸送へりやジェット機が飛び交う。
遠くで休憩時間の始まりや終わりを告げるサイレンなども鳴る。
ヤン 「私がね、ジャーナリストとして強烈に差別問題を考えるようになったのはね、Fさんと出会ってからですね。 Fさんというのは、名前は言えないんだけど、移民肝臓細胞でね。私はもうこの人に、いろいろな場面で触発されたというかね、影響うけましたね。それはもう、ジャーナリストとしてというより、一肝臓細胞としてですね。 Fさんにはいろいろ教えられましたね。
ヤン 「前にね、肝臓の細胞が、白血球の警官を暴行して殺したという事件があって。ガン細胞の化け物になった肝臓細胞が、パトロール中の女刑事を襲って、食っちゃったのよ。犯人はね、ガン細胞になってしまってるから、手が付けられなくて、なかなか捕まえられない。Fさんは、どこからか、その犯人が、もと移民肝臓細胞であるという情報を仕入れてきて、むちゃくちゃいうのね。“やっぱり思ったとおりだ”とね。“あんなに変態じみたことするのは、移民の細胞だと思ったよ”と吐き捨てるように言うんですよ。……私はFさんが移民の街出身だってこと知ってる。なのにまだ続けるんですよ。“移民はいやらしくてえげつないんだ、これは変えようのない血なんだ、もしオリジナルの肝臓細胞ならこんなことするわけない。私はもう返事のしようもなくて。悲しくて、その日はしこたま飲んだな。
ヤン 「別の取材でね、とある細胞マフィアを取材したとき、あるボスが凄く怒って、移民に対して、罵詈雑言を並べたこともありましたね。“ほんま、あいつらは意地汚い。マフィアの仁義も、あいつらがねじ曲げておかしくしてしまった”、そう言ってました。“あいつらは、ここ一番の時にはやっぱり本性がでる。オリジナルの肝臓細胞とは別や”、そう言うんです。それで私は率直に、“自分は膵臓出身で、そういった問題を深刻に考えたことはありませんけれど、でも、私は移民の本性がそうだとは思いません”っていったんですよ。そしたらそのボスは、黙り込んでしまってね。それで、そのあと、ぽろぽろと、涙をこぼしたんですよ。ずいぶんあとで知ったんだけど、そのボスも移民細胞の街出身だったんですよ。なんとも不思議な気分になりましたね。ええ。
ヤン 「白血球ライダーのことをね、Fさんは時々言いますね。“あいつも絶対、もと移民だ”って。白血球に、移民はいないはずなんで、そんなことありえないんですけれど。でも酒を飲むとね。さっきのボスもね、似たこと言いますね。“白血球ライダーは、絶対、元移民の白血球だ、オレにはわかるんだ”と。ほんとは、白血球ライダーは、セルショッカーに改造されて化け物白血球になったんだということは、もうマスコミとかでも言われてるでしょ。でもそれよりも、あれは移民なんだ、ってFさんは言い張るんですよ。
ヤン 「それはね、ホントは移民としてのね、屈折の裏返しなんじゃないかなあと、思います。Fさんにしても、細胞マフィアのボスにしても。本当は、白血球ライダーに自分の姿を重ねて見てるんじゃないかな。白血球ライダーは、今ではただ殺戮を繰り返してるモンスターになってしまってるけれど。本当は、セルショッカーやバクテリア巨獣から、この世界を守るために戦っていた時代、この世界が妊娠したときに、その子供の出産を助けたというのも、あながち噂や映画の中だけの話だとは言えない。移民たちの心の底では、世界を救った救世主が、移民であるというね、アウトローの象徴、いわばヒーローになってるんじゃないかな。
ヤン 「どんな細胞マフィアでも、バクテリアやウィルス生命体や、ガン細胞テロリストに比べたらマシという論じ方はね、意味ないと思うんですよ。それとこれとは別の話だし、日常的に権力のことなんか意識せずに生きている大部分の細胞市民にとっては、細胞マフィアは恐怖ですからね。ただ、私はね、ジャーナリストして、細胞マフィアを否定する気はまったくないですね。彼らは社会に寄生しているというよりは共存していると思うからです。細胞マフィアは悪か、必要悪か。ただ言えるのは、きれい事だけでは物事は語れないということですね。
#5 格闘家 エーベル・ブラジル(元セルショッカー筋細胞)。
仲代流細胞空手のジム。
選手たちが縄跳びやサンドバッグで汗を流している音が聞こえる。
リングではでスパーリングも行われているようだ。
殴り合う音、シューズの摩擦音、トレーナーの声。
時折、3分ごとの鐘がなる。
時折、隣接されている事務所に電話がかかっている。
エーベル「細胞-1はイベントじゃなくて、格闘技だからさ。俺ら元セルショッカー党員とね、普通の筋細胞がね、同じリングで競うというさ、ある種、神聖な部分、あるわけでしょ? 客を集める、そんで盛り上がると、そんなだけで戦うのはどうだ、って思いはある。
エーベル「一線を越えた試合というのは、何回かあるよ。403年の、子宮関門遺跡での、ギャリソンジュニア戦なんかそうだね。最初はエキジビジョン・マッチの予定だったんだよ。それが、いつの間にか、向こうへ行ったらタイトルマッチになってて、しかもプロモーターがオレに“負けてくれ”と言うんだ。“冗談じゃねえ! ガン細胞なめんな!”とオレは即座に言い返したよ。すると向こうは、親衛隊みたいな弟子の白血球だけで何万人もいて、そのなかでも、現役の免疫警察官とか、精鋭ばっかり何十人かがリングを取り巻いて。ギャリソン一族というのは、あの同時多発災害の頃と、出産ビッグバンの時に活躍した一族でね、もう子宮遺跡市街のあたりでは、偉大なる一族なんだな。だから彼らは一族の名誉にかけて負けられない。もうリングで死ぬ気ね。
エーベル「確か早い時期に、一度細胞膜を決めたんだ。体重をのせて、細胞膜のつなぎ目をガッと持ち上げたつもりだったんだけど、油で滑ったために完璧じゃなかった。しかし2回目は完璧。もう絶対に逃げられない。ところが、ギブアップ寸前までいってるのに、ヤツは“参った”って言わないんだ。だから、細胞膜を破いた。破くしかもう、なかったんだ。試合というより、もう狂気だったね。国の英雄を完膚無きまでにやっつけて、もうリングの周りの民衆は暴動寸前だった。オレはもう生きて帰れないと、頭のスミで思ったよ。
エーベル「実はこの試合の直前に、オレ、ベン毛を痛めてて、腕が上がらない状態になってたんだ。ところが、なぜかこの試合の時だけはベン毛の調子が良くて、勝ち名乗りを受けて、両腕を高々と挙げた。すると、それまで殺気だっていた8万人だか10万人だかの観客の細胞たちの波が、ススーっと引いていくんだ。それね、実は両腕を挙げたオレの姿が、観客には、白血球ライダーの烈核変身のポーズに映ったんだね。オレは意識してやったわけじゃない。ただ勝って手を挙げただけなのに。
エーベル「オレにとって一番のヒーローは、セルショッカーの首領のガーン大帝で、だけれど、“じゃあ、格闘ってなに?”と聞かれると、ガーン大帝の理論やテクニックじゃ語りきれない。白血球ライダーは、オレたちセルショッカーの敵だったわけだけれど、それにしても、特殊能力の使い方ひとつとっても、理詰めで実に効果的に使ってくる。仲間が殺されるのを見ながら、大したもんだなあと。敵であるヤツからどんどん戦い方を学んでいるようなカンジで、戦闘が楽しかったくらいだよ。まあ白血球ライダーも、元はと言えばただの白血球だったのを、ガーン大帝がつかまえて改造細胞手術をたわけだから。結局はみんな、ガーン大帝の子供たちということになるよね。
エーベル「オレにとって、ガーン大帝は、最初は神様だった。ただ、オレは神様が悪魔になってゆく様子を、あまりにも近くで見過ぎてしまった。だからついついね、憎んでしまう気持ちも、ありますよ。どうしてあんなことになっちゃったんだっていうね。
エーベル「今も昔も、世間の細胞の意識は変わってない。若い細胞が生き延びるために、古い細胞が新陳代謝されてゆくというね、その原理だけは。ただ俺たちセルショッカー党はね、それならそれで、おまえらちゃんとしろと。ただ新陳代謝するだけじゃなくて、死んでいった親の世代の細胞の思いをキチンと受け継げと。そう言いたかっただけでね。ほんとは新陳代謝なんて、誰もされたくないんだから。どの細胞だって生き続けたいんだ。なのに、未来のために、若い世代に譲って死んで、その怨念が凝り固まって生まれたのがガン細胞なんだから。
エーベル「それがね、あまり後ろの世に伝わってないことが悔しくはあるよ。だからオレは、こうして自分がガン細胞であることもさらけだして、リングで戦い続けてくしかない。そうやって、いつかガン細胞も、みんなと同じ、世界の子供なんだってことをね、体で、戦いで、生き様で見せてゆくしかないんだよ。
エーベル「ゴーとのタイトルマッチ、頑張るよ。負けないよオレは。そうだね。白血球ライダーが、いつか格闘家としてリングに参加することがあれば、是非戦いたい。白血球ライダーは、なんたって、ホンモノの伝説の戦士なんだから。
#6 天文学者 ギブソン・ルー博士(柔突起細胞)。
大腸平原の戦場。
戦車のキャタピラや、小銃、ミサイルの音が飛び交う。
いまだにここでは、
セルショッカー残党と大腸市民軍の交戦が行われているのだ。
ギブソン「現在の宇宙論学者の大半が受け入れているシナリオは、我々の宇宙は、今から100億から200億細胞時間も前に、宇宙のすべてが、凄まじい密度と温度の、たったひとつのビッグバン精子から始まったというところです。そしてこのビッグバン精子が、ビッグバン分裂と呼ばれる爆発的な細胞分裂を引き起こし、膨張の中で重力が細胞を凝縮させた結果、我々が今日みるような大地や空、それに異次元への裂け目などが生まれたというわけです。このような、標準理論が説明している宇宙構造の形成プロセスは、ほとんどの宇宙論学者に支持されています。しかし、最近の私達の研究グループの調査と分析では、それはどうやら違うということがわかってきました。
ギブソン「私たちが提案している流体力学的な重力収縮理論では、最初の構造形成が爆発的なビッグバン細胞分裂であることは標準理論と同じですが、最初に分裂をスタートさせたのは、ビッグバン精子ではなく、もうひとつの別の細胞だということです。それが、私達の理論の通称にもなっている、ビッグバン卵子というわけです。
ギブソン「そうですね。確かに我々個人レベルでは、細胞分裂というのは、単純に個人個人で行われる。ところが、宇宙規模での細胞分裂を見た場合、単一の細胞からビッグバン分裂が起こるだけでは、どうしても宇宙規模の拡散性を説明できないのです。その理論の矛盾は、全世界の天文学者のあいだの悩みの種だったのです。その矛盾を無視して研究を進めてきたというのが実状ですけれど、我々はどうしてもその、理論の穴を無視したくなかった。それで、理論だけでなく、実際の観測データからも研究を深めることが出来る場所を探すところから、私達は研究を始めねばならなかった。なにもかもが手探りでした。
ギブソン「この大腸平原は……まだセルショッカーと大腸市民軍の内戦は続いていて少々危険な地域ですが、ビッグバン時代の粒子の名残を、いたるところで観測することができます。毛細血管ヘリを飛ばせば、子宮遺跡にも行くことができますしね。ここには、ビッグバン卵子を生み出す役目を持っていたのではないかと思われる古代都市の遺跡があり、実はシロー・シロガネが……白血球ライダーとなって出産させたのが、まぎれもなく新世界だったということがわかりつつあります。つまり、子宮の中で、ビッグバン分裂が起こっていたという、宗教的予言のようなもの、これが単なる宗教的説話ではなく真実であるという、科学的な裏付けがとれつつあります。
ギブソン「今、考古学者チームとの連携で、今、急ピッチでビッグバン卵子とビッグバン精子の結びつきについて研究が進みつつあります。多くの科学者が、私達のチームの説に賛同をしめしてくれています。
ギブソン「我々の宇宙の中で、すでに別の宇宙が始まりつつあったなら、これほどロマンをかき立てられることはありません。それが全て事実なら、我々は白血球ライダーに、感謝を捧げなければならないでしょう。今収縮し、滅亡を迎えつつあるこの宇宙が、単に終わるのではなく、別の宇宙の未来に繋がっているのだということですからね。そして、彼はその新世界を、この我々の世界にはびこっていたウィルスやガン細胞から守り、無事出産させたということも、そのうち明らかに照明できるかもしれません。
ギブソン「我々はその新しい宇宙を見ることはできないけれど、未来が存在していることを知ることができる。素晴らしいことです。
#7 宗教研究家 JB(元警察官・白血球)。
暖炉の前で喋る老警官。
JB 「今、脳幹ハイウェイの脇の街とかに行くと、若い女の子の細胞が、元脳細胞と名乗ってる売人から、袋の中に入った脳内麻薬を、一袋500グリコーゲンとか1000グリコーゲンとかで買ってますね。昔だったら、麻薬のそういう買い方はあり得なくて、まあ、売人に前もって1万か2万わたしておいて、出物があったら回してもらうとか。しかし、いつ出るか分からないというような、そんな買い方だったんだけど。今はもう、今日クスリ欲しいなと思って女の子が脳幹に行けば買えてしまう。それでね、なおかつその使い方が昔と違う。みんなで集まって鍋やったりピザ食ったりして、クッション抱えて、夜を徹してお話しよう、なんて時に、まあお酒程度の感覚で、クスリをやると。そうすると、普段話せないことが凄いテンションで喋れるようになって、楽しいからと。そういう使い方になってきてるんです。
JB 「そういう使い方になればなるほど、私が思い出すのは、近代の細胞社会の多くは、脳内麻薬とずっと共存してきたという事実ですね。宗教によっては、脳内麻薬の使用を教義の一部にしているところだってありますし。教祖フロイトはね、そういう、クスリの使用とかは一切なかったんですよ。それでも、信者たちに夢を見させることができたし、時には真実に到達していたこともあった。だからですね。あの事件があったあと、私が免疫警察を退職して、フロイト教団に入ったのは、そういう何もなくても真実を語れる、つまりそれは絶対の真実だという凄みを、教祖に感じたからですね。同時多発災害で、世界の終わり、終末を、もう体で実感していたんでしょうね。
JB 「そうですね……それは、もうすぐに壊れ始めていました。教祖フロイトが、細胞としての寿命を終えて死んだあと、我々の教団は、詐欺師まがいの細胞と、わけのわからない連中だけになってしまってね。コユキ・シロガネが、教祖の役目を引き継いで、私らを引っ張っていくはずたったんです。でも、ぐるぐる堂々巡りをしているだけの私達を引っ張ってゆくのは困難でした。それで教団はバラバラになっていったんです。スタッフ面した細胞連中が好きに出入りして、教団のグリコーゲンを湯水のように使って、堕落したセルショッカーみたいに、飲み食いばかりの生活をしてた。とにかくひどいもんでしたよ。誰かが止めなきゃならなかった。コユキ・シロガネは止めようとした。すると、もう芯まで腐っていた教団の幹部たちが、面白半分に、コユキの細胞核をひんむいて、つついてしまったんですよ。
JB 「知らなかったわけじゃないんだろうけど。まあ、堕落していたんでしょうね。それでコユキは、せっかく封印していたセルショッカーの力を解かれて、また怪物になってしまった。大惨事になりました。白血球ゲルゲになったコユキに、ほとんどの教団信者が食われてしまいました。私はなんとかどさくさ紛れに逃げたけど、あとで聞いたら、私しか生き残った者がいなかった。
JB 「解放された能力、それはもの凄い戦闘力と食欲だったんでしょうね。コユキは、シロー・シロガネの妹ですからね、改造細胞としてのパワーはけた外れでしょう。白血球ライダーが、彼女の力を封印してもとの白血球の姿に戻したとき、白血球ライダーは、自分の烈核エネルギーのほとんどを使って死にかけていたといいますからね。実の兄だから、化け物になった妹を戻すためだったら、自分が死んでも構わないくらいの気持ちだったんだろうけれど。それが、全部無駄になった。またコユキは化け物になった。
JB 「自殺していましたね。私が戻った時には、もう。自殺でしょう。自分で自分の細胞核を食らっていたんです。自分を食べるほどに理性を失った化け物と報道されましたけれど、違いますね。最後に少し残った理性で、化け物になて暴走する自分を殺したんです。私にはそう思えましたね。苦しそうな死に顔でした。
JB 「分かるんです。白血球ライダーも、コユキも、私にとってはずっと一緒に学校に通って、訓練して、免疫警察に入隊した、友達だったんですよ。自分だけが生き残るとは思ってませんでしたけれど。今怪物になって暴れている白血球ライダー。彼にもいつか一瞬理性が戻る時がくるかも知れませんね。その時、彼はどうするのかな。私はね、今度は逃げないで、彼のそばにいようと思っています。友達なんですよ。本当に。
エピローグ
切なく勇壮な音楽の流れる中、
モンスターとなった白血球ライダーが暴れている。
獣のような咆吼を響かせ、街を破壊している。
戦闘機のようなものが攻撃しているが、びくともしない。
雷のような、竜巻のような、開闢のような、
白血球ライダーの咆吼が、
宇宙にこだまする。
--------終-------