メトロ、オールバック、フルフェイス、ヘッドホン(3/16)
「いやー、なんかまじすみませんね~」直嶋の背後から、そう笑いながら言う大林の声が聞こえる。
「いえいえ! あれですよね、お友達なんですよね?」
「そうなのよ、中学とかが、一緒なんだけど」
「僕は頭悪くて……。直嶋くんに代わりに就活のテスト解いてもらっちゃおうって」
「なるほど……。確かに、先輩方みなさん頭いいですもんね」
「いやいや! 全然よ。受験から一年しか経ってない二年のみんなの方が、ずっと」直嶋がそう口を挟むと、ちょうど最後の問題が解き終わった。「よし、大林、これ最後で、もう次のは性格テストのはずだから……」
「おっけ! まじありがとね」
「あ、じゃあ行きますか?」彼女はやっと解放された、とでもいうような顔をしているのだろうか。直嶋はそれを見ていなかったからわからなかったが。
「うん、まじごめんね」
「いやいや、こちらこそなんか急かしちゃってすみません」
「あ、みなさんのお荷物は僕が代わりに見ておきますんで」と大林がわざと下手(したて)に出る声で言う。
「あ、大丈夫です! わたしたちで荷物番がいますんで」
「じゃあ~。みんなの新歓がうまくいくように、こっから祈ってますね!」
店の外に出ると、午前中とは打って変わって冷たい風が吹いていた。午前中はもう夏がやって来たかと思うくらい、晴れ渡ってぽかぽかとしていたのだ。
直嶋たちのサークルでは、すべての運営業務を二年生が行う。この新歓活動も、すべて二年生の代(だい)の責任で行われている。だから三年生や、それに直嶋のような四年生は、「手伝いに来てあげる」というスタンスでサークルの場にやってくる。いまの三年生が二年生だったときもそうだった。直嶋が二年生だったときもそうだった。直嶋たちの一つ上の先輩たちが二年生だったときもそうだった。そのとき直嶋たちは一年生だった。
新入生たちに声をかける校門の前まで歩くほんの五分程度の道も、久しぶりに会う後輩の女の子と話すのには、短くない道のりだった。それは彼女からしても同じらしく、直嶋たちはつまらない話をしながらみんなが待っている校門のところまで歩いて行った。それは、例えば左のような会話だった。
「どう? 新歓、大変でしょ?」
「うーん、いまのところは大丈夫ですよ、たぶん」
「もう公開(こうかい)練(れん)はやったんだっけ?」
「昨日ありました!」
「トレリー(とれりー)の男子がめっちゃきつかったんじゃない?」恋愛の話は禁止ね。最後まで笑顔で。途中、チャンスがあったら新歓合宿に誘うこと。ふざけてやんないで? これで新入生減ったらどうやって責任取るの?
「どうでしょう……、たぶん。てか基本男子たちがやってくれるから、わたしたちはあんま大変さをわかってないのかもですけど」
「そっか、よかった」
「でも、やっぱ東大生って有能なんだろうなって。みんなずっとふざけてるけど、ちゃんと新入生来てくれるし」
「そうだよね」
「明後日も公開(こうかい)練(れん)あるんですけど、直嶋さん、いかがですか?」来てくれた先輩たちには毎回お礼を言うこと。当日言うだけでなく、その日の夜、ちゃんとラインもする。来てくれなかった先輩方にも、ちゃんとお誘いの連絡をすること。先輩たちが来てくれないと、新歓は回らないゾ‼
「最近ぜんぜん行ってないからな~。いまさら行きづらいっていうか」
「え~。ぜひそうおっしゃらずに。お願いします、先輩方が来てくれないと、新歓は回せないんですよ」
「俺以外の四年生は行ってる?」
「田中さんとか、じょんさんはよく来てくれますね」
「さすがだな~、あいつら」
「ほんとお二人とかのおかげで練習とかも活気があって」
「そうだよね~。やっぱ先輩とか、人手がいないと、新歓は」
「でもご心配は大丈夫ですよ! ゆーてみんな結構良い感じにやってる感じで」と言って笑った。
直嶋は、でも新歓(しんかん)長(ちょう)のやつはすごい大変なんだよ、と教えてあげようかと思った。それで、それを言ってみることにした。
「でも、新歓(しんかん)長(ちょう)はけっこう、大変なんだよ。だから、みんなでよく、サポートしてあげてね」
「わかりました!」
直嶋が、直嶋たちが二年生だったときの新歓の話をする前に、二人は校門の前に着いた。