為替相場が220円でもお金を使う意欲があった時代
私が結婚した1980年の為替相場は、ドルに対して平均226円というデータがありました。
現在の為替相場(10/4)は、対ドルレート約146円です。
そんななか、次のような記事を目にしました。
『日本旅行業協会の高橋広行会長(JTB会長)は14日までに共同通信のインタビューに応じ、18歳になった新成人に対し、旅券(パスポート)を無料配布するよう政府に要請していくと明らかにした。海外旅行は新型コロナウイルス禍後に「円安や旅行費用高騰などが重しとなり、回復がすこぶる鈍い」とし、若年層の意欲を高める施策として政官界に働きかける。
政府観光局によると、2024年1~7月の日本人出国者数は684万6800人と新型コロナウイルス禍前の19年の同期間を38・9%下回った。日本の旅券保有率は23年時点で約17%にとどまり、高橋氏は「若者が海外渡航する機会も極端に失われており、日本を背負って立つ国際感覚を持った人材を育てる上で問題だ」と懸念を示した。』産経新聞 2024.9.14
経済が成長しない時代、国民(若者)が感じる景気観には相当な違いがあると思われます。
1980年代は、経済が成長していきジャパン・アズ・ナンバーワンが叫ばれていた時代でもありました。
私からみれば、為替が146円の相場になるなど考えられない時代でしたが、新婚旅行はフランスとスイスへいきました。
休暇をとれる理由があるとき、私は躊躇なく、自分がとりたいように休みを長くとります。
会社からはにらまれていたことでしょう。
所詮、仕事をやっておれば、そのときだけの小さな問題です。
ちなみに1980年の海外出国者数は約390万人、コロナ前の2019年は約2000万人でしたから大幅に増加しています。
ただし、若者に限れば、20代の出国者数が1996年の463万人をピークに減少傾向が続くことや、出国者数のうちの20代の割合が90年代から大幅に減っていると言われています。
人口減少によるものなのか、別な要因があるのではないか、と両方の見解があるようです。
『2007年10月19日の日経流通新聞の「20代海外旅行離れのワケ」という記事では、旅行費用が高額であることを触れたうえで、国内旅行の方が安心、海外に関心がない、といった当時の若者の内向き志向が主要因として挙げられている。その後は、旅行に限らず全体的に消費しなくなり、貯蓄傾向、自己顕示的な消費に興味を示さない、自身が欲しいモノ、コスパの良いモノ、身の丈に合うものを買う傾向があるという、若者の堅実性の文脈で「若者の海外離れ」が取り扱われるようになっていく』とあります。
私が海外へいった時代、長い時間がかかる旅でした。
日本航空のジャンボジェットで北極上空を飛行してパリまで片道18時間もかかっていました。
そのうえ、アンカレッジのテッド・スティーブンス・アンカレッジ国際空港やデンマークのコペンハーゲンにあるカストラップ空港、オランダのアムステルダムにあるスキポール空港でトランジットがあるおもしろい旅でした。
アンカレッジの寄港は、給油のためであり、往復とも休憩しました。
春になるころでしたが、アンカレッジ空港の窓越しにみる外の景色は吹雪でした。
オランダのスキポール空港はパリへいくときに立ち寄りました。
このとき、寺山修司さんといっしょの飛行機だったのでしょう、休憩中、歩いていると寺山さんと互いに目があいましたが、話はしませんでした。
帰りは、スイスのチューリッヒにあるクローテン国際空港から日本航空の便で帰国しましたが、途中、コペンハーゲンにあるカストラップ空港で休憩しました。
アムステルダムからパリ、チューリヒからコペンハーゲンまでは、わずか1時間弱の飛行なのですが、なぜ立ち寄っていたのか、今でもわかりません。
ただ、そんな旅でした。
フランスでは、地下鉄に乗りまくり終点までいってみたりしました。
パリなのですが、田舎の景色がそこにはありました。
どこだったかも覚えていません。
パリの物価は、その時代でも高かったと思います。
まして為替レートは対ドル220円なのです。
未来があると思っていた20代のキリギリススタイルの挑戦的な旅でした。
お金がないからです。
なんとかなるだろう、という日本経済への期待感だけでした。
パリで歩いていてたまたま入った店でアイスを頼んだのですが、カチカチに凍った氷のようなレモンがそのままだされてビックリ。
なかにはシャーベットがはいっていましたが、苦戦しながら食べた記憶があります。
隣の席では、アメリカから来た夫婦が頼んだサラダは、トマトを輪切りしたもので、またもビックリ。
私たち夫婦と米国人夫婦は、顔を見合わせて笑ってしまいました。
この時代でもパリの物価は高かったので、フランス料理を食べた記憶はありません。
日本で春まじかな3月末にいきましたから、やたらと生カキが店先に山のように積んであるのでした。
ツアーコンダクターから生カキは食べないように言われていたので食べることはありませんでしたが、フランス人はカキが好きなことはよくわかりました。
スイスに入ってからは、着いた日の昼にとりあえずマックへ行ってビッグマックを食べましたが、日本と同じ味でちょっとホットしました。
価格は、もちろん日本より高かったと思います。
スイスは、当時でも物価が高い国だったでしょう。
当時のスイスフランのレートが約150円くらいだったのですが、現在は約170円でした。
スイスではチョコレートを購入しましたが、やたら高かった印象があります。
ジュネーブやチューリヒでは、市内のトラムを利用しながら歩いて散策ばかりしていました。
決して贅沢な旅ではありませんでしたが、海外へいくという意志があったと思います。
もちろん、バックパッカーをやる勇気はありませんでしたが、とにかく海外をみてやろういう意欲があったと思います。
その意欲は、将来、経済が成長していき給与が上がるという実感があったからかもわかりません。
今とどこが違うのでしょうか。
現在の円レートは、当時よりも約34%ほど高くなっています。
しかし、米国の物価は、国際通貨基金(IMF)が発表したデータによると1982年から1984年を100とすると、2020年は258.84となっていました。
1980年当時のレートが約220円、現在のレートが約146円ですから、米国で50ドルの物を買えば、当時のレートでは11,000円、現在のレートでは、7,300円です。
本来であれば、3,700円分だけ円の価値が上がっているはずなのですが、ところが米国の物価は約2.5倍になっていますから、当時の50ドルの価値は、現在の価値では約125ドルになります。
現在の円換算で同じ物を買えば、18,250円です。
円の価値は、18,250円-7,300円=10,950円となり、その金額だけ余計に円というお金が必要となります。
現実には約60%も円の価値が下がっていることになります。
単純化して言えば、賃金(給与)がこの分だけ日本では上昇していないわけです。
米国と同じ物価水準を目指すのであれば、現状の賃金の60%アップが必要ということになります。
最低賃金が1000円以上になったとかで喜んだり、インバウンドで浮かれてばかりおれないのです。
このような購買力の差を知る感覚が多くの若者にあるというよりも、現実に今の賃金水準で海外へ出かけることは、私が出かけた時代とは違い、日本の若者にははるかに遠いものになっているのではないでしょうか。
この責任は、国にもあるのでしょうが、多くは企業にあります。
なかでも大手企業です。
大手企業の稼ぐ力がなくなっていることと、一部企業では膨大な内部留保があることです。
日本において30年間デフレ社会をつくってきた主たる要因は、大手企業にある、と私は考えています。
この30年間、経営努力をしてこなかった上に、これから人口減少社会にまともに突入していきます。
今の若者たちが、私たちの時代のようにキリギリススタイルの生活ができるわけがありません。
多くの若者たちには、私たちがみていた未来がないのです。
国は、やたら投資を奨励するばかりで、賃金が上がることはあるのでしょうか。
政治がどんなに叫んでも、企業の国際競争力がなければ、国民も企業も豊かたかになることはないでしょう。
為替レートだけが注目されますが、実態は、物価上昇を避けてきた企業にとって都合がよかった賃金水準にあると思われます。
少なくとも賃金を米国と同水準に近づけていく努力をしなければ、若者の海外旅行は減少していくはずです。
本質的な問題は、企業が賃金を上げていくことで解決するのではないでしょうか。
賃金が上がれば、企業も真剣になるはずです。
現状を維持しながら賃金を60%も上げることはできないからです。
改革とは、そんな極限状態から生まれるのです。
解雇規制の改革も同じです。
その点、人口減少社会は、若者にとって賃金上昇を確実にできるチャンスになってきました。
本来は、国民全体で賃金上昇を享受できる社会が望ましいのですが、先ず若者の賃金上昇があれば、消費にまわることは間違いありません。
少子化社会ですから消費にまわる量は少なくとも、若者が、海外へいける機会は増えていくでしょう。
息子たちをみていると、仕事で海外へいく以外に自分で海外へ行く気がないところが心配になります。
30年以上、成長しない経済と私のような不良おやじをみていれば、消費に慎重になるの致し方ないところでしょうか。
長男は、成田からの直行便でスイスのチューリッヒ郊外へ仕事でよく行きますが、休みに市内観光をしたりすることもないようです。
きわめて冷めた生き方をしています。
私と違い、堅実ともいえますが。。。
自分でお金を出して海外旅行をするなどという遊び心や好奇心がないことだけは間違いなさそうです。
なんとも寂しい時代になってきたものです。