『概説』の必要性
※この記事は、あくまでも執筆者個人の考えを記したものですので、あらかじめご理解いただいた上でお読みください。
建設業経理士1級試験対策の講師を担当していると
『概説』は買った方が良いですか?
というご質問をよくいただきます。
実は非常に悩ましいご質問でもあるのですが、大抵の場合、私は
買った方が良いのは確かだが、合格への直接的な影響はそれほど大きくない
と答えています。
その真意について、こちらの記事でまとめておきたいと思います。
ちなみに、Twitterで『概説』に関するアンケートを取ったところ、こんな感じでした。
よく質問を頂くのですが、意外とご存じない方も多いようなので、建設業経理士試験と『概説』の関係性について、私なりの考えをこの記事でまとめてみたいと思います。
『概説』は建設業会計のバイブル
建設業経理士を受験される方からご質問を受ける『概説』は、正式には『建設業会計概説』と呼ばれるもので、建設産業経理研究機構が編集、建設業経理検定の主催団体である建設業振興基金が監修している書籍です。
建設業経理検定の級や科目に合わせて刊行されているため、実質的に試験の公式テキスト的な存在になっています。
また、その内容は非常に深いところまで言及されていて、学術的な面、実務的な面からそれぞれの会計処理や計算の背景まで記されているので、合格した後の実務の場面においても役に立つはずです。
なので、長い目で見れば買っておいて損はない書籍だと思っています。
しかし、その反面、多くの方は実際に読んでみると「難しい…」と感じられるのではないかと思います。
特に、似たような専門書を読む機会がこれまで少なかった方にとっては、これだけで「分かった!」と思えるのはなかなか厳しいのではないでしょうか。
この難解さが、"受験対策"の観点で考えると悩ましいところなのです。
理解できないものは記憶に残らない
それでも、必死に何度も読んでとにかく覚えようとされる方もいらっしゃいます。
それで覚えられる方もいらっしゃるので、決して間違った方法とも断言できないのですが、普通の人には「理解できないものは覚えないようにする」という性質が強く表れるものなので、記憶力に自信がある方以外、この方法はお勧めできません。
1級の第1問で出題される論述問題のために『概説』を活用されるという方もいらっしゃるようですが、これも「理解できるかどうか」という視点を持っておくことが大切です。
第1問の論述問題は、「どれだけ答えとなる文章を覚えているか」よりも「問に対して的確な回答を返せるのか」や「どれだけ説明能力があるのか」を試されている問題です。
仮に説明文をすべて覚えられたとしても、設問の意味が分からなければ、問に対して的確な答えを導き出せない可能性もあり、そうなると、たとえそれっぽい文章が書けたとしても、得点は思うようにもらえないかもしれません。
数カ月にも及ぶ学習期間を経て本試験の日まで覚えておくには、内容をきちんと理解することが大切ですが、前述のとおり、専門書を読んだ経験などが無い方には、『概説』を読み解くのはなかなか骨の折れる作業のはずですから、理解が難しいのに読み進めていくというのは、気力と時間を浪費しないためにも避けた方が良いでしょう。
理解の方法はたくさんある
また、試験対策を考えると、なにも格式の高いもので無理に理解する必要はありません。
自動車の免許をお持ちの方は、免許の学科試験で道路交通法やそれに関連する法令(道路交通法施行令など)に関する知識が問われたはずですが、実際に道路交通法や道路交通法施行令の条文そのものを読んで試験に臨んだ方は、ほとんどいらっしゃらないのではないでしょうか。
例えば、駐車禁止の標識が無い場所でも、交差点の周辺などでは駐停車が禁止されていますが、該当する法律の条文を見ると、
と書かれているだけで、表やイラストも無ければ、「何メートル以内」といった大事な情報が強調されていたりもしませんし、何より慣れない方にとっては非常に読みづらいと感じるのではないでしょうか。
ただ、ほとんどの方は条文自体を読んでいなくても、学科教習の教本にあるイラストや表、指導員の説明であったり、学科対策の問題集の解説などで覚えて試験をパスしたかと思います。
しっかり勉強するためには、それなりの文章を読むに越したことはありませんが、必ずしもそのルートでなければ合格できない訳でもないですし、理解するためには別のルートから学んだ方が結果的にスムーズに学べるということもあります。
建設業経理士の受験生の方のほとんどは会社勤めをされている方で、日ごろからお仕事で忙しい上に、中には子育てやご家族の介護などもされている方もいらっしゃるでしょう。
そのため、建設業経理士の試験勉強に充てられる時間や予算、体力には限度があるはずです。その限られた時間や予算や体力を『概説』に割くべきかどうかということは、受験生の皆さん自身の環境などにも大きく左右されると思います。
でも、できれば持っておいた方が、読めるなら読んだ方が良い
ここまでいろいろ書いてきた内容を根底からひっくり返すようなことを書きますが、もし予算に余裕があれば買っておいて損は無いと思いますし、時間に余裕があれば読んでおいた方が良いと思います。
先ほど道路交通法の例を挙げましたが、では弁護士の人が法律を全部暗記していて、日ごろの仕事で六法全書を開くことがないかと言えば、そうではなく、むしろ試験に合格した後、実際の仕事をする場面では、不確実な記憶を頼りにするのではなく、きちんとした文献を参照する能力の方が求められることがしばしばです。
弁護士の人が六法全書を見るように、そもそも試験と違い、実際の仕事の場面では本でもネットでも時間が許す限り調べることができるはずです。
建設業経理士の試験に合格した方も、実際の業務の場面では必要に応じて『概説』を参考にして、会計処理を考えたり、上司に対して説明した方が良い訳ですから、多少難解に思える本であったとしても、その表現に慣れておいて、内容が理解できるようになっておいた方が、合格後の仕事の幅や深さが増します。
また、私を含め多くの講師がそうだと思いますが、講義では受験生の皆さんが理解しやすいように、なるべく平易で、時には砕けた表現で説明をすることがありますが、実際の試験問題は『概説』のように格式のある、堅い表現で出題されるため、どこかで砕けた表現から卒業できるタイミングがあった方が合格の可能性は高くなるでしょう。
そのため、ある程度、別の講義やテキストなどであらましを理解したら、その後に『概説』を読んで勉強できるのであれば、読んだ方がより合格は近づくはずです。
まとめ
あれこれ書きましたが、『概説』を使った勉強が理想形であることは事実です。
ただ、理想どおりにすべての物事が進められる訳ではないのが人の世で、どこかで理想形から離れた現実的な方法を選択した方がよいことがあるのも事実です。
『概説』を使った勉強は、個人的には「六法全書を見ながら法律を学ぶ」とか「源氏物語を原文(古文)のまま読む」といったようなものだと思っています。
法律の専門家を目指すのであれば、もちろん六法全書を見て法律の条文を読めるようにしなければならないでしょうし、原文の良さもあることを考えれば源氏物語は学校で習ったように古文のまま読んだ方が良いでしょう。
ただ、全員にその方法で法律や源氏物語を勉強しなさいと押し付けるのも酷なものです。
日常生活で困らない程度であれば、もっと分かりやすい方法で法律の内容を学んだ方が効率的で分かりやすいですし、源氏物語もいきなり原文を読むのではなく、現代語訳の本やマンガでストーリーを教えてくれる本から入った方が理解しやすいでしょう。
私のような講師や、ネットスクールのテキストが存在するのも、こうした「別の入り口やルート」を提供することで、より多くの方に理解してもらうためだと思っています。
1級は毎年各科目3,000人程度の方が受験されていて、年齢や性別、職業やお勤め先での役割やポジション、将来の目標や夢などは皆さんバラバラです。
資格試験のために学んだ知識をバリバリ活かしたいと考える方もいらっしゃれば、「とりあえず合格すればOK」という方もいらっしゃるでしょう。そうなると、適切な勉強法も1つに絞れるものではありません。
「まとめ」といいつつ玉虫色の結論になりましたが、上に書いたようなことを踏まえて、ご自身なりにどういう風に『概説』と付き合っていくのか(もしくは付き合うことを省くのか)を考えて頂くことが大切だと思います。
これまで私の講座で合格された方のお話しや感想を伺う限りでは、『概説』を持っているか、勉強に活用しているかで、合格の可能性が大きく変わる印象はありません。
持っていても効果的な活用ができていなければ意味はありませんし、持っていなくてもきちんと内容が理解できれば試験に合格することは可能です。
試験勉強において書籍などの教材は「道具」の1つと言えます。
自分の目的やスタイルにあった道具を選べるか、目的やスタイルに合った道具の使い方ができるかが重要なので、その観点を忘れずにして頂きたいと思います。