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恋愛感情を利用した絵画販売【前篇】

広告とは違いますが、その昔よく出来た方法で高額な絵画を売りつけられそうになったことがあります。
これ、2009年の話です。まだスマホではなくガラケーの時代。
(私の名前を仮に「のぶろう」とします。登場人物は女性4人、それぞれA子、B子、C子、D子、とします)


ある休日、家に1本の電話がかかってきました。
しかも私宛てに。ケータイじゃなく。

出てみると、若い女性の声でA子(実際には苗字)と名乗り、アンケートに協力してほしいと。
はぁ、いいですよということで、
趣味はなんだとか、車は何乗ってるだとか
よくあるようなことをいろいろ聞かれ、
私が答えるたびにA子は

「いいですねー!私もそれ好きー」

と、ひとりで盛り上がります。
そんなこんなで質問を終えると、
実は…と切り出し

「今、絵の展覧会をやってるので観に来ませんか」

と誘う。

つまり展覧会の宣伝なわけですね。
私があいまいな返事をしていると
話は再びたわいもないことに脱線し、

A「のぶろうさん(←私)と話してると楽しい!」
私「は、はぁ」
A「私、のぶろうさんと会ってみたいなぁ!」
私「そ、そうすか・・・」

展覧会もさることながら、A子は私に興味があると言う。
私ともっと話したいと言う。

ついにきましたか。
これが出会いというやつですか。
これが始まりというやつですか。
いわゆる運命的な何かってやつですか。

というわけで結局、展覧会へ行くことになり、
後日、山手線のとある駅の近くで待ち合わせることになりました。

A子との待ち合わせ場所は駅前の歩道橋下です。
お互い顔が分からないので、
ケータイで連絡を取り合って落ち合い、
展覧会会場へ連れていってもらいます。

待つこと5分。
待ち合わせ時刻ピタリにケータイが鳴りました。
どうやら近くにいるらしく

「はい、私、紺色の制服みたいのを着てるんですけど…」

などと、お互いの特徴を示しつつ、
仕事中に抜け出してきたようなOL風制服姿を発見。

髪を2つに結った色の白い女性、学校で例えるなら図書委員。
思っていたよりずっとおとなしそうな感じでしたが、

「私、B子(実際には苗字)といいます。
 A子が来れなかったので、私が会場まで御案内しますね」

彼女は、A子ではない。

なるほどケータイでの感じが違ったので変に思ってたんですよ。
私の中のA子はもっと髪の短い活発そうな女性。そんなイメージ。

そしてB子に連れられ歩くこと約5分。
その間にB子と話したことは覚えていません。
10階建てくらいの平凡なデザインのビル、その5階。
壁にいろいろな絵がかけてある展覧会会場に通されました。
さほど広くなく、照明やや暗めの会場には
テーブルを挟んで椅子が2つ、それがほどよい距離で並び
背丈ほどのパーティションで仕切られています。
そのひとつに案内され

「ここでお待ちください」

と椅子に座るよう促すとB子は奥へ消えました。
いつのまにかA子の登場を心待ちにしてる自分がいるのでした。

待つように言われてどのくらい経ったでしょう。
その間、飲み物は何がいいかと聞かれウーロン茶をお願いし、そのウーロンも半分くらいまで減りました。
すぐ両隣には誰もいないようですが、どこからか男性と女性の話している声が聞こえます。
おそらく2組いる。
聞き耳をたてますが、内容までは聞こえません。
壁に飾ってある絵は風景とか人物とかではなく、
模様みたいでよく分かりません。
そう言えば、展覧会のはずが
絵を観てる人がいない。
と、キョロキョロしていると

「お待たせしました」

と言ってB子と同じ制服を着た女性が現れました。

はっきりとした顔立ちの若い女性。
学校で例えるなら副学級委員。
しかも、学級委員ではなく
わざわざ副学級委員に立候補する感じの。

しかし、美人。
間違いなく美人。
私が想像してたA子を軽く超えました。
誤算。
うれしい誤算。

彼女は私を長らく待たせたことを詫びつつ、椅子に座るとまず

「初めまして、C子(実際には苗字)と申します」

C子!?
A子ではない?

なんでしょうこのショックな感じは。
この美人がA子ではなかったというショックなのか、
あっという間に思い込んで舞い上がってしまった自分に対するショックなのか、
よく分かりません。

C子はつづけます。

「A子が別の用件でまだ来れないんですよ…。
 彼女が来るまで私がお話させていただこうかなぁと」
「は、はい…」

私自身の立て直しと
事態の把握もままならないうちに、
C子との話が始まりました。

ここは展覧会会場ですから、C子との会話は絵についてです。
どんな絵が好きかとか。部屋に絵は飾ってあるかとか。
2つの絵を見せられどっちが好きかとか。

会話と言っても一方的に質問され、私が淡白に答え、C子がひとりで盛り上がってるわけですが。
私も絵についてはやや興味がある程度で詳しくないですし。

しかし彼女は私が答えるたびに

「うんうん!」
「そうそう!」

とうれしそうな反応をします。
これってそういえば、A子のノリと似てる。
そして来ました同じセリフが。

「わたし、のぶろうさんと話してると楽しいなぁ」

いつから私は会話でこれほど人の心を
つかめるようになったのか分かりませんが、
悪い気はしません。

絵のある生活、というのを彼女はしきりに推奨し、私のような人間はぜひ部屋に絵を飾るべきだと言います。
そして会話のそこかしこで私をホメます。
悪い気はしません。

しかも美人。

いつのまにか、私の頭の中からA子がいなくなっていました。

私はA子と電話で話し、A子と会う約束をして、
C子はA子が来るまでの話し相手のはず。
いつかはA子が出てきて、C子と交代するはず。
そんなことはすっかり忘れ、うつつを抜かしている私に
C子はこんな話をし始めました。

「のぶろうさん、ここにある絵が持てるとしたら、どう?」

…どうって言われても。

彼女の目つきが一瞬だけ変わったのを私は見逃していました。

【後篇につづく】

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