追想〈#15.中篇〉
#15
夏休み。僕は進学塾の合同合宿に参加していたが、心に深い傷を負ってしまい、受験勉強どころの精神状態ではなかった。会場のホテルで倒れてしまい、遠方から叔父が迎えに来てくれたことを覚えている。──あの日は大雨だった。
夏休みが明けた2学期からは長期欠席。担任の先生に「人間不信になってしまった。詳しくは話せない」と事情は伏せて理由を伝えた。母は僕が急に学校に行かなくなったものだから混乱に陥った。家族には随分と心配をかけてしまった。
やがてクラスメイト全員から僕のもとに手紙が届いた。クラスの女子生徒が呼びかけて、僕に手紙を書こうという流れになったようだ。その手紙の束を、ある平日の夜に、担任の先生がわざわざ自宅に届けにきてくれたのだ。
クラスメイトの中に、僕が不登校になった事情を知っていた人が何人いたのかは分からない。ただ、手紙の中で一連の出来事に触れている人は全くいなかった。「いつでも帰ってこいよ、みんな待ってるからさ」という内容がほとんど。
クラスメイトの気持ちは嬉しかった。でも学校に居場所は無くなったし、学校に行ったって彼女たちから苛烈な攻撃を受けるだけだ。何より、飛鳥ちゃんの平穏な学生生活を邪魔してしまう。僕はそれがとにかく厭だったのだ。
ただ、一通の手紙が、心の最もやわらかいところに触れた。同じ文化委員だった女子生徒からの手紙だった。「プレゼント」「有心論」という歌を教えてくれたほか、「1人はきつい」という言葉がとても嬉しかったことを覚えている。
おそらく「文化の仕事が多いので、1人はきついです」というのは彼女の悲鳴で、僕が喜んでいいことではない。しかし、僕の存在の欠片が確かにそこにはあったんだなと思うと、嬉しくならずにはいられなかったのだ。Nさん、ゴメン。
秋頃、僕は再び精巣捻転の手術を受けた。主治医と相談して、左側の壊死した精巣を摘出することにした。僕は中学生にして男性の象徴を失った。片側だけといえど、生活に少なくない影響を及ぼしたし、それは今後も続いていく。