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博子の海外留学記(出発編)

前回はなぜ海外留学をすることになったのかお話しいただきましたね。実際に渡航するまでのこと話してもらえますか?」

そうね、ようやく本題ね!

その前にちょっとだけ…。
夫に「来年は行く!」と宣言してそこから留学に向けてバリバリ準備をしたわけではなくて。
「来年は行く!」と公言したことから気持ちを整理していたの。
気持ちの半分以上は、期待ではなく不安、不安、不安。

第一に、私のすべてのケアを任せることについての不安。

ここで少し私の身体のことを伝えておくね。
書くかどうか迷ってたんだけど、これを伝えずに留学記を完成できないと思ったので、まぁさらっと。

脊髄を損傷して、怪我する前と全く同じ機能を持つのは、胸半分から上だけで、足はもちろん腕はちょっとだけ動くけど手はパーの状態に開いたまま。筋肉や皮膚感覚も麻痺してるから、お手洗いは小も大もできないの。
だから、小は膀胱にカテーテル留置で尿バックへ。大は週二回浣腸と摘便という医療的手技…要はお尻の穴から大を掻き出してもらうことで健全な身体経営をしているのね。
怪我して動かん手足は勿論だけど、しみじみこの新しい身体状況には手をやいていて。

だって、、、嫌でしょ?

その上、週二日のその日は家に居なきゃなんないから旅に出ても長くて3泊4日。この制限も本当に嫌だった。
これが二つ目の「何とかならんのか…。」
(一つ目の「何とかならんのか…」は前回をご参照ください)

この辺のケアは日本では家族か医療従事者のみができるのだが、デンマークでは制約がないので本人了解のもと誰でもできるのだ。
すごいでしょ!!!

まぁ、規制が無いからと言って、誰にでも頼める事じゃ無いのわかると思うけど…。
私はそれが出来るほど突き抜けて生きられたら怖いもんナシだなぁと、常々思っていた。

だから、医療未経験の未知の同級生と生活するだけではなく、生きるためのすべてのケアを任せることは、自分を試すちょうどいいチャンスとは思っていたけど、命も羞恥心や尊厳も明け渡すと言う事でね、不安になるのも仕方のないことなのはわかってもらえるかしら?

第二の不安は、年齢。

もちろん言葉や環境とかも心配だったけど、やっぱり年齢ですよ。
学校自体も20代がメイン。
私と同期の日本人は下が18歳、上が27歳。

私から見たら我が子世代なわけで。ジェネレーションギャップがどうなのかが心配だった。
でも、デンマークキャンプの仕掛け人が50歳代だったと言う事と、姉が20歳代の学生に混ざって大学院に通っていたと言うことが私を後押ししてくれた。
まわりに見習いたいと思える人生の先輩たちが多くいて、本当にありがたかった。

この留学記が何らかの障害を持つ人の力になればいいなと思うのは勿論、年齢を理由に新しいことに後ろ向きになっている人にも届けばいいなと思っている。
出来ない理由を並べるのは、ホント、もったいないのですよっ!!

今の私は、障害も年齢も言い訳にしない生き方がポリシーっす。 

さて、宣言してから約1年ほどあったんだが、準備期間と言われるこの時期やったことってほとんどない。あはは。

とりあえずチンタラ英会話をやってみたり、エグモント卒業生から情報を集めたり。
学費を納入した日に、もう後戻りできないなと思ったくらいかな。 
☝️学費は、あの当時のレートで日本円で約570,000円くらいだったと思う。全寮制なので、学費のほかに食住費も込みなので、意外とお手頃価格らしいですよ。

バタバタと荷造りを始めたのがひと月前で、この荷造りがすごく大変だった。
自分でできない荷造りは全く進まないし、最終的に、必要だと思われそうな物をとにかくたくさん持っていってしまおうという作戦で、アマゾンでポチポチ購入したものを出発の数日前にスーツケースに放り込み、段ボールに押し込んで郵便局から配送。

出発の1週間前あたりは、どこかもう、ぐったりと疲れてしまい「まぁ、命さえあれば何とかなるな」と、開き直った感じだった。

入学式が8月1日。その3日前、同期日本人メンバー7人が成田で初顔合わせして、デンマークへ。
(ひとりの女の子には医療的ケアも含めた予習として会ってたよ)

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コペンハーゲンで2泊した後、3時間ほど電車に乗ってエグモント入りって行程で、コペンハーゲンのホテルを決めるのにLINE上メンバーとのやりとりは私にとって思い出深いひとコマだったわ。

私はもちろん、男女別の部屋を〜と思っていたんだが、やりとりはすでに、ドミトリーと言われる簡易ベッドにシャワーの1部屋。

「さすがにはじめましての異性が相部屋ってどうよ?」などと返答する私に若者たちは、あっけらかんと「気にしません」の返信の嵐。

「結婚前の異性と既婚者の私が同室。」頭ん中はすっかり日本の正しい50歳で逆に恥ずかしくなったのだった。
今思えば、この時から「障害者とは、男とは、女とは、妻とは、母とは、50歳とは、こうでなくっちゃいかん。」って常識に固められた自分に気づいていくことになるの。 

海外送金から始まり、ビザ取得、飛行機やデンマークの電車のチケット購入に荷造りと、留学生活スタートまでがヌクヌクボーっと過ごす5年分ぐらいの内容の濃さで…やはり今回も学生生活に辿り尽かす…ひぃぃぃー。

でも実は、エグモントに到着してからしばらくの記憶があいまい。
とにかく、周りを見ても、美しい景色に北欧人だらけで浮き足立っていたってのがリアルだな。

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とりあえず、写真でも。
あー、懐かしいなぁ…

見よ!
この、映画に出てくるような私の部屋を!!

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「次回は生活の様子を聞かせてくださいね♬」


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