【Episode 1】アジア球界からプロスペクトが消える日【KBO】
MLBによるアジア球界のマイナーリーグ化が叫ばれて久しいが、その手は各国のアマチュア球界にまで及んでいる。そんなアジア球界が抱えるプロスペクトの海外流出とその問題点にまつわる雑感を、3回に分けて書き連ねていくこととする。初回となる今回は、韓国球界をピックアップ。
1.アマチュア球界と“田澤ルール”
これまでも何度かX(旧twitter)で取り上げたことがあるが、プロスペクトの海外流出という点において、韓国球界は年を追うごとに難しい状況に置かれているように感じられる。KBOの実力/実績の向上と共に、FA/ポスティングでのMLB移籍ルートが確立されつつあるが、未だアマチュア球界への波及効果は大きくない。
韓国アマチュア球界を語る上で欠かせないのが、その独特のエリート選抜システムにある。
韓国で野球部に所属するということは、学業を完全に諦め、プロ入りと野球推薦での名門大学入学にオールインすることを意味する。言わばプロ養成機関であるため、レベルの高い競争によるスキルアップが目指せる環境と言えよう。一方で、身体的に遅咲きの選手は競争にすら加わることができないシステムとなっているため、人材の取りこぼしが大きな課題となっている。
また、独特な環境の副産物として、NPBでも大活躍したイム・チャンヨンを始めとする、サイドアームの多さが挙げられる。
各学年には6~7名の有力投手が在籍していることから、少しでも成功する可能性を高めるべく、必ず1人はサイドアームに転向するのだという。比率すると、全投手のうち16%がサイドアームや変則投手となる。この傾向はKBOにも引き継がれており、21年は全体のうち1401イニング(11.1%)をサイドアームが消化。NPBが639イニング(4.2%)だったことを踏まえると、サイドアームの比率の高さが伺えるのではないだろうか。
しかし、こうした狭き門を潜り抜けた、トッププロスぺクトの第一希望はKBO入りではないという。
・21年/高校生スラッガーのチョ・ウォンビン(STL/非公表)
・22年/MAX157キロ高校生右腕のシム・ジュンソク(PIT/75万ドル)
・23年/MAX158キロ高校生右腕のチャン・ヒョンソク(LAD/90万ドル)
3年連続で全体1位指名候補がドラフトをスキップ、国際FAとしてMLB球団と契約を締結。また、22年は1巡目候補のオム・ヒョンチャン捕手(KCR/推定50万ドル)、23年も1巡目候補のイ・チャンソル投手(BOS/推定30万ドル)がMLB球団と契約するなど、トッププロスペクトの海外流出が止まらないのが現状のようだ。
NPBには、20年まで有力なアマチュア選手の海外移籍を制限するべく、所謂“田澤ルール”があったが、KBOには現在も同様のルールが存在する。そのルール(ペナルティ)はNPBより重く、KBO球団との契約条件の制限や出身校に対し5年間の支援金停止など多岐に渡る。
22年のシム・ジュンソクを例にとると、その影響の大きさの一端が窺えるのではないだろうか。彼の出身校は毎年のようにドラフト候補者を輩出する、韓国屈指の超名門校であった。21年のKBOドラフトでは3名が指名を受け、支援金(野球用具)の総額が1億ウォン(1千万円程度)に達したほどである。
これらのルール(ペナルティ)は、MLB球団と契約した時点で発動する。彼の出身校からは22年に2名、23年に1名、24年には3名がドラフト指名されているため、少なくとも23年以降にドラフト指名された、計4名分の支援金(野球用具)は支給されていないことが推測される。彼のケースは超名門校だったが故に、その影響の大きさが際立つ事例となったと言えよう。
このルール(ペナルティ)の存在により、アマチュア選手がドラフトをスキップする場合、MLB球団との契約金の一部を支援金という形で出身校へ残していくのが通例となっている。
本人だけでなく、出身校への影響を考慮した高校生が海外進出を熟慮するケースが多数見受けられたが、この流れは高校生だけに留まらず、ついに中学生世代が海外へ進出。中学生No.1キャッチャーと評されるユン・ヨンハが、米Putnam Science Academyから年5万5000ドル超の奨学金(スカラシップ)を獲得し、アメリカ留学が決定した。
これらのルール(ペナルティ)は、韓国国内の高校/大学の卒業者が対象となるため、以前より、MLBを目指す選手の抜け道の1つとして海外留学は存在していた。しかし、ユン・ヨンハのようなトッププロスペクトの海外留学は極めて異例であり、これがメインストリームとなると、アマチュア球界の空洞化が進む可能性が高くなる。
アマチュア球界の空洞化はKBOのレベル低下と同義であるため、早急な対策が必要であるが、中学世代の海外留学に対する具体的な対策は、現状では見当たらないように思われる。これこそが、韓国球界が抱えているプロスペクトの海外流出における、最大の問題点ではないだろうか。
2.韓国球界に差し込んだ光明
このトレンドに関し、一石を投じることになるではと期待されているのが、KBOの大スター、”風の孫”イ・ジョンフのポスティング移籍である。
彼のサンフランシスコ・ジャイアンツへの移籍報道は、祝福と大きな驚き、そして疑問符を伴って伝えられた。これは、6年総額1億1300万ドル(27年オプトアウト権付)という、予想外の破格のオファーであったことが主な要因であった。これに加え、ポスティングフィーとして、別途1882万5000ドル(オプトアウトせず6年在籍の場合)が加算される。つまり、総額1億3200万ドルのビッグディールである。
米野球メディア大手のMLB Trade Rumorsは、5年5000万ドルの契約を予想。他メディアも最大6年6000万ドル前後の契約を予想していたことからも、このビッグディールが如何に衝撃的なものであったかを感じ取れる結果となった。
彼の実力を前提に、SFGの編成状況と薄いFAプール、アジア方面へのマーケティングなどを総合的に判断した上でのオファーであることが推測されるが、明らかなオーバーペイであるとの論調が少なからずある。これに関して、個人的に思うことは多々あるが、不勉強なため割愛させて頂くこととする。
彼の真の価値は、先人たちの足跡を踏まえ、KBOからでもMLB球団とのビッグディールを結べることを証明した点にある。
KBOからのポスティングによるメジャー移籍は、条件面という点で非常にリーズナブルである。このリーズナブルなポスティングフィーを受け入れるかどうかは所属球団側の権利であるが、選手を後押しするべく受諾するのが通例であった。しかし、今回の彼のビッグディールは、こうした状況を一変させたと言っても過言ではない。何より、ドラフトのスキップを考慮するプロスペクトへ、これ以上ないアピールとなった。
現在のKBOにおいて、ポスティングによるMLB移籍は極めて現実的なルートである。加えて、KBOの実績だけでビッグディールを結べるとなれば、将来的なMLB移籍を目指すプロスペクトにとって、これ以上ない環境となる。出身校に負担を強いる事もない上、海外移籍に関するリスクを一切背負わずともよくなるため、重大なターニングポイントと言えるのだ。
この状況の変化により、プロスペクトの海外流出に歯止めが掛かることが期待されている。
これこそが、イ・ジョンフが韓国球界へ残していくレガシーである。彼のポスティング移籍が韓国球界にもたらすものは、高額なポスティングフィーや誇らしいナショナリズムだけではなかったのだ。
3.韓流と空白の10年間
こうしたプロスペクトの海外進出が、アマチュア/国内リーグの空洞化を招く一因であるとされている。しかし、得られたスキルや経験が国内リーグや代表チームの強化に還元されているのであれば、大局的な観点からは成功と言えるのだが、事はそれほどうまく運んでいないのが現実のようだ。
現在の韓国代表は、この理想と現実のギャップに苦しんでいる。
2008年北京五輪/2009年WBC準優勝を最後に、韓国代表は低迷を続けている。アジア大会(金メダルで兵役免除)では結果を残すが、世界が相手となると分が悪いのが現状である。韓国メディアがその原因を精査する中で、度々目にする論評が、今の韓国代表には独自のスタイル(カラー)がないからだという。
屈指の投手力を誇る日本代表やハイエンドなオールラウンダーを揃えるアメリカ代表、強打のスラッガーをズラリと並べる中南米の国々と比較すると、韓国代表が他国に対してアドバンテージとなる部分がないという分析である。元来、ナショナリズムを前面に押し出したモチベーションの高さが持ち味であったが、国際化が進んだこともあり、今ではその面影もなくなってしまったとも。
しかし、最大の要因は絶対的なエースの系譜が途絶えたことにある。
短期決戦における投手力の重要性は周知の通りであるが、00~10年代を席巻した、リュ・ヒョンジン、ヤン・ヒョンジョン、キム・グァンヒョンの左腕三銃士以降、エースと呼べる投手が育たなかったのだ。
韓国では、ローテーションの柱となる投手を2人挙げ、これを”ワンツーパンチ”と表現するのだが、この直近10年間において、ほぼ全てのチームの”ワンツーパンチ”は外国人投手が占める。当然、WARランキングも外国人投手が独占する事態になっている。例外は前述のヤン・ヒョンジョンと技巧派サイドアームのコ・ヨンピョ程度である。
しかし、近年は若手投手を中心に高速化が進み、アン・ウジンやグァク・ビン、イ・ウィリやムン・ドンジュといった本格派エース候補を輩出するなど、世代交代に向けて確実に前進しつつある。
この背景にあるのが、スポーツサイエンス施設の普及である。
アメリカのドライブラインが有名だが、韓国にもSSTCというトップクラスのスポーツサイエンス施設があり、ヤクルト・スワローズの選手団が通うことでもよく知られている。この他にも、国内に大小300前後のスポーツサイエンス施設(アカデミー)でレッスン/セッション/トレーニングが行われている。
こうしたスポーツサイエンス施設は、データを用いた科学的なアプローチでアスリートをサポートすることに長けている。従来の感覚や経験則に基づいた指導とは異なり、個人に応じた理論上の最適解を導き出してくれるのだ。
以前は、学校側がスポーツサイエンス施設(アカデミー)の利用を禁止していたが、近年は黙認する傾向にあるという。通常は、多くとも2名のコーチで25名を超える投手陣を受け持つため、指導のキャパシティに限界があるという点も要因の一つである。
また、地方には利用を禁止する高校もあるが、リハビリを口実にして通う選手がいるなど、止めることは事実上不可能とも。レッスンを優先するため、夜間練習には3~4人しか集まらない高校があるというほど普及している一方で、利用に関する課題も露呈している。
こうしたデメリットはあるが、若手投手の高速化の大部分はスポーツサイエンス施設(アカデミー)の貢献によるため、アマチュアを管轄する韓国野球協会も対応に熟慮している様子。
協会としても、若手投手のブレイクスルーを一過性のもので終わらせないために、アマチュア指導者の育成に取り組んでいる。優れた指導者こそが育成の根幹との観点からライセンス制度を取り入れるなど、10年間の空白を埋めるべく土台から固める方針を取っている。
4.復興の狼煙
90年代から00年代にかけて、KBOから直接メジャー契約を結ぶことは不可能であった。韓国人初のメジャーリーガーであるパク・チャンホに始まり、キム・ビョンヒョンやチェ・ヒソプにソ・ジェウン、そしてチュ・シンス。彼らは皆、アマチュアのまま海を渡り、マイナーリーグから這い上がりメジャーリーガーとなった。それが最善であり、唯一の方法でもあったからだ。
アマチュアプロスペクトがKBOではなく、国際FAとしてMLB球団とのマイナー契約を結ぶという選択肢を選ぶのは、こうした歴史の積み重ねと共に、メジャーへの憧れと最短ルートであるとの判断によるものなのだろう。
しかし、国際大会での韓国代表の躍進がNPB/MLB球団の関心を深めた結果、リュ・ヒョンジンが初めてKBOから直接メジャー契約を結び、オ・スンファンとイ・デホはNPB経由でメジャー移籍といった新たな移籍ルートを開拓。彼らの大活躍が韓国人選手の評価を高めた今、KBOからのメジャー移籍は極めて現実的なルートとなった。
更に、現在のKBOはポスティング移籍に前向きな球団も多いことから、メジャー契約を結ぶという条件下において、最短ルートにあるリーグとも言える。最大の懸念材料であったリーズナブルな契約内容も、イ・ジョンフのビッグディールによって解消されつつあり、将来的なMLB移籍を目指すプロスペクトにとって、理想的なリーグ環境が整いつつあるのだ。
国内リーグの充実は代表チームの強化に直結すると評されている。こうしたリーグ環境の変化により、プロスペクトの海外流出に歯止めが掛かった時こそが、韓国代表の復興の狼煙となるのではないだろうか。
火種は既に燻り始めている。
次回は【Episode 2】アジア球界からプロスペクトが消える日【CPBL】を予定。