はじめに——編集思考#1
イノベーション、新規事業開発、チームづくり、個人のキャリア構築… あらゆるシーンで武器となる、これからの時代を生きるビジネスパーソン必須の思考法は「編集」から学べる。『編集思考』の一部を、特別に公開します。
私たちNewsPicksパブリッシングは新たな読書体験を通じて、「経済と文化の両利き」を増やし、世界の変革を担っていきます。
はじめに――「編集」は、メディアの外でこそ活きる
私は過去17年にわたり、記者、経済メディアの編集者、プロデューサー、モデレーターとして、1万人以上の方々とお会いし、話を伺ってきました。メディア業界の枠を超え、多くの人と触れ合うほどに確信するのは、「編集という技術はメディア業界の外でこそ輝きを発揮する。すべてのビジネスパーソンが編集を身につければ、日本はもっとおもしろくなる」ということです。
「編集」とは、私なりに整理すれば、「セレクト(選ぶ)」「コネクト(つなげる)」「プロモート(届ける)」「エンゲージ(深める)」の4つのステップによって、ヒト・モノ・コトの価値を高める行為です。
編集者は英語でeditor。その語源はex(外に)+dare(与える)をつなげたラテン語「edere(生み出す)」にあります。つまりは、「外に出す」「生み出す」という意味です。編集とは、ヒトやモノやコトのいいところを「外に出」して、何かとつなげて、新しい価値を「生み出す」手法なのです。
そう考えると、編集とは編集者だけが用いる特殊技術ではないことがわかります。編集とは、あらゆる企業がイノベーションを起こし、新規事業を開発するための技術であり、あらゆる人々が自分らしいキャリアや人生を紡ぎ出すための道具なのです(そもそもイノベーションが日本語で「新結合」と呼ばれることからも、編集とイノベーションの相性のよさがうかがえます)。
私がこの本で言いたいことは、たった1つ。編集者的な思考法、いわば「編集思考」こそが、日本と日本人の未来を創るということです。編集思考を、仕事、人生、教育、経営、政治、外交などに応用することによって、日本と日本人の持つポテンシャルは一気に花開くと信じています。
日本は編集する素材の宝庫です。街を歩いていても、誰かと酒を飲んでいても、「これとあれを組み合わせたら、おもしろい化学反応が起きそう」という「新結合」のアイデアがひっきりなしに湧いてきます。いい素材がありすぎて、体と頭がいくらあっても追いつかないくらいです。
編集思考を身につけ、「思考の檻」から脱出しよう
しかし、これだけ編集する素材にあふれ、経済的にも豊かな国でありながら、多くの日本人は今、人生にぼんやりとした不安を抱えています。
なぜ多くの人たちが、閉塞感を抱いているのでしょうか。希望を見つけられないのでしょうか。
それは、「思考の檻」にとらわれているからだと思います。親や会社や友人や世間が敷いたレールに縛られすぎて、自分の頭と心が自由に動かない。「こうあらねばならない」という固定観念が「思考停止」と「感情停止」と「行動停止」を併発してしまっているのです。
その「思考の檻」とは、端的に言うと、近代的な価値観です。
大量生産・大量消費を是として、人を画一的な枠に押し込め、人間と社会の画一化を図る。この高度経済成長期には機能したシステムが、今なお日本を覆い尽くしています。それこそが、平成の日本が停滞した最大の理由でしょう。私は、人生におけるもっとも大切な価値観は「自由」と「創造性」だと思っているのですが、その双方が圧殺されてしまっています。
多くの方は、中学・高校時代に校則が厳しくて息苦しい思いをしたことがあるのではないでしょうか(私は宿題を忘れてよく正座させられました)。今の日本は、その状態が大人になってもずっと続いているようなものです。
私の目には、男性のスーツが学ランに、首からぶら下げた社員証が名札に、会社の管理部門が生活指導の先生に、上司がクラスや部活の先生に、高層ビルの無機質なオフィスが学校に、満員電車がすし詰めのスクールバスに、粗さがしをするメディアが風紀委員のように見えてなりません。
どうしたら、この閉塞感を破れるのだろうか、日本をより自由で創造性に満ちた社会にできるだろうか――そう悩み続けて行きついたのが。「編集思考」でした。
今の日本は、思考の檻にとらわれ、企業も政府も「縦割り」がはびこり、自由度がなくなってしまっています。
だからこそ、編集により既存の価値観を一旦ときほぐし、「横串」を通す必要があるのです。
「正解」が失われた人生を再編集する
編集思考は、個人にとっても、自分らしいキャリアや人生を創り上げるための頼もしい味方になります。
そのためにも、まずは近代的価値観の象徴である「サラリーマン」という枠組みを疑わないといけません。有名企業に就職し、会社に奉公し、給料をもらい、住宅ローンで郊外に家を買い、満員電車で会社に通い、子どもを私立に行かせ、定年までできるだけ大きな失敗をしないようにまじめに勤め上げる――こうした「理想のサラリーマンモデル」はとうの昔に賞味期限が切れています。
これからの世界では、生き方やキャリアに?唯一の正解?や?みなが憧れる花形?はありません。価値観や正解がどんどん多様化し、自分に合った仕事や人生を各々がカスタマイズしていかなければならなくなるのです。
戦後の日本のビジネスパーソン(主に男性)にとって、会社こそが社会でした。会社で仕事も友人関係も趣味も、伴侶探しまでもがほぼすべて完結していました。会社は世界のほぼすべて、いわば?小さな国家?だったのです。しかし今後、会社はオープン化していきます。会社が社員を縛り付けることはできなくなりますし、会社としても社員の面倒を見続ける余裕はなくなります。
普段の仕事でも、会社の枠を超えたメンバーで取り組むプロジェクトがますます増えていくでしょう。オフィスにみなが集まる時間は減り、コワーキングスペースや自宅で働く時間が増えていくはずです。各人にとって、会社は依然大事な存在の1つではあり続けるものの、あくまでワン・ノブ・ゼムにすぎなくなります。
それゆえに、自分という存在を素材として客観視し、強みを「選び」、そのときどきで自分に合った会社やコミュニティと「つながり」、自分という存在を「届け」て、関係性を「深める」。そんな仕事や居場所やキャリア、つまりは「人生の編集」が、これからより大切になっていくはずです。
兼職や副業をする人もいれば、NPOや地域の団体で活躍する人もいれば、子どもの学校でPTAなどの活動をする人もいれば、趣味に打ち込む人もいる。いろんな生き方が可能になります。その自由度の高さは編集思考に秀でた人にとっては福音であり、そうでない人にとっては悪夢です。
多様であるとは、自由であるとともに、面倒くさいことです。自分で決めることが増えるということです。これまでは目標が降ってきたのに、これからは自分で目標を決めないといけなくなる。多様性はバラ色ではないのです。
定年を迎えたサラリーマンが何をしていいかわからなくなって暇人と化す。受験や就職に失敗した若者が絶望してニートになる――自分で目標を設定できないと、近代的な従来のゲームで挫折したときに、心が折れてしまいます。
しかし、編集思考を鍛えれば、「多様化恐るるに足らず」です。多様な材料の中から、多様なつながりを生み、多様なおもしろさを編み出す。編集思考とは、ポスト近代の多様化時代を、楽しく生きるためのキラーアプリなのです。
私は、東洋経済新報社に入社して以来、東洋経済オンライン編集長やニューズピックス編集長を歴任し、今は映像コンテンツの企画・プロデュース集団であるニューズピックススタジオのCEOと、ニューズピックスの新規事業担当取締役を務めています。すなわち、一貫してコンテンツと事業を「編む」仕事をしているわけですが、ずっと飽きずに働けているのは、「編集」がそれだけダイナミックでおもしろい仕事だからです。
この本には、私が17年間の編集者人生で学んだ「仕事や人生や事業を楽しく編集するためのヒント」を惜しみなく詰め込みました。
本書を通じて編集思考を実践する方が増え、1つでも多くの希望が新しい時代に生まれれば、それに優る喜びはありません。閉塞感あふれる縦割り社会に横串を通して、あなたの人生と日本をもっとおもしろくしていきましょう。
目次
はじめに 「編集」は、メディアの外でこそ活きる
第1章 「縦割り」の時代から「横串」の時代へ
第2章 編集思考とは何か
第3章 ニューズピックスの編集思考
第4章 世界最先端企業の編集思考(ネットフリックス、ディズニー、WeWork)
第5章 編集思考の鍛え方
第6章 日本を編集する
おわりに 編集思考は「好き」から始まる
(第1章『「縦割り」の時代から「横串」の時代へ』へつづく)