STARTUP LIVE #9 鶴岡裕太氏——イベントレポート
5/29に出版された『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』(NewsPicksパブリッシング)の刊行を記念して、本書に登場する起業家の方々をお招きする連続イベント「STARTUP LIVE」が開催された。
第9回目はBASE株式会社の鶴岡裕太氏をゲストにお迎えし、著者堀新一郎氏、琴坂将広氏と対談。その様子を書き起こしにてお届けする。
書籍のご紹介
鶴岡裕太氏のご紹介
STARTUP LIVEのアーカイブ動画(YouTube)
琴坂将広氏(以下、琴坂):みなさんこんばんは、STARTUP LIVEのお時間です。この番組は2020年5月29日発売の話題作、『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』の出版を記念して、この本に登場する起業家の方々をお呼びし、根掘り葉掘り質問しちゃおうという企画です。 #STARTUP本 でコメントもお待ちしております。プレゼンターは私、慶應義塾大学SFCの琴坂将広とYJキャピタルの堀新一郎でお送りします。
今日のゲストは鶴岡さんです。こんばんは!
鶴岡裕太氏(以下、鶴岡):よろしくお願いします。
堀新一郎氏(以下、堀):鶴岡さんのことだから、STARTUP本をもう読まれていると思うんですけど…(笑)、ずばり感想を聞かせてください。
鶴岡:「すごくよかった」って周りから聞いているんですけど、まだギリギリ、ギリギリ読めてないんです(笑)。
堀:お忙しいですからね。取材に協力していただいただけでも本当にありがたいです。
鶴岡:いいえ、全然そんなことはないんですけど。
琴坂:前回登場してただいた堀井さんからの質問です。「BASEの場合はSTORESさんとの勝負がバチバチだったのでしょうか? 当時BASEとSTORESのプロダクトにはそこまで差があるわけではないと思うのですが、そのなかでどうやって戦ったのか、差別化したのか?」という質問です。
鶴岡:BASEは2012年にローンチして、それよりも2、3カ月先にSTORESさんが出たんですけど、2013年とかはわかりやすく競合という感じだったかなと思います。僕もすごく意識していたし、チームもすごく意識しながら機能を作っていた思い出はありますね。毎週どちらかが新機能を出していて、うちが何かをやったら向こうからも別の機能が出て、その機能をうちもやったほうがいいのか、もしくは新しいやつをやったほうがいいのか…みたいな感じでした。それは、BASEがスタートダッシュをきれたきっかけでもあったと思います。そこの戦いにフォーカスできたのは、すごくよかったと思っているんですけど、当時は「ここで負けちゃったら、BASEはどうなるんだろう、会社はどうなるんだろう…」と思いながら、必死に戦っていました。
すぐ決着がついたとは思っていないんですけど、中長期的に見ると、BASEが「新しくネットショップを作りたい」と思っている人をどんどん取っていきました。既存のマーケットをリプレイスしているわけではないので、お金をかけてユーザーを獲得するというマーケットではないと個人的に考えていて、プロダクトとマーケットに一番長くコミットしたチームが勝つと思っていました。
BASEは口コミでショップが増えていて、購入者がショップに転換するという流れが当時から見えていたので、プロダクトの価値を保って、ブランド価値を作りながら、ネットワークエフェクトが利いている状態を維持することを大事にしていたんです。何かをハックするようなマーケットではなくて、やりきったところが勝つというマーケットだと思っていたので、そこに集中していました。
堀:自分たちを信じて進んでいたんですね。
鶴岡:そうですね。BASEはマーケットを新しく作っていくところに賭けていたので、何かをハックしてユーザーを獲得することはできなかったんです。それは今でもあまり変わりません。BASEが獲得できる割合は今も増えていて、ニーズ独占的に店舗が積み上がっているところではあります。なので、(事業領域の)特性を理解してからは、そこまで競合を意識しなくなりました。
琴坂:どのようにしてその特性を理解ができたのでしょうか?
鶴岡:当時からBASE以外にもネットショップが作れるサービスがたくさんありましたし、ヤフーショッピングとかAmazonとか楽天も考慮すれば、すでに巨大なマーケットがあったんです。そのようなところに直接スカウトしにいってみたりとか、SNSやマーケットサーチエンジンに広告を打ってみるとか、いろんな施策を試した結果、基本的にどれもドライバーがかからず、劇的に数字が上がることはありませんでした。やっぱり口コミのような自然増が一番多くて、100万ショップを超えた今も、いまだに6、7割くらいは自然増でショップができています。
僕は学生起業でマーケットの知識もなかったので、いろいろ試した結果、口コミを上回る施策はないということがわかって、そのときに「誰よりもいいプロダクトを作る、BASEというブランドの価値を生成する」ところにフォーカスしたほうがいいと思いました。
堀:たとえば、BASEを導入することが決まっていたお客さんに「ごめんなさい、やっぱりSTORESにしました」と言われることはありませんでしたか?
鶴岡:BASEの場合は(お客さんを)全部インバウンドで獲得しているんです。営業して獲得しているわけではないので、特定のユーザーさんを(競合と)奪い合うことはありませんでした。「われわれはプロダクトを作っている。ユーザーさんは自分で売る商品を作っている」という関係性のなかで、物を売りたいと思ったら、ユーザーさんが自然にBASEを選んでくださって、販売してくださっていました。なので、お客さんを奪い合っているという感覚はありませんでした。
堀:あまり競合分析はしていなかったのですか?
鶴岡:競合の新規機能などは絶対にみていました。BASEを作って2年目くらいに、ヤフーショッピングさんがサービスを無料化したときは「これどうなるんだろう…」って思っていたし、しっかりと一通り調査もしました。他社の新しいリリースを誰よりも把握できているという感覚はありましたが、そこにアジャストしていくかというと、そうではありませんでした。
琴坂:理解はするけど、合わせないという感じですね。
鶴岡:そうですね。BASEにはプロダクトメンバーがたくさんいて、ひたすら新しい機能を作っているんですけど、今日リリースした機能の結果は今月のKPIには反映されないんです。将来の獲得ユーザーに利いてくる機能になるので、「この機能は来年の数字にインパクトがあるかな?」くらいのスピード感でやっています。その点で、本当に長い試合だと思っていて、すでにBASEが成功しているとも思っていないですし、これから10年、20年とコミットし続けないと「BASEは成功したね」と言ってもらえないですよね。
シンプルにすること以外に制限はない
琴坂:以前「ユーザーヒアリングはしない、自分たちが未来を提示しなくてはいけない」ということをおっしゃられていたと思うのですが、そのアプローチのしかたは今も変わりませんか?
鶴岡:デザインチームやAIを作っているチームが(ユーザーヒアリングを)やるパターンもあるんですけど、あくまでも「自分たちが作ったインターフェースが使いやすいかどうか」を聞いていて、「ユーザーさんがほしい機能をそのまま作るわけではない」ということです。
たとえば、ユーザーさんから「Aという機能がほしい」という声があったから、すぐAという機能を作ってしまうと、プロダクトがユーザーの期待値を超えませんよね。ユーザーに課題があったら「なぜその課題があるんだろう」ということを掘ったりすることが大事です。BASEの加盟店やユーザーさんは、インターネットの入り口としてBASEを選んでくれていて、われわれがそれこそベースとなって、その上でユーザーさんが活躍してくださっています。なので、「ユーザーさんにほしいと言われた機能ではなくて、われわれがあったほうがいいと思う機能を作ろう」ということが創業のころからの思いです。もちろんカスタマーサポートの意見は見てはいますけど、それをそのまま作ることはありません。本質的に「なぜ困っているのか?」を考えて、よりよい解決法を出すことにこだわっています。
堀:特定のセグメントにフォーカスして、愛されるプロダクトを作っているところから、マス向けのプロダクトに切り替えていくタイミングはありましたか?
鶴岡:インターネットなので、フォーカスしたほうがいいところと、境目なく無限に攻めたほうがいいところがあると思っています。BASEの場合は創業当時から、「ECに必要な機能を僕の母が使えるくらい簡単な機能にする」というところは絶対に譲っていません。BASEは「個人やSMB向けのECサイトだからハイエッジな機能は作らない」と思われるんですけど、機能のレベルで作るかどうかを決めることはありません。どんな機能でもいいけど、全部(ユーザーが)簡単に使えるようにシンプルな構造にすることだけが制限で、「こんな機能を絶対作っちゃだめ」という決まりは一切ないんです。
僕はインターネットの可能性を信じていますし、インターネットが大好きなので、BASEを作る上では「BASEって特定の商材しか売ってないよね」という印象が絶対つかないように意識していました。「簡単にネットショップが作れる」というブランドを取ることを意識していましたし、「特定の商材しか売ってないよね」というイメージを作ることも絶対にいやだったので、サービスをオープンにしたまま続けたいと思っています。
琴坂:お店を出していただける方々が傾向として偏ってしまって、自分たちが狙うような広がりにならなかったということはありませんか?
鶴岡:どんなユーザーさんが使ってくださってもいいと思っていました。もちろん法律に違反しているようなショップだとか商品はリジェクトしますが、僕たちから「こういう商品を売ってくれ」とも言わないし、「こういう商品を売らないでくれ」とも言ってません。そもそも何も想定していないので、想定と違うと思うことはありませんでした。ただ「初めてネットショップを作るような方々」をメインのターゲットにしていました。
琴坂:世界観を作っていくという方向性と、いろんな人に何でも売っていただくという方向性のアジャストが難しいような印象を受けたのですが、どのようにやられましたか?
鶴岡:BASEはストアフロント型のプロダクトで、ヤフーショッピングさんみたいにモールがあるわけではないので、購入者さんはショップがBASEでできているかどうかがわからないんです。その点では、プロダクトの構造にも恵まれていたと思います。出店ショップのカテゴリでいうとアパレルが一番多いんですけど、そういう印象もそんなに持たれていないと思っています。
琴坂:確かにそうですね。
経営者として、まだ40年はある
堀:今おいくつでしたっけ?
鶴岡:30歳になりました。
堀:信じられないくらい大人だと思うのですが(笑)、この落ち着きというのは家入一真さんの影響が大きいのですか?
鶴岡:どうなんですかね…でも、物事を長期的にとらえるように意識しています。成功の定義ってすごく難しいんですけど…たとえば、僕がお世話になってきた方で一番年上だと、SBIの北尾吉孝さんや丸井の青井浩さんとか、メルカリの山田進太郎さん、サイバーエージェントの藤田晋さんとかそのレイヤーの人たちのことを「成功した」と呼ぶのだと思っています。僕はまだまだチャレンジャーで、失うものは何もないと思うんですけど、そういう方々は本当に長いビジョンで物事を考えているし、足元の微々たる変化を大して気にしていないんです。それは、一緒に時間を過ごさせてもらって学んだことなので、僕も短期的に何をしようがあまり変わらないと思っています。北尾さんはすでに70歳前後くらいで、僕が30歳なので、北尾さんのご年齢まであと40年経営人生があると考えると、もちろん今日の過ごし方はすごく大切ではあるんですけど、残りの40年のなかで最高のプロダクトを作ることが大事なんだろうなと思っていて、その点ではかなり影響されていると思います。
(質問)北尾さんなどの年長の成功者とどのように関係を構築、継続しているのですか?
鶴岡:どうやって関係構築しているんですかね(笑)。でも、大きな規模の企業を作ってこられた方たちのことが個人的に大好きで、そのような方々に背中を押してほしいというか…。さっき名前を挙げたような方々には、いろんな方法を使ってお会いしにいって今は株主になっていただいています。僕が視座を高く維持できるように、長期で本当に大きな事業を作ろうという意識を保てるように、株主さんにお時間をいただいているという感じです。
琴坂:この番組のリスナーには大学生も多いんですけど、何も形にしていない大学生にアドバイスはありますか?
鶴岡:やっぱりコミュニティに入るしかないと思います。僕の場合はCAMPFIREでインターンをしていて、そのときから家入さんとか、イーストベンチャーズの松山太河さんにすごくかわいがっていただいていて、その流れでBASEを創業していたりもするんです。そのときに一緒にご飯を食べにいったりとか飲みにいって、どんどんつながりが広がっていきました。進太郎さんはそういうつながりで株主になっていただいてるので、その点ですごく運が良かった、すごく恵まれていたと思います。なので、コミュニティに入れたというのは大きかったです。
堀:なぜCAMPFIREを選んだんですか?
鶴岡:大学生のころはKickstarterが好きで「クラウドファンディングってすごいな」と思ったんです。お金の流れが「物を作ってお金を得る」から、「夢を語ってお金を集めて物を作る」という順番に変化していたんですよね。あと、家入さんは九州出身で、僕も九州出身だったので、インターネット好きとしては当時からヒーローで、その2つがあいまって「CAMPFIRE受けてみよう」と思いました。
インターンに行くのはすごくいいと思います。いままでこの番組に出ているような方々は、すごく頭がいいじゃないですか。僕は単純にインターネットが好きなだけだったんですけど、CAMPFIREに行ってインターネットの話をしていたらかわいがってもらえて、「アメリカでこういういいサービスがあります」とか「こういうことがインターネット上で起こっています」とか、家入さんや太河さんが知らないような情報を僕から提供して、その代わりにお時間をいただくみたいな、そういう関係性だったと思います。
堀:「インターネットが好き」というのは、具体的にはどのようなことが好きなのですか?
鶴岡:なんでしょう…インターネット上にいるしかなかったんだと思います(笑)。友達もあまりいなくて、ずっとネットを触っていたので…。Kickstarterもそうだし、PayPalというサービスもすごく好きなんですけど、「それをどんな人が作っているんだろう」「どうやって作っているんだろう」「いつできたんだろう」とか、そういうところに好奇心を持てるタイプだったので、調べたりはしていました。でも、することがなくてインターネット上にいたという感覚ですね。特に目的はなくて、時間をつぶせるのがネットしかなかったという感じだったと思います。
琴坂:インターネットが好きで時間をつぶしている人はたくさんいると思うんですけど、そこから東京に進学するとか、CAMPFIREを受けるとか、そういうアクションが起こせたことに何か理由はありますか?
鶴岡:運ですよね。いまだに覚えているんですけど、当時八王子に住んでいて、中央線に乗っているときに「インターンを募集してます」という家入さんのTwitterの投稿を見て、気付いたら応募していました(笑)。
琴坂:運命ですね(笑)。そこに至るまではパッションや方法論はなかったけど、「ちょっとやってみるか」というところからスタートした物語ということですか?
鶴岡:そうです。「クラウドファンディングすごいな」という感覚はあったんですけど、それを作りたいという思いはあまりなくて、「家入さんにも会えそうだし行ってみよう」くらいの感覚でした。
『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』書籍のご案内
「インターネットの入り口であり続ける」という文化
(質問)今後、BASEを拡大する上で、出典側の1ユーザーあたりの規模を大きくすることは考えていますか? Shopifyと比べると1ユーザーあたりの規模が小さいお店向けに展開していると思います。ShopifyのようにAPIの解放などをして、企業のDXの流れに乗ることは考えているのでしょうか?
鶴岡:新規で大きいEコマースサイトを取るというのは意識していません。ですが、弊社の決算説明会資料にも記載しているんですけど、BASEの1店舗辺りの平均GMVがクォーターごとに上がっていて、それが上がっている要因は、BASEでネットショップを始めた人がどんどん成長して、トップ店舗がどんどん伸びていることにあります。大きくなったショップでも使えるような機能は随時追加していますし、今後も出していきます。ただ、あくまでBASEは初めてネットショップを作る人、ライトに始めようと思っている人の入口で、そこから加盟店が大きくなるんだったら僕たちも一緒に大きくなりたいと思っている感じです。加盟店の成長にはどこまででもついていきたいと思っているんですけど、すでに1億円売上があるようなEコマースをBASEが誘致するみたいなことは、われわれの文化とは合わないので考えていません。
琴坂:「文化と合わない」といのはどういうことでしょう?
鶴岡:僕たちは「インターネットの入り口であり続けたい」というか…、僕が好きなインターネットというのは、「個人とか小さなチームみたいな、いままで環境や立場によってチャレンジすることができなかったような人を強くしてくれる」というものなんです。なので、インターネットの入り口にはずっと居続けたいです。
インターネットの使い方はどれもすばらしいと思うんですけど、自分が長期間コミットすると思うと、やっぱり一番好きなテーマでないとなかなかチャレンジできないですよね。いままでリスクを取れなかった、ファイナンスできなかったような方々がインターネットでエンパワーメントされて、大企業と同等の力を持ってチャレンジできるみたいな、そういう世の中になっていくことにやりがいや意義を感じているので、そこへのフォーカスはぶれないと思います。
堀:憧れている企業家はいらっしゃいますか?
鶴岡:基本的に身の回りにいる人はみんなリスペクトしています。家入さんとか、進太郎さんとかはもちろんリスペクトしています。作っているプロダクトが一番タイプなのはジャック・ドーシーです。Square、Twitter、Cash Appとかは思想的にすごく大好きです。
琴坂:どういったところですか?
鶴岡:さっき言ったように、スモールな人々をエンパワーメントするという文脈もあるし、グローバルのコミュニティを活性化してくれるという点です。Twitterはマイナスの面がピックアップされていますけど、どう考えてもプラス面のほうが大きいと僕は思っていて。(ジャック・ドーシーは)個人をすごく信じている人だと思います。その思想がすごく好きですね。
中間はいなくなり、交換はシームレスになる
琴坂:40年後のBASEはどういう世界観になっているのかということをお聞きしたいです。
鶴岡:40年後…。「40年後にもBASEがある」ということはまさしく僕らのテーマだと思っています。テクノロジーによって最適化が進んで、どんどん中間コストが削減されていったり、個人がエンパワーメントされていくと、いままでど真ん中で価値を提供していたようなプレイヤーの存在意義がなくなっていくのが必然ですよね。そうすると、媒体となる中間プレイヤーが一切なくなって、個人と個人が直接やりとりしているとか、オンラインとオフラインの境目ほとんどなくなって、交換がシームレスにチェックアウトされて相手にものが届いているみたいな世の中になると思うんです。40年でそこまで進むかどうかはわからないんですが、オンライン上で価値の交換が行われるということはスタンダードになると思っていて、創業のころからそのような未来にベットしているので、日本中の小売が全てオンラインでやり取りしているような世の中になるといいなと思っています。40年後だともっと進んでいるかもしれないですけど。
堀:個をエンパワーメントする文脈で考えると、同じコンセプトを持って、今後メディア業や金融業などで新規事業をやっていくことは考えていらっしゃるんですか?
鶴岡:そうですね。今のアセットに関連しないような新規事業は全然考えていないんですけど、もちろん付加価値を増していかないといけないのは明らかなので、さらに大きい価値を提供することを、どこかでやっていかないといけないなとは思っています。
堀:以前、BASEを立ち上げたときからプロダクトのリリーススケジュールを決めて、それに合わせてプロダクト開発していくという話をしてくれたのですが、これは今でも継続してやっていらっしゃるんですか?
鶴岡:創業のころは、BASE以外にも同じようなECサービスがあって、新しい機能をテックメディアさんが取り上げてくれる環境でした。「(メディアが)こういう機能のリリースを書きたいかな」とか「こういう文脈の記事だったら書いてくれそうだな」という個人的な肌感覚があったので、当時は知名度を上げるために、それにアジャストしていこうとしていました。最近は、もちろんメディアさんに書いてもらいたいときは、メディアさんが求めている文脈を想像しながら、合致するようだったらそれを提供して書いていただくという感じなのですが、よりユーザーさんが本質的に求めているようなプロダクトを作るようになってきています。
感情を表に出すメリットはない
(質問)初期からブランド作りにフォーカスされていたとおっしゃっていましたが、具体的にどういったことをされていましたか? ブランドとして具体的に追っていたKPIはどんなものでしょうか?
鶴岡:自然増がどれくらいの割合で増えているのかということが大切な指標だと思います。ユーザーさんが「BASEいいよ!」と周りの方に紹介してくれた結果がそういった自然増につながっていると思うので、その辺はウォッチしていました。あとは、SNSにもユーザーさんのポジティブな反応、ネガティブな反応がそれぞれあって、その辺もしっかりウォッチしていたりもします。最近は、ユーザーさんがBASEに対してどういう印象を持っているかをSNS等を使ったり、直接聞きにいったりしていました。
琴坂:ブランドを強く意識されたきっかけはありましたか?
鶴岡:それはやっぱり、BASEというプロダクトが口コミが広がっていくことです。「ネットショップを作るならBASEだよね」って思ってもらえないと、なかなか広がっていかなくて、直接営業に行ってユーザーを獲得しているみたいな感じであればブランドにこだわらなくてもいいのかもしれないですけど、われわれは基本的にインバウンドで獲得していたので、ブランド以外のなにものでもないという感じです。
堀:伸び悩んだ時期はありましたか?
鶴岡:当時は「伸びていない」とあまり思っていなかったんですけど、振り返ってみると、2017年までの成長率はたかがしれていました。2018年以降からは伸び方がすごく変わって、「良い感じだな」と思い始めましたね。
堀:当時のメンタルの状況はどうでしたか?
鶴岡:BASEはずっとGMVの数値を一番大事にしていたので、そこが伸びていればいいかなというマインドでした。投資家とわれわれのお約束も、基本的にはGMVをちゃんと伸ばそうというところで、そこはちゃんと伸ばせていたので、「どうしよう」という感覚があったわけではないです。
堀:夜寝る前とか朝起きたときに落ち込むことはあまりなかった感じですか?
鶴岡:組織がうまくいっていないときとか、ファイナンスしているときはありました。ファイナンスは期待値とのバランスなので、常に理想の条件でファイナンスしようと思うと大変なんですよね。その点で、ずっと楽だったわけではないですけど、事業は淡々と伸びてくれていたし、プロダクトはずっと満足いくものがみんなで作れていたので大丈夫だと思っていました。
琴坂:つらい時にやっているルーティンはありますか?
鶴岡:基本的にはつらいという概念があまりないというか…。たとえば、僕の母親が小売店をやっていて「売上が伸びなくてつらい」と思っていることと、孫正義さんの「つらい」と思っていることを比べたときに、どう考えても孫さんの「つらい」のほうが大変なわけですよね。僕の母親の事業は大分の地元でこじんまりとやっているものですけど、孫さんは世界中を相手に商売している。でも、心境を考えると、僕の母親も孫さんと同じくらい「つらい」と思っているんです。絶対値で見るとつらさは全然違うけど、相対値で見ると2人ともつらさは100で、母親のつらさと孫さんのつらさは変わらないと思うんです。そういった意味では、「全員同じような悩みがある」と僕は思っていて、「全員つらいはずだから結局僕もつらくなるじゃん」みたいに思うようにしています。
テクニカルなことをいうと、毎日同じようなルーティンで生活していて、夜は絶対お風呂に入って湯船に浸かって寝るとか、朝起きてからのルーティンも揃えています。日々のモチベーションを意識しなくていいように、なるべく毎日同じような1日を過ごすようにはしています。
堀:落ち着きが半端ないですもんね(笑)。
鶴岡:いやいや、そんなことはないですけど。
琴坂:そんな鶴岡さんが焦る瞬間はどのようなときですか?
鶴岡:いろんなところで、やばいと思っています(笑)。ただ、やばいという感情を表に出したほういいタイミングってあまり存在しないと思っているんです。怒りもそうですけど、怒りの感情をあらわにしたほうがいいタイミングってほぼないですよね。BASEの戦い方のルールを理解したタイミングから、長期的な視点でやるようにしたという話をさせてもらったんですけど、それはどのような場でも同じことが言えるのではないかと思っています。たとえば将棋なら、王将を取ることがゴールであって、感情的になって目の前の歩を取ることに必死になる必要はないですよね。全部のゲームに勝たないといけないわけではないと思うので、最後の王将だけを取れるようにやっていればいいという意味で、感情的になりすぎちゃだめだという感じです。焦ることはたくさんありますけど、それを感情として表に出すメリットがないと思っています。
堀:これから尊敬する起業家を聞かれたら「鶴岡さん」と答えます(笑)。
鶴岡:絶対嘘じゃないですか(笑)。
堀:「オイアクマ」を思い出しました。「怒らない、威張らない、焦らない、腐らない、負けない」のそれぞれの頭文字をとって「オイアクマ」なんですけど、気づくと怒ってしまっている自分がいるので、鶴岡さんを真似したいと思います(笑)。
鶴岡:でも、本当に勝ちたいと思っているから感情的にならないというか…。
堀:感情的になっている時間がもったいないみたいな感じですか?
鶴岡:そうです。感情的になったほうが負けると思っていて、勝ちたいと思いすぎて感情をコントロールしたほうがいいみたいな感じです。
琴坂:個人をエンパワーすることや世界観を大切にすることと、市場の期待に応えるということは両立するのでしょうか?
鶴岡:僕は両立すると思っていますし、両立させるのが経営者の仕事だと思っています。投資家さんやステークホルダーの期待と自分がやりたいことのベクトルがずれていると、やっぱり結構大変ですよね。僕がうまくいったらほかの方々もうまくいくという関係性にすべきだと思っているので、変に嘘をつくのではなくて、正直にベクトルを合わせたほうがいいと思っています。特に非上場時は、VCさんとかと結構ウェットなやりとりをすると思うんですけど、そのときにちゃんと期待値の調整をするように心がけています。「売上ではなくてGMVにフォーカスすべきだと思っています」とか、「中長期的に利益が出ると思っているので、今は利益は追わないほうがいいと思っています」みたいなことを話しています。「10年後に利益を最大化させてください」という話をしていて、「1年間で区切って利益を出したほうがいい」という人に対して「GMVだけ伸ばしたい」というのはわがままに聞こえてしまうのですが、「僕も利益を出したいとは思っているけど、その利益を出すために今はGMVを追うべきなんです」という感じで、投資家との方向性を合わせるのが起業家とか経営者の仕事だと思いますし、それができないと何十年も勝負させてもらえないと思っています。
琴坂:そのとおりですよね。資金調達がなかなかうまくいかなくて、自分たちの企業をよくみせたくなるようなことはなかったのでしょうか?
鶴岡:期待値を下回っちゃう恐怖心があるんです。常にフェアでいたいと思うので、自分の期待値が絶対に適正であるべきだと思っています。そうじゃないと、来年痛い目にあうのがわかっていますし、うまくいってないときであればあるほど、次のステップに行きづらくならないように、さらに下の期待値にしたいくらいです。
琴坂:いつ頃からそういうスタンスだったんですか?
鶴岡:そうですね。僕は、いま作っているBASEというプロダクトとか、BASEというチームとか、マーケットがすごく好きなので、本当に長い年月やりたいんです。「どうやったらこのマーケットに何十年もベットさせてもらえるんだろうな」と考えた結果、こういう考え方になったと思っています。起業するときにいろんなVCさんにお声掛けしていったら、当たり前ですけど、結構断られたんです。そのときに「これだと数年間しかチャレンジできないな」「あまりマーケットを長くとらえられないな」ということがわかってきて、「どうやったら長くチャレンジできるんだろう」と考えていって、どんどん自分のなかに落とし込んでいるという感じです。
エンジニアならば、とりあえずつくれ
琴坂:これまでプロダクトの話をきいて、資金の話もきいたので、チームの話もききたいと思うんですけど、人を説得していく過程での鶴岡さんの得意技ってなんですか?
鶴岡:僕は学生起業なので、初期のころはSNSを使って、BASEのことが好きそうなエンジニアさん全員にDMを送っていました。勝手にBASEをスクレイピングしてモールを作っていた人がいて、DMを送って「それを公式で使いたいから一緒にBASEを作りませんか?」と言った人がBASEの1人目の社員です。その点で、SNSの情報を見て、その人がやりたいこととかを理解して、その人がやりたいお仕事を僕が用意できるんだったら、それをちゃんと説明して入ってもらっていました。もしくは、やっぱり時間が一番大切じゃないですか。仕事が大切だという価値観だけじゃないと思うんですけど、仕事の時間が1日大体8時間くらいあると考えたら、その時間は少しでも有意義にするべきだし、有意義にしてあげる責任が経営者にはあると思っています。なので、うちの会社が掲げているビジョンに共感してもらうことをすごく大事にしています。
琴坂:共感してくれる人を探して、ひとりひとりDMを送って…かなり丹念にやられていたということですかね。
鶴岡:そうですね。YouTubeLIVEを見ている学生の方々は、エンジニアとかデザイナーを採用するのが大変だと思うんですけど、僕も結構地道なことをずっとやっていました。
堀:学生起業家だから苦労も人一倍ですよね。
鶴岡:最初はどの起業家も同じだと思うので、全員それを乗り越えてきているという意味ではまったく言い訳にはならないと思うんですけど、最初はすごく地道なことをやっていた気がします。
琴坂:鶴岡さんは学生起業をおすすめしますか?
鶴岡:そうですね。リスクがないのでやってみたらいいと思います。僕もBASEが失敗したら、その経験を武器にサイバーエージェントとか採用してくださるかなくらいに思っていました(笑)。
堀:大企業側からしたら採用したいですけどね(笑)。
鶴岡:だからそんなにデメリットがないというか。
(質問)IPOするとモテますか?
鶴岡:全然モテないです(笑)。生活も全然変わらないです(笑)。そこは期待しないほうがいいです。
堀:サービスの世界展開は考えていますか?
鶴岡:そうですね。インターネットである以上国境は関係ないと僕は思っているんですけど、現状はサービスの性質上決済などの問題がいろいろあったりしてできていません。でも、どこかのタイミングで(世界展開を)してみたいなと思っています。
(質問)事業アイデアはどのように探されていますか?
鶴岡:BASEはPayPalの影響を受けたんです。PayPalを好きになったのは、CAMPFIREにいたときに、家入さんとかといろんなプロダクトを趣味で作っていたときなんです。そのときにいろいろ調べて、「ここをもっと改善できそう」とか思いながら、BASEの構造を考えたりしていたので、そういった意味ではとりあえずアクションしたらそのなかに不便なことがいろいろあるので、エンジニアだったらとりあえず趣味でいっぱいサービス作ってみるのがいいと思います。
琴坂:なるほど。作るしかないんですね。
(質問)同世代や年の近い起業家仲間が身近にいますか?
鶴岡:福山太郎さんとか、同世代だとあやたん(中川綾太郎さん)とかフッキー(福島良典さん)とかだと思うんですけど、僕はあまりコミュニケーションがうまくなくて…もっと仲良くなれるかなと思っています。どっちかというと年上の方のほうが受け身でいられるというか、甘えやすいと思うんです。同世代だと僕からも価値を提供しないといけないと思って気構えちゃったりもして、その辺は課題だと思っています。
(質問)感銘は受けた本や技術書はありますか?
鶴岡:僕は本を読めないんですよ。ごめんなさい(笑)。
(質問)起業された当時と今ではどちらが起業する環境が良いですか?
鶴岡:どっちですかね…。2012年とかって、スマホのマーケットがわかりやすくたくさんあって、今も全然まだまだポテンシャルは高いと思うんですけど。でも今のほうがファイナンス環境とか良くなっている反面、その分ライバルも多いという感じですよね…。
堀:どっちもどっちだね。
鶴岡:起業の難易度自体は変わらないですね。伸びるマーケットにベットするということが一番だと思います。大きく成功しようと思うなら、伸びるマーケットを発掘してそこに乗る以外ないですよね。
(質問)BASE以外に考えられていた事業アイデアはありましたか、またはもしあるのであればなぜBASEで行こうと思われたのでしょうか?
鶴岡:BASEを作る前に4個くらい作っています。家入さんからアイデアをもらって、コードを書いたりとかもしていました。BASEも法人化する前にサービスはローンチしていて、初速がすごくよかったので起業したんです。エンジニアであれば、タダで作れるので、いろいろ作っていました。
琴坂:エンジニアになって、どんどん作るしかないという感じですね。
鶴岡:コードをかけるほうがいいですよね。
琴坂:残念ながらそろそろ時間がなくなってきたのですが、次回はラクスルの松本さんです。鶴岡さんから松本さんに質問などありますか?
鶴岡:個人的にラクスルの事業はすごく再現性を持っている気がしています。成功確度が超高いですよね。なので、松本さんは新しい事業を作るときに再現性があると思っているのかどうかということと、どうやって新しい事業を考えているのかというのがすごく興味があります。
琴坂:わかりました。この番組は『スタートアップ、優れた企業家は何を考え、どう行動したか』の出版を記念して、本日は鶴岡さんをゲストにお送りしてまいりました。今日も貴重な話、鶴岡さんありがとうございました!
鶴岡:ありがとうございました!
『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』書籍のご案内