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技術を盗むのは誰か?——『デジタルテクノロジーと国際関係の力学』#4

国際関係は、政治の文脈でばかり語られてきたが、今、世界を動かすのはテクノロジーだ。テクノロジーを理解せずに国際政治は理解できないが、国際政治を理解せずにテクノロジーを語ることもできない時代となった。
ファーウェイ・TikTok・Facebookのリブラ構想など身近な事例からテクノロジーが世界に影響する「力学」を体系的に解き明かす新刊『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』発売を記念して一部を特別公開する。(全5回)

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第1章 デジタルテクノロジーの現代史

技術を盗むのは誰か?

「この国の産業技術を盗もうとする国は多かった」

ベルリンの壁が崩れ、冷戦時代が終わる直前、1989年3月に出版された『テクノヘゲモニー 国は技術で興り、滅びる』(薬師寺泰蔵著)の冒頭はこの一節からはじまる。

「この国」の技術を盗むために他国はあらゆる手を尽くし、ある国は領事が本国に技術情報を送った。技術を守るため、政府は移民法や貿易管理法を厳しくし、技術者の移住には国籍剥奪の処置を講じた。だが、他国への技術漏洩は止まらず、機械はばらばらに分解され密輸された。『テクノヘゲモニー』ではこうした技術漏洩の様子が描かれる。自国の技術を守ろうとした国はどこだろうか。テクノロジー大国の米国か。技術を盗もうとした国はソ連か、または台頭する中国か。

『テクノヘゲモニー』では自国の技術を守ろうとした「この国」は実は英国であり、技術を盗もうとした国はソ連や中国ではなく米国やフランスであった。19世紀初頭において、米国は執拗に英国の技術を盗んでおり、「英国の繊維機械は、英国自身の覇権と安全を保障する技術そのものであったのである」と述べられている。技術獲得による国家の覇権争いは、デジタルテクノロジー登場のはるか以前から続いてきた。その本質を理解するためにも、ここでは歴史を遡ってみたい。

『テクノヘゲモニー』の「ヘゲモニー」は「覇権」を意味するため、『テクノヘゲモニー』は「技術覇権」を指す。先述の米国が英国の繊維機械技術を盗んでいた様子は、現在のテクノロジー大国である米国も、歴史を遡れば過去には技術を盗む側にいたことを示している。

日本を交えた事件としては、1987年に起きた東芝ココム事件がある。東芝機械がココム規制に違反して米国の技術情報をソ連に流出させたとされ、米国の議員は「日本は米国と西側諸国の安全保障に損害を与えた」、「日本は安全保障に関心が無く、金儲けだけだ」と糾弾し、米国国内での激しい日本批判が起こった。ココムとは1949年発足の対共産圏輸出統制委員会のことである。翌年1988年には対日報復措置だと考えられる、不公正貿易国に対する制裁を目的としたスーパー301条が成立している。

東芝ココム事件とは、プロペラ切削用の同時9軸制御工作機械が不正にソ連に持ち込まれ、その工作機械によりソ連の原子力潜水艦のスクリュー音の低減が可能になると米国が主張したものである。当時の事件を知る日本人からすれば、近年の米国のファーウェイ問題、中国叩きに既視感を覚えるのではないだろうか。東芝ココム事件は戦後、経済的に勃興し米国を脅かす存在となった日本に対する米国の懸念を背景としていたと考えられる。

一方で、当時の日本は米国の同盟国だったため、西側自由主義陣営の一端を担っていた「仲間内」の話ではあった。そういう意味では、2020年代、陣営を異にする中国がテクノロジーによってより一層の経済力と軍事力を獲得することには、米国がより強い懸念を抱くと考えられる。

(日本製半導体の勃興と凋落——『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』#5 へ続く)

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【目次】
はじめに 覇権としてのデジタルテクノロジー
第1章 デジタルテクノロジーの現代史
第2章 ハイブリッド戦争とサイバー攻撃
第3章 デジタルテクノロジーと権威主義国家
第4章 国家がプラットフォーマーに嫉妬する日
第5章 デジタル通貨と国家の攻防
最終章 日本はどの未来を選ぶのか