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STARTUP LIVE #10 松本恭攝氏——イベントレポート

5/29に出版された『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』(NewsPicksパブリッシング)の刊行を記念して、本書に登場する起業家の方々をお招きする連続イベント「STARTUP LIVE」が開催された。

第10回目はラクスル株式会社の松本恭攝氏をゲストにお迎えし、著者堀新一郎氏、琴坂将広氏と対談。その様子を書き起こしにてお届けする。

書籍のご紹介

松本恭攝氏のご紹介

STARTUP LIVEのアーカイブ動画(YouTube)

琴坂将広氏(以下、琴坂):みなさんこんばんは、STARTUP LIVEのお時間です。この番組は2020年5月29日発売の話題作、『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』の出版を記念して、この本に登場する起業家の方々をお呼びし、根掘り葉掘り質問しちゃおうという企画です。 #STARTUP本 でコメントもお待ちしております。プレゼンターは私、慶應義塾大学SFCの琴坂将広とYJキャピタルの堀新一郎でお送りします。

今日のゲストはラクスルの松本さんです。こんばんは!

松本恭攝氏(以下、松本):こんばんは、よろしくお願いします。

琴坂:まずはじめに、STARTUP本のご感想をいただいてもよろしいでしょうか?

松本:むちゃくちゃよかった。僕のバイブルに『ビットバレーの鼓動』っていう本があるんです。堀さん、ご存じですか?

堀新一郎氏(以下、堀):はい。

松本:2000年前後の熱き渋谷のスタートアップシーンを、ひとり1ページにまとめたような本なんです。その本を2010年ぐらいに読んで「あ、昔は東京もこんなに熱かったんだ」と思って、そこで初めてエコシステムを感じたんですよね。ビズシーク時代の若かりし頃のおざーん(小澤隆生)さんとか、電脳隊時代の川邊健太郎さんとか、松本真尚さんの話とか、孫正義さんがスイスからプライベートジェットに乗ってヴェルファーレにやってきた話とか…。ひとりひとりの生々しいストーリーが書かれた本を読んで、「自分が日本のエコシステムのなかにいるんだな」というのを感じたんです。その『ビットバレーの鼓動』と比較すると、今回のSTARTUP本は、比べものにならないぐらいひとりひとりを掘り下げたストーリーが残っていて、起業史上のエコシステムを語り継ぐいい一冊だと思いました。

琴坂:未来の松本さんみたいな人がSTARTUP本を手にとって、「この本いいな」と思ってくれて、10年後にこういう番組で「昔、『STARTUP』っていう本があって…」と言ってもらえるとすごく嬉しいなと思いながら書いていました(笑)。本当にありがとうございます。

堀:そうですね。だから2000年頃の日本を代表するスタートアップやベンチャーを取り上げた『ビットバレーの鼓動』『ネット起業!あのバカにやらせてみよう』などの本の現代版を目指して書きました。

0→1はリーダーの熱量がすべて

琴坂:前回のBASE鶴岡さんから「ラクスルの事業は再現性を見つけたのではないか? どのように新しい事業を作っているか?」というご質問をいただいているのですが、いかがでしょうか?

松本:いい質問ですね。「再現性をつくる」が、僕の最大のテーマなんです。

琴坂:最大のテーマ。

松本:事業を再現したくて、いろんなフレームワークを作って、いろんなことを試すんです。そのなかで「事業づくりにおいて再現性ってあるのかな?」と感じるのですが、唯一あると思うのは「最後は人に依存する」ということ。ファウンダーの熱量や熱狂、解像度が大事だと思っています。

売上が50億、100億ぐらいまでいくと、その先伸ばしていくことの再現性はかなりあると思いますし、実際再現することができると思うんです。ただ、シングル事業で売上50億、100億ぐらいに至るまでは、再現するのがすごく難しいと思います。

琴坂:その難しさの源泉はどこにありますか?

松本:やっぱり複雑なんです。複雑であり、シンプルであって…シンプルである点は、「お客さんが喜んでくれて、それが他のサービスにない仕組みで提供される」ということで、スタートアップにはこれがないと成り立ちません。新しい仕組みでもお客さんが喜んでくれないから全然売上が立たないこともあれば、たとえば、暑い日にビールを売ることのように、お客さんは多いけど誰でもできることもあります。売上を立てるっていうのは、シンプルにお客さんが喜んでくれることなんだけれども、それを違うやり方でやるというのはすごく難しいです。シンプルなんですけど、針に糸を通す作業みたいな難しさがあると思います。

売上が立って伸びていくんですけど、価値を創造していないケースもたくさんあります。たとえば、うちで今「ノバセル」というテレビCMの事業をやっているんですけど、テレビCMは提案力があれば売れるんです。だけど、テレビCMを新しい仕組みとしてお客さんに提供するというのは、提案力ではなくて“仕組み化”が必要になってくる。そういった新しい仕組みには、なかなかお客さんが乗ってくれないという課題があるんです。

何が難しさの源泉かと言うと…複雑なのでケースバイケースだと思います。

堀:今の話を聞いていると、「10億ぐらいまでは営業力とか、売る力があればできる」と聞こえたのですが、いかがでしょう。

松本:ニーズがある商品を売るのであれば、できると思います。たとえば「ビールを10億円売ります」ということには再現性があります。優秀な人がいれば結構売れるんですけど、それだとスタートアップである意味があまりないと思うんです。世の中に新しい価値を提供しているわけじゃなくて、過去の価値をそのままシンプルに売っただけなんですよね。

琴坂:たしかに。すでに価値があるものを売ることには一定の再現性があるけど、価値を新しく作ることが難しいという要素がありますね。あとはもしかしたら、熱狂を感じてくれる人の数もあるような気がしています。この番組でも度々話題になったのですが、最初はサービスに熱狂してくれる少人数からスタートするんだけど、マーケットを拡大しようとすると、当初狙っていなかった層の人も入れていく必要が出てきて、そこに壁があるのではないかと感じました。

松本:でもやっぱり、0→1はひとりのリーダーの熱量がすべてだなと思います。

琴坂:1→10はどうですか?

松本:1→10ってどういうイメージですか?

琴坂:イメージ的には、0→1というのはトラクションがかかって、売上が一桁億円にいくまでのイメージで、1→10というのは、組織化されて、一定のポジションを作り上げるイメージです。

松本:商品開発というフェーズと、プロトタイプができてお客さんに受け入れられるというフェーズと、セールスのドライバーが見つかるというフェーズがあって、このあたりはひとりの熱量に極めて依存している気がします。マーケティングのドライバーとか、セールスのドライバーを見つけるのもかなり難易度が高くて、多くの場合は、セールスなのかマーケティングなのかもわからないところからスタートして、試行錯誤しながら、勝ち筋の公式を見つける感じだと思うんです。

一方で、それが見つかったあとは、お客さんは明確に喜んでくれて、リピート率が確認できて、セールスのドライバーが見えて、その結果として綺麗なPLのモデルが作れるんです。ここにいくまでは個人の熱量に依存すると思っていて、そこからレバレッジをかけていって、資金調達をして、セールス組織を増やして、API管理で増やしていくことにはかなり再現性があると思います。

堀:リーダーの熱量が大事だというのは、ラクスル、ハコベル、ノバセルの3つの事業から学んだことなのか、それ以外のうまくいかなかった事業から学んだことなのでしょうか?

松本:特にテレビCM事業のノバセルは立ち上がりがすごい早かったし、事業進化も早いんです。事業リーダーはCMOの田部がやっているんですけど、彼はファウンダーなんですよね。自分のなかでノバセルのあるべき姿が明確に見えていて、僕も第三者的にいろんな意見を言うんですけど、私だけじゃなくていろいろな投資家に話を聞いて、どんどん進化していってます。日本で一番事業のことを考えているし、マーケットのことを一番よく理解していて、もちろん立ち上げのときに田部が考えていた姿と今の姿は全然違うんですけど、今にいたるまで変化ができたのは、能力というよりは、彼が熱狂していたことが大きいと思っています。自分自身がラクスルを始めたときも、立ち上げのタイミングにはとても熱狂していて、それが強みだったと思います。そうやって考えたときに、0→1に関しては熱狂の強さとか、ひとりが持つ力がすべてだと思ったんですよね。

(質問)熱狂の源泉はどこから来ているのでしょうか?

松本:言語化できないものが熱狂だと思うんです。「なんで熱狂してるの?」という問いに答える必要はないじゃないですか。

琴坂:たしかに。言語化できない激情というか、ムーブというか、衝動的なものがありますよね。その熱狂が言語化できてしまったら、もう先駆者じゃないんでしょう。その人にだけ見えていて、言語化できない何かしらのパッションをもつことができた人が強いのかもしれません。

松本:アプローチとか戦略、組織論とかは、後付けのロジックでフレームワーク化できるんですけど、感情はなかなかフレームワーク化できないと思っています。

堀:当時ラクスルの投資を担当していた小澤隆生さんが「松本さんは気合が入っていて、人一倍思いが強い」ということをおっしゃっていたのですが、そのような思いというのはいつ頃からお持ちだったのですか? 原体験があるのでしょうか?

松本:原体験は大学時代にあります。まず、僕は小中高ではあんまり目立ちませんでした。中学時代はいじめられた経験もありますし、高校時代でいうと、富山の進学校で成績が真ん中ぐらい、みたいな感じでした。決して優等生でもないですし、スポーツができたわけでもなかったんです。

大学に入ってから、国際ビジネスコンテストをやろうとしているサークルに入ったんですよね。ただ、日中韓の学生でビジネスコンテストの企画をしている段階で、誰も中国や韓国に友達がいなくて。あまり英語が喋れなくて、予算1,000万円かかるけど現状0円みたいな、むちゃくちゃなスタートを切ろうとしている団体だったんです。そういう団体に「なんか面白そうだな」と思って入りました。

そこで、大学の教授やコンサルタント会社に「こういう企画をやろうとしていて、ちょっと手伝ってほしいです」と言ったときに、できない理由をたくさん教えられたんです。外務省からは「日中関係が危ないのでこんな時期にそんなことやらないでくれ」「万が一中国から人を呼んできて、そのまま脱走したらどうなるんですか?」と言われて、「できない」とずーっと言われ続けました。ですけど、1年後には中国と韓国に100人以上のスタッフができて、第1回目から大人気イベントになって、いろんなところから寄付を頂いて…なんか実現できちゃったんです。

「教授も、コンサルタントも、外務省の職員も『できない』と言っていたのに、18歳と19歳の若者だけでできちゃったじゃん」というのが強烈な原体験になっています。「多くの人は、世の中は変わらないと思っているんだけど、想像できることはほぼ実現できるんじゃないか」と思ったんです。なんか自己啓発本みたいですけど(笑)。そういう自分の中の真理を大学時代に経験して、「世界は変えられる」って思い始めたんですよね。

そのあとにバックパッカーで世界中を回ったり、シリコンバレーに3か月ぐらいいて、いろんな人の話を聞きました。そこでインタビューしていると、みんな「Make the world a better place」と言っていたんです。15年前の日本で「世界をより良くする」と言うのは、とても恥ずかしいことだと思っていたんですけど、シリコンバレーではみんな言っていました。そういう経験もありましたし、「世の中を主体的に変えることができる」と思える経験を積んだっていうのが原体験です。

堀:いい話ですね。「起業しよう」と思ったのも、シリコンバレーにバックパッカーで行っているときに思ったのですか?

松本:実は「起業しよう」と思ったのは、起業の前日でした。もともとA.T.カーニーというコンサル会社にいて、そのときに、印刷業界のコスト構造を見て、「あ、この業界はこういうアプローチで変えられる」と思ったんです。

あと、コンサルタントが肌に合っていなかったんですよね(笑)。一番ジュニアだったのでエクセルワーク、パワーポイントワークばかりをやっていて、誰がやっても同じ答えが出るので、自分で作っている感覚がなかったんです。誰がやっても同じ答えが出ることをやるのは「人生が無駄だな」と感じていて、印刷業界の新しい仕組みを思いついたので、それをやろうとしている会社に転職しようとしたんですけど、そういう会社がなかったので、自分で作ろうと思って起業したんですよね。

琴坂:「会社を辞めよう」と決めた瞬間は覚えていますか?

松本:スティーブ・ジョブズの「Stay hungry, stay foolish」というスピーチがすごく好きで、そのなかで「鏡の前で、『今日やりたいことが本当にやりたいことか?』と質問したときに、『ノー』という答えが何日か続いたら、それは人生を変えるときだ」ということを言っていて、「もう2か月ぐらいノーだな」と思ってやめました(笑)。

成長するのは優秀だからではなく、修羅場があるから

(質問)松本さんが、意思決定やマネジメントの際に特に意識されていることを教えてください。

松本:2つあって、まず、7割から8割の意思決定については「意思決定しない」ということをすごい心がけています。どういうことかというと、たとえば予算を組むときに、採用に関しては「その事業部のひとりあたりの成績が何%改善しているかぎりは、自由に採用していいですよ」というルールをつくるんです。ルールを一定程度決めて、社員はそのルールのなかで自由度を持って判断できる。なので、考えることは、どういうルールを作るのかというところです。

そのように、極力意思決定はしないんですけど、2割から3割の割合で、論理的に判断できない意思決定があります。明らかに未来がどうなるかわからないケースにおいては、もちろん数値での判断もするんですけど、それでもわからないものは直感で決定します。

マネジメントでいうと、「人をどう育てるか」が、やっぱりすごく大きいと思っていて、人の成長のほとんどが経験によって規定されると思うんです。社長って人と会う機会が多いじゃないですか。そこでのインプット量が多いとそれだけ成長していくので、他の人より優秀だから成長するわけではなくて、いいインプットやいい修羅場に恵まれるから成長するんです。人をどう育成していくかでいうと、前提として、自分より優秀な人じゃないと育成する意味はないと思うし、自分と彼/彼女の違いは経験量だと思っているので、自分が経験した環境を極力そのままの状態で渡して、環境デザインをマネジメントすることを特に意識しています。

堀:すごく勉強になります。

琴坂:美しいですね。

堀:0から会社を立ち上げてきて、今のような考えを持って経営するようになったのは、何年目ぐらいからでしょうか?

松本:ご存じだと思いますけど、ラクスルは大組織崩壊を経験していて、当時の退職率がMAX46%という会社でした。ここ(YouTubeのコメント欄)にいらっしゃる何人かはそれを経験していると思うのですが…。そこで「俺マネージメントできないな」と思って、極力マネージメントを放置して、その上で会社が伸びる仕組みをちゃんと作らなきゃいけないと思ったんです。

堀:なるほど。苦手だからこそなんですね。

琴坂:つらい時期はどのように生きしのいでいたんですか?

松本:もっとつらい思いをした人の話を聞いて「俺はまだ大したことない」と思っていました(笑)。

堀:具体的に名前は出さなくていいのですが、どのような話を聞いていたんですか?

松本:激しい組織崩壊の話とかを聞いていましたね。あと、僕は決めていることがいくつかあって、そのひとつが「長く続ける」ということです。なので、「あんまり疲れないようにしよう」と思っています。グリーの田中良和さんに「20年、30年続けるときに、短期で疲れすぎたり、感情を揺さぶられたりすると、絶対にもたない」「事業に向き合いすぎると途中で疲れてしまって、やめてしまう」と言われてからは、長く続けることを前提に考えるようにしていますね。

(質問)比較サイトからはじめられたとおもうのですが、そのまま比較サイトを大きくすることはありえなかったでしょうか?

松本:ないですね。元々eコマースをやりたかったんですけど、2009、10年って、ベンチャーキャピタルが存在しないような状態だったんです。なので、メディアをやらないといけなくて、スタートから「昔のミスミのような商社型の印刷会社をやりたい」と思っていたんですけど、予算の都合上比較サイトからしかスタートできなかったという感じです。

琴坂:最初から印刷の方にビジョンがあったということですね。

松本:そうです。最初の事業計画からそのように考えていました。ですが、印刷比較サイトって印刷会社に広告費をもらうというビジネスモデルなんです。でも、印刷業界は基本的に営業モデル(編集注:営業によってスケールするビジネスモデル)なので、広告費がほとんどないんですよね。広告のマーケットが極めて小さい一方で、印刷の流通そのものは6兆円規模で、とても大きいんです。ビジネスとして印刷会社の広告費をもらうというのは、極めて筋が悪い。もしも食品会社の広告費をもらうというビジネスモデルならば、クックパッドになるし、家電メーカーの広告費をもらうと価格.comになるんですけど、印刷業界はほとんど広告費がない状態だったので、あんまり筋がよくないと思いながらやっていました。

琴坂:なるほど。質問された方は「比較サイトを運営しているので、気になりました」と書かれているのですが、比較サイトを運営している方にアドバイスはありますか?

松本:広告主のバジェットが市場規模になるじゃないですか。たとえば化粧品とか、食品とか、バジェットが大きい業界なら比較サイトでもいいと思うし、逆にすごく小さい業界だったら方向性を変えたほうがいいと思います。

(質問)ラクスルを始めるとき、大日本印刷や凸版印刷をはじめとする印刷大手企業などに抵抗されなかったのでしょうか?

松本:全くないです。大日本や凸版の印刷の平均単価は、おそらく500万円から1,000万円ぐらいで、ネット印刷の平均単価って1万円なので、そもそもやっている商売が別で、実は競合ではありません。そして、彼らがネット印刷のマーケットに入ろうとすると、単価が千分の一のものを販売しなくてはならないし、現状お客さんによって値段を分けているのにワンプライスで出さないといけなくなるんです。当時のネット印刷の市場規模が300億円とかで、大日本・凸版の印刷事業部の売上が1.2兆円あったので、100分の1ぐらいのマーケットサイズのものを取るために、1兆円の事業の収益を一気に手放す必要があります。まさにイノベーションのジレンマが起きていて、構造的に参入できなかったので、われわれの競合ではありませんでしたし、基本的にはスルーしていました。

量は質に変化する

(質問)松本さんでもVCから出資を断られたことはありますか?

松本:インキュベイトファンドの本間さんがブログに書いてくれていましたけど、本間さんにも断られたし、頼んだ人ほぼ全員に断られてました。そのとき、いろんな人に「目のつけどころはいいけどね…難しいよね」と言われました。

最初に断られたのは本間さんで、次に断られたのは松山太河さんです。かなりいろんな人に投資をしている太河さんに、当時丁稚奉公をしていた佐俣アンリ経由で「いや、印刷は駄目だよ」って言われました。あと、KKRのヘンリー・R・クラビスにも断られました。最終プレゼンをKKRのチームがセットアップしてくれて、「もうすぐ…!」というタイミングで「いや、プリンティングなんてもう伸びないよ、駄目だよ」と言われ、そこで落ちました(笑)。

琴坂:ひたすら断られ続けているときの松本さんはどんなテンションだったんですか?

松本:僕、実はすごい資金調達が好きだったんです。資金調達でひとつ決めていたことは、「必ず40社あたる」ということです。訪問先をシリーズA、B、C、Dに分けて、国内VCとか外資系の投資銀行、グローバルのPE、グローバルのミューチュアルファンド…という形で毎回リストを作っていました。多いときは60、70社あたって、ひたすらピッチを繰り返していたので、断られることの方が多かったんです。ですけど、フィードバックをもらえるので、自分の事業がブラッシュアップされていくし、DDのプロセスも面倒くさいけどすごい好きで、DDを通じてチームがすごい成長していきました。

琴坂:成長のプロセスなんですね。

松本:成長のプロセスですよ。上場もそうですし、資金調達もそうですし、特に厳しい投資家と対話をして、ディープなDDを受けて、それを自分自身だけじゃなくてチーム全員で経験することによってチームのレベルがすごい上がったと思うので、僕はとにかく数をこなしていました。量が質に昇華するという感じです。

堀:体力や気力のあるメンバーを集めないといけませんね(笑)。

松本:(笑)楽しくできるというのが大事ですよね。好奇心を持って、楽しいと思いながらやっていければいいと思います。

堀:信じているビジョンや世界観があって「それを実現したい」と思って、メンバーもそこに向かって「つらいけど頑張っていこう」という気持ちになるんでしょうね。

(質問)canalとラクスルって競合すると思いますか?

松本:われわれはパッケージ印刷をやっていないので、競合だとは思っていません。もしcanalの方が(YouTubeLIVEを)見ていらしたら、ぜひ一度お話をしたいです。

琴坂:ラブコールが来ました(笑)。

松本:現状われわれが売っていない商品をcanalさんは売っているので、競合ではないです。

(質問)EC/MarketplaceとSaaSを1つの業界のなかで同時に展開するという話はとても興味深いです。ハコベルやノバセルで実現していると思いますが、ラクスルでは考えていますか?

松本:これはすでにやっているのですが、お金をいただくサービスとして提供していないんです。たとえば、お客さんの管理や配送場所の管理、もしくは、これまで長い時間をかけて外注していた印刷データを簡単に作ることとか、いわゆるソフトウェアによる業務の改善は、すでに提供しています。ノバセルやハコベルよりも先に始めているし、実際毎日何千人、何万人のお客様に使っていただいているのですが、そこに課金をしてもらっていない状態なので、SaaSにはなっていないんです。ソフトウェアだけど、ノンチャージなんですよね。将来的にユニークな価値を作り上げることができたら、SaaS化していく可能性は十分にあると思います。

琴坂:最初のサービスを展開されて、そこから広げていくときの意思決定や発想はどのようにされたのですか?

松本:まず、ECマーケットプレイスとSaaSとの融合は、当社の社外取締役である琴坂将広先生という方とハーバードビジネススクールのスコット・コミナーズ教授が、ラクスルをHBSのケーススタディに使ってくれて、そのときのお疲れさま会で話していたときに思いついたんです。「そもそもマーケットプレイスかSaaSかというのは、ビジネスモデルの話をしていて、それぞれなんの課題を解決しているかというと、マーケットプレイスは取引コストの摩擦を下げているし、SaaSは業務効率や業務管理の摩擦を下げていて、業務と取引って2つで1つですよね。つまり、業務を効率化できると取引のコストも下げることができて、ずっと使い続けてもらえるのではないか」という話をしていて、慶應とハーバードの若手天才教授達の会話から「これだ!」と思ったんです。

琴坂:ありがとうございます(笑)。

(質問)ご自身が考える成長スピードについて、一番成長スピードが速かったと思う時期はいつですか?

松本:組織崩壊を乗り越えて、自分が前面に出て意思決定をすることをやめて、人を育てるとか仕組みを作ることにフォーカスをしたときに成長したと思いました。

堀:成長するタイミングでは、どういう胸の高鳴りがあるんですか?

松本:自分自身が価値を出せていない、うまくできていない、事業がうまくいっていないときは何かを変えないといけません。変わるためにいろんなアクションを積んでいると成長すると思っています。一方で、事業がうまくいっていて「今のままやればいい」というときは、実は全然成長していなくて、結構苦しいですね。

琴坂:苦しいときはどうするんですか?

松本:待つ。何もしない。

堀:松本さんのFacebookやTwitterを見ていると、ご自身の業界だけじゃなくて、いろんなジャンルの情報を積極的に取られていて、アウトプットされているという印象を受けるのですが、日頃から意識されているのですか?

松本:知的好奇心が強くて、どんな情報収集も楽しいんです。僕はマクロ経済とか金融、アート、テクノロジー、スタートアップ、レジャー…などが好きです。目的を持ってインプットをしているというよりも、興味があるからインプットしていて、自分の好きなことの情報を極力幅広く取っています。あと、体験するように意識していますね。

堀:体験。

松本:自粛期間は毎日3時間ぐらい歩いていました。今でも毎日1時間以上歩いていて、歩きながらミーティングをしています。あと歩いていると、インプットしたいろいろなアイデアが融合して、いいアイデアが出ることがあります。

琴坂:いまの実力を持った松本さんが、ある日朝起きたら大学3年生だったら、何をしますか?

松本:大学時代に実際やっていたことで、バックパックで海外の会社をいろいろ回るといいと思うのですが、今はそれができないですよね(笑)。

堀:そうなんですよ。

松本:これはつらいですね。でも、ビジネスに限らず、アイデアを持ってそれを形にするために仲間を集めて、何か興味をもったことをやると思います。

少しでも可能性があるのなら、すべて手を打つ

(質問)いま注目しているスタートアップはありますか?

松本:今のスタートアップはクオリティが上がっていて、本当にすごいと思います。キャディの加藤さんとか、Leanerの大平さんとよく話すんですけど、若手の方が起業するBtoBのスタートアップのクオリティが劇的に高いんです。個人で投資しているところだと、住宅ローンのiYellという会社などは注目して投資もしていますし、純粋にすごいなと思います。

琴坂:なるほど。

松本:キャディを見ていても思うんですけど、テクノロジーに強い会社が増えている気がします。ラクスルも起業当時はいい事業計画、戦略は練れていたと思うんですけど、テクノロジーがなかったんです。競争優位のポイントをテクノロジーの力で作れているスタートアップが何社か出ていることはすごいなと思います。もちろんビジネスセンスがいいということはあるのですが。

琴坂:大学生にとっては、在学時から起業するべきか、もしくは就職するべきかということが大きな悩みなのですが、何かアドバイスはありますか?

松本:これはポジショントークでしかなくて、大学時代に起業して成功した人は「大学時代に起業した方がいい」と言うし、社会人になって成功した人は「社会人を経験したほうがいい」と言いますよね。それを前提に言うと「一度社会人になってみてもいいのかな」と思っています(笑)。

(質問)GMOの村松さんに会うために弾丸でシンガポールに行かれたという記事を読んだ記憶があります。そこまで動かされた理由はなんでしょうか?

松本:この質問に対しては「逆になんで行かないんですか?」と思います。資金調達をして、お金を出してくれるポテンシャルがある投資家がいたら、会いにいかない理由がありません。

堀:「断られるのが怖い」とか、「無駄足になるのが嫌だ」と考えてしまうのではないでしょうか?

松本:少しでも可能性があるのなら、全部手を打ったほうがいいと思うんです。「大変だから」という理由でやらないのは、まったく理解できません。なんかパワハラ感があるんですけど(笑)。自分が実現したい世界があって、そこに必要な手段があれば、なんでその手段を取らないのか。時間をかければ全部取れるのなら、全部取ってみればいいと思います。効率が悪くても量を取って、質に変化していけばいいのではないでしょうか。

堀:やらない後悔のほうが大きいということですね。

(質問)なぜイーストベンチャーズさんに断られてしまったのでしょうか?

松本:アンリが大河さんに「印刷は駄目だ」と言われました。

琴坂:初期の頃のアンリさんとの関係を少しお聞きしてもいいですか?

松本:アンリとは、学生時代にドリームインキュベータという会社のインターンシップで出会いました。アンリはいろんなIT系の起業家の人と付き合っていて、僕がベンチャーを始めようと思ったときに唯一結びついたのがアンリで、すごく仲良かったわけではないんです。学生時代にアンリの家に遊びに行ったときに(アンリが)ベンチャーの話をしていたので、「ああ、そういえばあいつ、ベンチャーの話していたな」と思って、リーマンショック直後に会社をやめるときに、アンリに電話して「会社を辞めてベンチャーを立ち上げる」という話をしたんです。そしたら、いままでいろんな人に「馬鹿じゃないか」と言われてたのに、アンリだけ「おめでとう」と一言いってくれて、アンリが初めて会社を辞めたことを肯定してくれたんです。

その後アンリが、ラクスルに2人目にジョインしてくれた利根川を紹介してくれました。アンリはもともと知り合いだったということと、スタートのタイミングで応援してくれたんです。

琴坂:そういう並走関係が作れるといいですよね。

堀:いいお話です。

仲間と成長機会をシェアする

(質問)ハードシングスが続くなかでの、松本流ピースマインド、マインドフルネスの保ち方を教えてください。

松本:これは、きっと社内の方なんでしょうね…当時は感情の表現の仕方がハードだったんです(笑)。

堀:いろいろ噂で聞いておりました(笑)。

松本:今は比較的ピースフルにやっています(笑)。ひとつひとつの事業に対するアクションへの期待値が下がったのだと思います。うまくいくこともあるし、うまくいかないこともあるけど、チャレンジすることが重要で、もっというと長くチャレンジし続けることが一番重要なので、短い時間軸で判断しないほうがいいと思っています。

そのときたまたま大殺界で事業がうまくいかなかったかもしれないし。5年、10年という時間軸で見ると、その失敗はきっと誤差で、むしろチーム内での信頼関係を失うほうが、失うものが大きいと思うので、長い時間のなかでどのようにチームとして戦っていけるかを今は考えるようになりました。

琴坂:ラクスルの経営陣はどのように説得して仲間になってもらったのでしょうか?

松本:2つお伝えしたいなと思っています。ひとつは、南壮一郎さんに言われたことで「時間の半分以上を採用に割け」ということです。僕は2014年頃、全体の半分くらいの時間を採用に割いていました。たとえば、田部さんは2回ほど誘いを断られているし、COOの福島広造さんは採用が決まるまで1年ぐらいかかりました。お話をしていたけど、仲間になってもらえなかった人も結構いて、たまたま入ってくれたメンバーが今のラクスルのリーダー達なんです。なので、採用には時間をかけた方がいいし、魂を込めて取り組むべきです。

もうひとつ、もっと重要だと思うことがあります。僕はA.T.カーニーのときは優秀なコンサルタントではなかった。田部や福島、CFOの永見やCTOの泉も同様で、今ほど優秀ではなかったんです。誰もなんの実績もなかった。僕は実績のない人を採用したのですが、そのような方々が5年経つと日本を代表する人になるんです。採用のときに一番大事にしていたのは「自分よりも優秀な人で、ビジョンに共感してくれる人と働く」というこの一点だけです。そのなかで私が唯一できることは、環境を提供して彼らの成長機会を奪わないこと。自分に訪れた機会を彼らに渡して、彼らの機会を設計することで、彼らがいろんな経験を積んで進化していくんですよね。僕も5年前に比べると進化したんですけど、永見も進化したし、福島も田部も泉も進化していて、進化する環境を提供したと言うと少しおこがましいのですが、少なくとも機会を奪うことはありませんでした。

なので、元々すごい優秀な人にオファーしたわけではありません。自分も名もない人だし、名もない人に声をかけているんだけど、みんなで頑張って成長して、その成長できる環境をシェアしていくことが重要です。

琴坂:深いですね。採用の際は実績で見るのではなくて、能力や才能、パッションで見ている。その方々に機会を与えたことで、結果的に今は実績に溢れる経営陣に成長したということですね。

松本:そうです。田部以外はほとんど事業経験ゼロでした。福島はずっとコンサルをやっていましたし…泉は事業会社を少しやっていましたけど。

琴坂:わかりました。最後に、次回のゲストであるココンの倉富さんへの質問をいただきたいと思っております。

松本:倉富さんと初めてお会いしたときは6年前くらいで、彼が21歳くらいだったのですが、「すっごく早熟した方だな」と思いました。

堀:そうですよね。

松本:早熟感があって、実はちょっと心配にもなったんですよ。方法論を確立してしまっていることによって、それが制約になってしまうことはないのかなと思っていました。そのように成熟していた倉富さんが、どうやって進化をしていったのか、進化しづらかったと思うこと、困ったことはなかったのかを聞きたいです。

琴坂:わかりました。ありがとうございます。残念ながらそろそろ時間も限界ということで、締めていきたいと思います。この番組は『STARTUP 優れた起業家は何を考え、どう行動したか』の発売を記念して、今日はラクスルの松本さんをゲストにお送りしました。本日も貴重なお話、ありがとうございました。ということで、皆さんぜひぜひ、STARTUP本買ってください、よろしくお願いいたします!

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