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歴史は繰り返す——『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』#3

国際関係は、政治の文脈でばかり語られてきたが、今、世界を動かすのはテクノロジーだ。テクノロジーを理解せずに国際政治は理解できないが、国際政治を理解せずにテクノロジーを語ることもできない時代となった。
ファーウェイ・TikTok・Facebookのリブラ構想など身近な事例からテクノロジーが世界に影響する「力学」を体系的に解き明かす新刊『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』発売を記念して一部を特別公開する。(全5回)

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第1章 デジタルテクノロジーの現代史

歴史は繰り返す

米国による中国企業ファーウェイに対する制裁を見て、日本の経済界から「日米半導体摩擦や東芝ココム事件を思い出した」や「米国は海外企業が一定規模を越えると、必ず政治的に叩きに来る」などの声が上がった。

日米貿易摩擦は日米が同盟国であったため経済問題にフォーカスできたが、ファーウェイ問題は経済と安全保障の両方に関わっている。ただし、産業界に目を向ければ、米国と中国のサプライチェーンはすでに切り離すことが難しいほどに相互依存している。米国アップル社のIPhone6の部品サプライヤーは中国が349社ともっとも多く、次に日本が139社、米国が60社だ。中国のサプライヤー無くしてはIPhone6を生産することはできないのだ。しかしながら、経済と安全保障が近づくほど、産業界はその影響を無視できず、実務的にも「結局は政治しだい」という状況が生まれ得る。

これまでは、「クリーンなサプライチェーン」と言えば環境負荷が低いことを意味したが、安全保障上、問題となり得る部品などが混入していないかどうかを指す時代が来るかもしれない。米国政府を相手とする宇宙ベンチャーなどでは、安全保障領域に近いこともあってそうした声もすでに聞こえる。またソフトウエア開発のために米国政府の保有する脆弱性情報データベースにアクセスするためには、従業員個人が米国のセキュリティクリアランス資格を保有している必要がある。この資格を得るためには、家族関係、海外渡航歴、薬物使用歴、個人の財務状況など広範な個人情報を政府に提供し審査を通過する必要がある。

米国企業の買収案件についても米国政府は介入を行っている。たとえば2018年、シンガポールの半導体メーカー、ブロードコムによる米同業のクアルコムへの買収額11兆円とも想定された敵対的買収はCFIUS(対米外国投資委員会)の安全保障上の理由に基づく勧告を受け、大統領令によって差し止められた。CFIUSは財務省を中心とした横断的な審査機関である。CFIUSは米国の重要インフラや基盤技術に対し、外国企業・投資家が実質的な影響力を持つか否かを基準に、外国企業が米国企業へ投資する際の差し止め勧告を行っている。

このブロードコムによる米国クアルコム買収の際に、米国財務省からクアルコム側アドバイザーの法律事務所宛で、Re:CFIUS Case 18-036(以下略)という勧告が出されており、その中で、クアルコムが買収されることは米国の安全保障上の脅威となること、ファーウェイの名前を挙げて中国企業に5Gを支配されることは米国の安全保障に重大な悪影響を及ぼすこと、米国国防総省(DoD)の国防プログラムがクアルコムの製品に依存していることが記載されていた。

クアルコム側の法律事務所が買収阻止のために米国財務省から勧告を引き出した可能性もあるが、勧告の内容からは、米国の明確な中国への警戒とテクノロジーの保全の意思が読み取れるだろう。

米国政府は同年2018年3月22日、中国に対して通商法第301条による制裁を決定した。そのなかで、中国企業が米国企業を買収あるいは投資することを促す中国の産業政策によって、米国の先端技術及び知的財産の移転が行われていると主張している。

2018年8月には対米外国投資リスク評価現代化法(FIRRMA)が成立し、CFIUSによる外国企業の投資案件の対象範囲が拡大された。その審査プロセスも変更され、対米投資の事前届出が義務となった。

2020年1月に米財務省はCFIUSの届出を免除するホワイト国リスト(2年間の期限付き)を公表したが、日本は除外された。ホワイト国はオーストラリア、カナダ、英国となり、諜報活動による情報を共有するUKUSA協定を締結している「ファイブアイズ」5ヵ国からニュージーランドを除いた各国となった。米国の同盟国でありながら除外されたことは日本にとって不都合な事実だ。日本企業による情報漏洩や、日本企業がハッキングを受ける事例も増えていることから、米国政府は、日本企業を通じて技術情報が中国に流出することを懸念したとも考えられる。米国から技術情報を取得できないことは、日本企業にとって経営課題となっていくことだろう。

米国がCFIUSの対象範囲を拡大するなか、米国が主張する中国企業による強制的な技術移転の懸念について、中国政府が対応を見せてきた。2019年3月、全国人民代表大会において、中国での外資企業の投資を保護する外商投資法に「行政機関とその職員が行政手段を利用して技術移転を強制してはならない」と記載する最終案を公表したのである。ただし、行政機関には技術移転の強制を禁じたものの、依然としてそれ以外の民間における抜け道は残ったといえる。

日本企業も米国CFIUSによる規制の動きを無視することはできない。日本企業による投資が差し止められる可能性もあるからだ。技術流出は日本でも長年の懸念であり、2003年には経済産業省が技術流出防止指針を策定している。また米国の動きに合わせて、自民党のルール形成戦略議員連盟(会長:甘利明)が買収による海外への技術流出防止策の議論を行っている。政府系技術機関の科学技術振興機構(JST)や新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)などが、大学の研究室への海外からの資金流入や外国人留学生の経歴を把握し、不正な技術移転を防止しようとしている。

米ペンス副大統領のハドソン研究所での演説に代表されるような米国のテクノロジー流出に対する強い懸念は、規制や制裁となって現れている。そこにはテクノロジーの他国への流出が覇権の喪失につながる恐怖があるのだろう。

(技術を盗むのは誰か?——『デジタルテクノロジーと国際関係の力学』#4 へ続く)

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【目次】
はじめに 覇権としてのデジタルテクノロジー
第1章 デジタルテクノロジーの現代史
第2章 ハイブリッド戦争とサイバー攻撃
第3章 デジタルテクノロジーと権威主義国家
第4章 国家がプラットフォーマーに嫉妬する日
第5章 デジタル通貨と国家の攻防
最終章 日本はどの未来を選ぶのか