若きリーダーが描く、「小布施町」発の起業家マインド養成プロジェクト
2017年に世界経済フォーラムによる 次世代リーダー Global Shapersに選出され、2020年1月にはダボス会議にも招待された 林 志洋(Hayashi Sho)さん。学生時代より一貫して「起業家教育」「アイディアの社会実装」をテーマに活動して来た彼が、今注力しているのが「長野県小布施町の町づくり」だ。現在、NewsPicks NewSchoolでローカルプロデュースプロジェクトを受講している彼は何を思うか、NewsPicksインタビュー部が話を聞いた。
直感を信じて踏み出した大学時代
世界のリーダーが集まるダボス会議に招待されるなど、多方面で活躍している林さん。転機は大学時代の決断にあった。
東京大学 文科一類に進学した林さんは、他の生徒と同様、法曹界を目指す学生だった。しかし、実際に弁護士に会って話を聞いて見るとどうも自分の性に合わない。このまま弁護士を目指して良いのだろうか。漠然とした不安がよぎった。
そんな中、たまたま受講した外交官による授業にアンテナが反応する。弁護士の世界はファクトとロジックが中心だが、外交官の世界ではそれに加えて「日本の国益の為に」という大義が重要とされる。
「これは面白い。」直感的にそう感じた林さんは、国際関係論を専門的に学ぶため、卒業すれば安定した人生を歩めそうな法学部ではなく、入学当初は聞いたこともなかった教養学部への進学を決めた。誰もが認める王道ではなく、直感に従って近道を選択するような感覚。これが後の人生を変えた。
シンガポールとの交流プログラムを企画・運営
教養学部を選択した林さんは、大学3年生時にシンガポールへ留学。シンガポールでは丁度、選挙が行われていた。そして、シンガポールの政治家のコメントを目にしてショックを受ける。
「日本みたいな失敗国家になってはいけない!」
シンガポール建国の父であるリー・クワンユー首相がこのような演説をしていたのだ。
確かに「失われた30年」と言われるように経済停滞・高齢化社会と課題が多い日本。だが、今でもGDPは世界3位。日本の中にも面白い取り組みをしている組織や起業家はたくさんいるはずだ。しかし、その多くが日本語だけで発信されているために、情報が海外に知られていない。悔しい、どうしたら良いか。
「そうだ、僕が繋げばいい。」
そして、その両国を繋ぐためのイベントを企画し、シンガポールと日本の大学、双方に提案。すると、予想以上にトントン拍子で話が進み、帰国後2ヶ月後でシンガポールの学生が来日することが決定した。
ただ、イベント開催が決定したのは良いが、過去にそういった経験も無く、企画書作成もままならない。資金が集まらなければ自身で費用を100万円ほどを立て替える必要があり、胃潰瘍になる程追い込まれることもあった。
それでも、最終的には「文化だけでなく、技術やビジネスも含めて日本を好きになってもらいたい」という思いで企画の実現に漕ぎつけ、無事に成功を収めることができた。
その後、シンガポールとの交流プログラムだけでなく、中国や韓国をはじめ対象を世界中に活動は拡大。さらに、交流プログラム以外の新規企画(学生起業家向けの1ヶ月シリコンバレー修行プログラム等)も実現した。
当時、外交官を目指していた林さんは、いわゆる「起業」や「ビジネス」にはほとんど興味がなかった。
しかし、理念を実現するため、ゼロイチで何かを立ち上げるという経験。取り組みたいミッションがあってそれに取り組めば、成功しても失敗しても必ず何かを得ることが出来ると言う体験。それらを通じて「自分の選択肢を自ら切り開くことの面白さ」を実感した。
自分のように「起業に興味がないから」という理由で、自らアクションを取らない学生は多いのではないか。与えられた選択肢から選ぶだけでなく、時には自分で選択肢を作ることも視野に入れるだけで、人生がワクワクするようになるー。
林さんは自身の体験から、ぜひ、このポジティブな生き方を世に広めたいと思うようになった。
そこで、国際交流のために立ち上げたサークルをNPO法人Bizjapanとして法人化。国際交流だけでなくアントレプレナー教育へと活動の幅を広げていった。
日中韓の大学院留学プログラムを経て外資コンサルへ
大学卒業後は、自身の専門分野であったアジアの国際関係と公共政策について知識を深化させるべく、「キャンパスアジア」という日中韓の大学院留学プログラムに参加。北京大学では中国の経済発展とイノベーション政策を、ソウル大学では国際法を学んだ。
法人化したBizjapanについては、自分がいなくても回る組織にするべく、東京にいる間に後進の育成と組織体制の整備を行い、組織の継続性を試すため自らは中国・韓国に飛び立った。
大学院卒業後は、「立ち上げたプロジェクトを拡大し、社会に根付かせる能力を高めたい」と考え、企業のグローバル戦略を担うコンサルティング会社に就職。世間で言う「大企業」の意思決定プロセスも学んだ。
仕事に不満はなかったが、Bizjapanの活動を通して繋がった知人からスタートアップ支援を行うEDGEofの立ち上げメンバーとして勧誘を受け、再び直感に従って退職を決め、スタートアップの世界に飛び込んだ。
世界の潮流と自分の理念が重なった
これまでの活動が認められ、2017年には世界経済フォーラムによる世界50名の次世代リーダー Global Shapersに選出、2020年1月にはダボス会議にも招待された。
ダボス会議では、特に社会の変化とそれに応じた「教育」について知見を深めた。人間の仕事が機械によって代替され、Uber等の「ギグエコノミー」という仕組みによる格差が広がっていく社会。その格差を是正するための手段として、教育が必要であるというのだ。
その教育には、「ハードスキル」と「ソフトスキル」がある。「ハードスキル」とは、プログラミングなどのITリテラシーを高める教育。「ソフトスキル」とは、複雑な課題に対して多くのステークホルダーを巻き込みながら解決していくスキルである。
この二つを高めることが、社会の変化に取り残される人を減らし、格差の広がりをなくすことに繋がるという。このことは、自身がやって来た「アントレプレナー教育」と文脈が一致すると感じたのだった。まさに、世界の潮流と自分の理念が重なった瞬間だった。
長野県 小布施町の街づくりに参画
2018年2月 Global Shapersの仲間である友人より「小布施若者会議」に誘われた。町の「外」に住んでいる若者が長野県小布施町に集い、町長をはじめとする町民に対しアイディアを提案するというものだ。
大学院で公共政策を学んでいたこともあり関心を持った林さんは、半ば観光気分でこのイベントに参加。「環境」を軸にアイディアを検討、町の名産品である栗の皮(廃棄物として処理されている)からバイオ燃料を作る企画を提案したところ、町長や地元企業の共感を得、気づけばプロトタイプを作成することになっていた。
そうして小布施町に通ううちに、「小布施の地域課題」を題材にした企業向け人材育成プログラムの企画・運営にも参画する。さらに、総合計画戦略コーディネーターとして、2020年1月に公表の町の総合計画の策定にも関わる機会を得た。
コンサルタント時代に様々計画に関わってきて痛感したことがある。それは計画は実行されなければ絵に描いた餅、絵空事であるということだ。林さんはしっかりと実現、実行まで行う事にこだわりがあった。
こうして、小布施町への関わりが深まる中、移住を決意するまでに時間は長くは掛からなかった。慣れてきたスタートアップの世界から、再び直感に従って人口1.1万人の小布施町への移住を決めた。
NewsPicks NewSchoolでローカルプロデュースプロジェクトを受講
NewsPicks NewSchoolでは、実際に地方創生に力を入れている仲間と出会い、色々と議論したいと思い参加した。一緒に受講中のメンバーが口を揃えて言うのは、地方創生を考える際には「独りよがりではダメ」ということだ。様々なステークホルダーと調整し多くの人に共感を得ることが重要だと改めて感じている。
「自身が育った街を魅力的にしたい」と、その地域コミュニティに生涯を捧げる気概の人もいれば、「地方での街づくりの実績をステップとして、日本の魅力を世界に広めて行きたい」という想いを持つ人もいる。
様々な背景を持つ仲間と共に議論を重ね、理想論を語るだけでは無く、実現までやり切るための魂のこもった話を交わすことが出来る。
「80億人をアントレプレナーに」
社会の資源や人間の能力を最大限に活用して、新たな価値を生み出し、その活動を通じて人々が学べる仕組みを作りたい。最終的には世界80億人が目標に向かって行動を起こせる社会を作りたい。
それが林さんのライフミッションだ。その数字にどこまで近づけるか分からないが、小布施にいながらもその先には世界を見据えている。
直感を信じ、一歩踏み込む
林さんは散歩が好きだそうだ。A地点からB地点まで行く際、大通りを歩けば1回曲がれば着くような場合でも、敢えて裏道を選ぶという。
一見王道を外れているように思えても、実はそうした裏道が近道だったりする。何より、自分の頭で考えつつ、「こっちかな」と感覚に近い道を選んだ結果、狙っていた目的地に到着した時の達成感は何物にも代えられない。
もし目的地とは違う場所に辿り着いたとしても、自然と次の目指したいところは見えてくる。自分で決めたゴールはいつでも修正すればよいのだ。
経歴だけ見れば成功ばかりしているように見えるかもしれない。しかし、挫折したこともたくさんある。そんな時こそ自身のゴールを改めて問い直し、自身の直感(わくわく感)を信じて歩みを進めてきたことが繋がり実績となって来た。
そう、正に「Connecting the dots」なのだ。
今後も林さんから目が離せない。
(2020年9月 文:岩田 知也)
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