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『表』 極道さんと若旦那 創作BL

※ 『裏』と全く違うテイストを楽しんでいただけたら幸いです。



 閑はいわゆる『極道』家の次男として生まれた。


 生まれつき強面で、空手を始めてからは体もがっしりと成長し、次期組長である兄を補佐するにふさわしい見た目となった。しかし見た目に反して気が弱く、押しにも弱い上に、対人関係も得意ではない閑は、裏社会への素養以前に、裏にも表にも社会適合性はなかった。父である組長への手前、誰も大きな声では何も言わないが、組員の誰からも閑が軽んじられていることは明らかだった。次期組長である兄は、母似の中性的な顔に、モデルのようにすらっとした姿にもかかわらず、裏社会のルールに浸りきった男たちを目の動き一つで黙らせることができる不思議な威圧感を持っていた。兄弟でありながら、あまりにも頼りない閑を不憫に思った父は、離れに閑を移した。時々、家族と世話係が様子を見に来るだけの一人暮らしはさみしかったが、父の決定に納得もしていた。閑は、一般社会とは一線を画して独自の秩序を持つ、家業が怖かった。実家から離れ、学校も変わっても、閑が不知火組の子息だということは瞬く間に知れ渡っていた。クラスメートから先生に至るまで閑は腫れ物だった。

 不知火組で重大なことが起きている間も、隔離生活をしていた閑は、家族を失うまでなにも知らされていなかった。そうして、家族と生き別れることになっただけでなく、鷹見組に追われて、父の旧知を頼ってこの海老原家に身を寄せることになった。


 閑が『料亭 月舞楼げっぶろう』に来てから一週間ほどが過ぎた。父同士が旧知の仲にしても、閑は、若旦那である海老原宗一郎とはこれまで面識がなかった。にも関わらず、行き場がなく追われる身である閑を引き取ってくれた宗一郎には、感謝してもしきれない思いだ。なにか恩返しがしたい。気持ちはあれども、うまくいかない。昨日は廊下の掃除をしていたら「そんなことはしなくていいから」と怒られてしまった。着の身着のまま身一つでここに来て、まだ周りに馴染めていない閑ができることは限られている。いや、正直、掃除はハードルが高かったかもしれない。一人でいるときも、世話役の兄さんが定期的にしてくれていたのだ。

 今日は朝から、どうすれば宗一郎の役に立つことができるのか、それを許してもらえるのかを考えていた。そういえば、子どものころ、父と一緒に風呂に入って、背中を流したら喜ばれた記憶がある。

 名案では?


「閑さん、入ってもいいかな?」

「はい」

 宗一郎だった。

 慌てて居住まいを正す。宗一郎は、襖を開けて閑の姿を見から、世話役の少年を呼び、抱えきれないほどの反物を持ち込んだ。少年が仕事を終えて部屋を出たあとは、閑の目の前にピラミッドのような反物。その向こうに宗一郎が座っていた。                                       

「若旦那さま……、これは一体……蔵に運べばいいのでしょうか」

「運ばなくて良いよ。というか、閑さんはそんなことしなくていいからね? それよりどう? この色味は。閑さんのために取り寄せたんだよ。それとさあ閑さん、水くさいよ。早く宗一郎って呼んでよ」

「そんな……」

 情報量が多い。

 ぽんぽん話す宗一郎に、なにからどう返事すればいいのかわからず、閑はタジタジだった。反物は、渋い色から明るい色まで取りそろえられている。閑はその山から目が離せないまま、若旦那のことを宗一郎さまと呼ぶ日がくるとは思えないなぁとぼんやりと考えていた。

「え? 俺のですか」

「そう。気に入った物はある?」

「どうして俺……」

 荷物の運搬をはじめ、力仕事なんかは得意だが、反物で着物を作れ、やれ裁縫だと言われても閑には未知の技術だ。できない。やっと、"背中を流す"という使命に目覚めたばかりだというのに。


「春に向けて、閑さんの着る物を新調しようと思ってね。今着ているものは寺さんからの借り物でしょう」

「あ……」

 そうだった。寺さんというのは、板前をしている寺元さんのことだ。大柄の閑と体格も似ているため、若い頃に着ていたという着物を貸してくれていた。言われるまま、ただ受け身で借りっぱなしというのはよくない。きっと宗一郎はそうやって遠回しに言いながら、閑を諌めに来たに違いない。閑は慌てて帯に手をかけた。

「お、俺……、そうです。寺さんから借りっぱなしでなにもお返しもせず……でも、お金もなくて……ごめんなさい。でも、せめて綺麗に洗いますから……!」

「いやいや待って! いいから脱がないで! 落ち着きましょう」

「でも……」

 慌てていたこともあり、帯をほどこうとしてうまくいかなかったので諦めて、袷を割ったところで宗一郎からストップが入る。宗一郎は、着崩れて諸肌脱ぎになった閑を見ないように、手を前にかざしたが、指の隙間から見えるものは見えていた。鍛えられた腹筋や、盛り上がった胸筋に、庭の隅に咲きかかったピンク色したビバーナムの蕾を思わせる乳首を、よこしまな目で見られているとは露程にも思っていない閑は、宗一郎に止められて、渋々と着物を着直した。

「でも……、だって俺、寺さんのご厚意に甘えてずっと借りっぱなしになっているのに……図々しかったです……寺さんにも謝りたいです……」

「俺の言い方が悪かったですね。寺さんに返した方がいいという話しではないので安心して。寺さんは閑さんが気に入って着てくれているだけで嬉しいんです」

「……」

「本当ですって。さっきも言ったように、俺が閑さんの春物を仕立てたいだけなので、気にしないでください」

「でも……、だったら、せめてなにかお礼をさせてください」

 閑は昨日、宗一郎に廊下を掃除して怒られたことを思い出していた。何かしたいのに何もできないのは歯がゆかった。

「閑さん、いいから。まだご家族の四十九日も過ぎていない。これから何かをするにしても、今はゆっくり休んでからでも遅くない」

「でも、何もせずにお世話になるのは申し訳ないです」

「俺は父を通してあなたのお父上から、閑さんを預かっている身です。気にしないで」

「で、でも! 若旦那さまのお役に立ちたいです」

「それこそ、気持ちは嬉しいんですけどね」

 宗一郎が肩を竦める。しつこい閑に、きっと呆れているのだ。それでも閑はこれだけは言わなければと口を開く。

「俺は、自分でも恥ずかしいくらい、できることは少ないです……でも、若旦那さまのお背中を流すことくらいはできます」

「閑さんは何も気にせずゆっくり……はっ? お背中??」

「掃除は慣れていません。昨日は、怒られても仕方がないことでした。すみません。でも、若旦那さまのお背中を流すことくらいはできます」

「は? はあ?? いや、落ち着いて閑さん。昨日は、って俺は閑さんに怒ったことはないと思っ……あ、」

 宗一郎も、閑が言うことが何かを思い至った。宗一郎は確かに昨日、廊下を掃除している閑を止めた。客人に掃除などさせられないからだ。

 気にしていたのか。あっちゃーという思いと、胸きゅんが同時にやってきて、宗一郎は戸惑った。そして、次に来た感情は。

 かわいー。

 宗一郎は、閑を初めて見たときから、強面で大柄なのに小動物のように気を遣い身を縮めてプルプルしている閑に、ツボを突き抜かれていた。

 護ってあげたい。

 悪極道から。

 大事にしたいのに、この強面で大柄で気の小さい男は、極道仕込の義理堅さでもって、宗一郎のためになにかできることはないかとさがしはじめた。

 かわいー。

 昨日も、着物の袷から小さな蕾が覗いていることも気にせずせっせと廊下の拭き掃除に精を出していた。チラチラ覗く魅惑の頂は宗一郎の精神衛生上、よくない。ついでに、太もももチラチラ。寺さんの着物の実力を目の当たりにして、嫉妬心が湧いてきた宗一郎は、早速閑のために反物を取り寄せたのだ。

 清々しいほどに下心しかない。

 思い当たる節がある表情をした宗一郎に、閑は、ここがベストタイミングだと勢いよく頭を下げる。畳におでこをぶつけたが気にしない。宗一郎はゴッという鈍い音と、閑の土下座に目を見開いた。

「お願いします!」

「ちょっ、閑さん?!」


「お背中流させてください!!」

「!!」



「……」

「…………」

「………………」

「……………………」

 沈黙。

 返事をしてくれない宗一郎に、そんなにも背中を流されるのが嫌だったのかと閑は悲しくなった。

「……駄目ですか?」

 しゅんとした上目遣い。

「う……」

 でかい体で肩身を狭くして、土下座からの上目遣い。その目は宗一郎にお願いお願いと縋りきり、憐れですらあった。

 これを無下にすることは、宗一郎にはとても難しく感じて、深く瞼を閉じ、覚悟を決めた。

 

「駄目とかではないけども……、……むしろ良いんですか?」


 ヤケを起こしたともいう。


「はい!」

 閑は、憐れから一転して、満開の花畑のような表情で宗一郎を見つめた。その顔には嬉しい! ありがとうございます! と書いていた。

 やったーやったーと内心無邪気に喜んでいる閑は、宗一郎が絶対わかってないよなーと思っていることなどつゆ知らず、一種の諦めから、「もう、どうなっても知りませんよ……」と呟いても、「絶対に気持ちよくさせます!」と息巻いた返事をして、宗一郎の股間を知らず攻撃していた。

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