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ひとしずくの約束

◆キャラクター

小山 輝央《こやま きお》
年齢:22歳
性格:明るく、前向きでおっちょこちょい。自分の感情に素直で、周囲を自然に元気づける癒し系。
見た目:短髪で中肉中背。普段は、カジュアルな服装が多く、笑顔がかわいい。

睦月 陸《むつき りく》
年齢:33歳
性格:『喫茶 月待ち』のマスター。寡黙で冷静。人間関係には慎重で、感情を表に出すのが苦手。過去に傷ついたため、心を閉ざしている。
見た目:身長180cmくらい、細身。薄茶の瞳とクールな表情。シャツ姿が似合う美形。遠山と交際していたとき、手に傷を負うことがあり、それがきっかけで、遠山と疎遠になった。傷跡がまだ残っている。

遠山《とおやま》
年齢:35歳
性格:自信家で強引。自分の思い通りに物事を進めたいタイプ。
見た目:ビジネススーツ姿が似合う、都会的な男性。こちらも長身。睦月と疎遠になっていたが、『喫茶 月待ち』に偶然立ち寄ったことがきっかけで、また睦月に興味を持ち始める。輝央が面接した会社の面接担当者。


◆あらすじ
 就職活動中の大学生、小山輝央は、突然の土砂降りで街の片隅にひっそりと佇む古い喫茶店で雨宿りする。マスターの睦月は、クールで寡黙な男性。睦月が淹れる珈琲の味に魅了され、彼に対して少しずつ興味を持つ輝央。
 無愛想ながら、輝央を突き放すことなく、ちょうどいい距離感に置いてくれる睦月に、だんだんと物足りなくなって来た頃、『喫茶 月待ち』に遠山がいた。驚く輝央だが、遠山が睦月の昔の恋人だと知って、心が乱され、睦月への気持ちを知ることになった。

 そんな話の、冒頭部分だけ。

 


「ひでぇ雨……」 

 天気予報は夜からの雨を報じていたのに、結局ごろから天気が崩れてしまい、夕方を待たずに降り出した。

 駅に向かう途中だった小山輝央は、近い軒下へ走って行く。

「あーあ、スーツこれしかないのに」

 就活に必要だと両親が買ってくれたスーツは、輝央のお小遣い程度のバイト代では買えない。油断して傘を持ってこなかったことに、心の中で舌打ちする。

 暗い空からじゃんじゃんと雨が降り、しばらく動けなさそうだと判断する。どうしたものかとあたりを見回すと、斜め後ろに年季の入ったレトロな看板。

「喫茶、月待ち……」

 チェーン店ではないカフェ、というより喫茶店にはほとんど入ったことがない輝央だが、とにかく雨宿りをしようと店内に入る。

「あ……」

 店内は見渡せるほどの広さで、少し暗く感じた。光を抑えたランプがあちこちに灯されている。椅子やテーブルはすべて天然素材だ。看板と同じで、年季は入っているが、手入れは行き届いていた。雨のためか、人はまばらで、閑古鳥一歩手前といったところだった。

 店長と思わしき男性がカウンターから輝央の方に視線を向け、無愛想に案内する。

「……お好きな席へ」

「あ、はい」

 店内は静かだった。

 濡れたスーツの上着を脱ぎ、出入り口手前の席に座る。

 店長と思わしき男性が水とおしぼりを持ってくる。

「え……」

「使え」

 タオルも一緒にテーブルに置かれる。輝央は戸惑いながら、男性の方を見上げる。もう男性は背中を向けていた。輝央は、ゆっくりとタオルを手に取った。ふかふかしていて肌触りがいい。その感触にほっとして雨に濡れたところを拭いた。


「タオル、ありがとうございました」

「……ああ、そこに置いておけ」

「はい」

 タオルを返すためにカウンターのそばへ行くが、店長らしき男性は、輝央のことをチラリと見だたけだ。そっけない男性の態度にも、輝央は気にせず言われたとおりにカウンターにタオルを置き、手元を見てなにかをしている男性に注文をする。

「コーヒーをお願いします」

「わかった」

 やはり愛想は全くない。

 輝央は、席に戻って、店内を見渡す。

 カウンターの男性は、背が高い。白いシャツとエプロンがよく似合う。落ち着いた店の雰囲気とも合っている。耳をすまさないと聞こえない程度の控えめな音楽が心地いい。時々、奥に座っている男性が新聞を捲る音が聞こえる。

 程なくして良い香りとともにコーヒーが運ばれてくる。

「あ、ありがとうございます」

「ごゆっくり」

 ほのかに湯気が立つ。雨に濡れて少し冷えた体は、吸い寄せられるようにカップを取って口をつける。

「っ、おいしい!」

 輝央は、大きな声を出したつもりはなかったのだが、ひっそりとした店内にはよく響いた。奥に座って新聞を読んでいた男性にも聞こえたようで、こちらを見ていた。

「あ……すみません」

 輝央が謝ると奥の男性は、にこりと微笑み、男性の方を見る。

「マスター、おいしいって」

「……」

 輝央は内心穏やかじゃなかった。

 口ぶりから常連っぽい男性の言葉にも、マスターは全く無反応だったからだ。それでも気にせず、常連の男性は、輝央に向かって、「こういう人だから」と言ったあとは、またコーヒーを飲みながら新聞を読み始めた。

「は…はい」

 また静かな時間が流れ始める。

 食器を洗う音、棚の整理をする音、新聞紙が捲られる音。静かな音楽。外は少し勢いはマシになっている用だが雨が降り続いている。

 それらの音を聞きながら、おいしいコーヒーを飲む。

 こんなゆっくりした時間は、輝央にとって久しぶりだった。

 就職活動が始まり、友人と会う回数も減った。輝央はもう何社にエントリーしたのか、はっきり覚えていない。企業説明会に通い、エントリーする。これの繰り返し。なにか大きなものに巻かれて動かされているという気持ちのまま、運良くどこかの企業に引っかかればいい。輝央の周りはみんな、誰も一生の仕事を探していない。とりあえず条件のいいところに就職して、もっと条件のいい会社があればそちらに行けば良いと思っている。あとは自分の能力との駆け引きだ。

 輝央は、この思ったより大変な就職活動に、できたらもう一回で終わらせたい、一生働けるところを見つけたいと思うようになっていた。しかし、それがまた無意識にハードルをあげることになっていた。

 この喫茶店のゆったりとした雰囲気に、輝央は、思ったよりも疲れていることに気がついた。

 将来のことなんて、今は考えたくないと思っても、時間は待ったなしだ。

 『喫茶 月待ち』

 コーヒーを飲み終える頃には、輝央はこの喫茶店が気に入っていた。偶然見つけた喫茶店だが、店内は静かで、輝央にとって非日常が感じられ、心がすっきりとした。常連客も感じのいい人だった。マスターは無愛想だが、優しい人だと思う。

 やっと雨がやんできた。


 ジャケットを持って席を立つと、マスターが「帰るのか」と言った。

 帰るのか、なんて変な言葉だと思いながら、「はい、ごちそうさまでした」と言う。

 レジでお金を払い、レシートとおつりを受け取る。

「また来ます」

「……」

 背の高いマスターを見上げながら言うと、返事はなかったが、合わせた目は穏やかに笑っていた。

 



 



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